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不気味な電子音

作者: 橋本洋一

 電子音が文芸部の部室で鳴り響いた。

 僕は読んでいた本から顔を上げた。

 パソコンから手を放した嬉野先輩が「ああ、ごめん」と言ってスマホを操作した。


「珍しいですね。スマホの着信音」

「ちょっと不気味でしょう。そこが気に入ったの」


 よく分からない感性だった。

 アダムスファミリーなのかな? と一瞬思う。

 しかし通話しているおさげ髪の普通な顔立ちの女子高校生、嬉野先輩は本当に平凡そうに見える。


「猪狩くん、今日は何を読んでいるの?」


 どうやら通話が終わったようだ。

 僕は「ミステリー小説です」と答えた。


「密室殺人が主題ですね。まあ舞台が孤島なのでクローズドサークルなのかもしれません」

「前も同じの読んでいたね。でも、書くのは純文じゃない」

「ミステリーのトリックが思いつかなくて。まあそのうち書きますよ」


 何気なく外を見ると、しとしとと雨が降っている。

 午後からずっと降っていてうすら寒い。

 部室の暖房は壊れていてあまり効いていなかった。


「嬉野先輩はまた恋愛小説ですか?」

「またって言い方はどうかな? 実際、恋愛小説だから何も言えないけどさ」


 口を尖らせて肯定する嬉野先輩は幼く見えて可愛らしかった。

 僕が何かを言おうとしたとき、嬉野先輩は「今日、部長来ないって」と告げた。


「用事ができたって。残念だね」


 文芸部には僕と嬉野先輩、そして姫井部長の三人しかいない。

 姫井部長は嬉野先輩と同じ学年の女子で、二人は幼馴染でもある。

 だけど嬉野先輩は姫井部長を『部長』と呼ぶ。まあ二人きりのときは分からないけど。


「そう、ですか。残念ですね……」


 そうは言うものの、僕は残念ではなかった。

 嬉野先輩と居られるのは個人的に好ましい。


「どうする? 私たちも帰る?」

「……先輩、原稿仕上げなくていいんですか?」

「家でも出来るし。猪狩くんを付き合わせるのは申し訳ないよ」


 むしろ付き合いたいのだけれど。

 僕は「遠慮しないでください」と笑った。


「こうして本読んでいますし。帰っても暇なだけですから」

「そう? ならいいけど」


 再び原稿に向き合う嬉野先輩。

 僕もまた本に没頭しようとする――


「ねえ。猪狩くんは切り裂きジャックについて知っている?」


 唐突に殺人鬼の話が出た。

 僕は「ええまあ」と短く答える。


「十九世紀のロンドンを震撼させた、殺人鬼ですよね?」

「どうして有名だと思う?」

「それは、いろんなメディアやゲームに取り上げられて――」

「ううん。そういうことじゃないの」


 嬉野先輩は無表情のまま言う。


「もう百年以上前の殺人鬼なのに、古びれもせず、風化もせずに今も語り継がれているのはどうしてだと思う?」


 そう考えてみると不思議な話だ。

 僕は少し考えてみる。


「凄惨な殺し方をしたからですか?」

「そうね。それもあるかも」

「もしくは切り裂きジャックってネーミングが秀逸だったから?」

「それもあるかも」

「嬉野先輩はどう思いますか?」


 嬉野先輩は微かに微笑んだ後「誰も正体を知らないから」と答えた。


「謎めいたキャラクターだからこそ、みんなが知りたいと思って、有名になったと思うの」

「…………」

「矛盾しているようだけど、誰も知らないからこそ、名を知られたのね」


 それは――面白い考え方だった。

 好奇心は猫を殺すけれど、この場合は好奇心が殺人鬼を生かしたのだろう。


「いつか、私も死んじゃうじゃない?」


 これまた唐突に嬉野先輩が言った。


「まあ人間ですから」

「だけど切り裂きジャックは生きている。みんなの心の中で」


 生きているというか、未だに殺し続けているのかもしれない。


「私もそういう存在になりたいな」


 達観したような言葉だった。

 あるいは幼稚な発言だった。


「せ、先輩?」

「あ、そうだ。小説が書き終えたの。見てくれる?」


 僕を手招きしてパソコンを覗かせる嬉野先輩。

 先ほどの態度とは別人で、普通の女子高生のようだ。


 僕は机を回り込んでパソコンの前に向かう。

 嬉野先輩は僕の後ろにいる。

 そして画面を覗き込んだ。


『後輩を殺すたった一つの冴えた方法』


 不気味な電子音が、再び鳴った――

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― 新着の感想 ―
[良い点] 不穏な空気が物語に染みていてデリシャスです。 切り裂きジャックに関してはその通りだと思いました。 [一言] 深読みができる良い作品ですね(^∇^)。
2023/02/25 03:33 退会済み
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