当て馬キャラ推しの私は、当て馬になってしまった侯爵令息を全力で慰めます!
「クレア、来てくれてありがとう」
「レスター様、何ですか大事なお話って?」
――!
貴族学園のとある放課後。
いつものように裏庭のベンチで一人、ロマンス小説を読みふけっていると、後方から男女の会話が聞こえてきた。
こ、この声は……!
植木の陰に隠れながら恐る恐る声のしたほうを窺うと、そこにいたのは侯爵令息のレスター様と、男爵令嬢のクレアさん。
最近何かと話題の二人だけに、私の胸は俄然高鳴った。
しかもこの空気……、もしや……!?
「うん……、実は、君に僕の婚約者になってもらいたいんだ」
「……え」
うおおおおおおお!!!!
やっぱりいいいいいいい!!!!
うんうん、レスター様がクレアさんのことが好きなのは、クレアさん本人以外は全校生徒が気付いてましたからね!
さあどうするの!?
何て返事するの、クレアさん!?
「あの日、ダンスパーティーで君に助けられた時から、ずっと君のことが好きだったんだ。将来結婚するなら、君以外考えられない。――どうか僕と、婚約してもらえないかな?」
「そ、そんな……」
青天の霹靂みたいな顔をするクレアさん。
っかー!
学園きっての秀才にして、超絶イケメンで人望も厚い、パーフェクトボーイからのプロポーズですよクレアさん!
こんなの断るほうがどうかしてますよね!?
ね!?
ねッ!?!?
「わ、私は……」
「ちょっと待ったぁ!!」
「「――!!」」
その時だった。
辺り一面の空気をビリビリと震わせる怒鳴り声を上げながら、一人の男性が乱入してきた。
――それは公爵令息にして我が学園の生徒会長でもある、通称『暴君』ブラッド様。
嗚呼、ブラッド様もやっぱり!??
「……何でしょうかブラッド様? 僕とクレアは今、大事な話をしている最中なんですが」
「う、うるせぇ! オレ様を差し置いてクレアに勝手にプロポーズするたぁ、いい根性してるじゃねーか! ああ!?」
「……勝手も何も、今のクレアは誰のものでもないのですから、プロポーズする権利は誰にもあると思いますが?」
「ぐっ……!」
修羅場キターーー!!!!
ふわあああああああ、ロマンス小説で星の数ほど読んできたシチュエーションが、今私の目の前に……!!
嗚呼、胸が苦しい……!!
苦しいのに、何故か目を離すことができないわ……!!
「そ、そうだよ! いつもブラッドはそうやって、私のこと所有物みたいに扱ってさ! そのくせ全然気持ちは口に出してくれないし……。そんなんじゃ私、不安になっちゃうよ……」
「――! ……クレア」
あー、わかるッ!!
よくわかるわよクレアさんッ!!
女の子って、きっとそうなんだろうなとは思っていても、ちゃんと気持ちを伝えてほしい生き物だものねッ!!
「あー、クソッ! わーったよ! 言えばいいんだろ言えば! ――クレア、俺は、お、お前が……好きだッ!! 俺の婚約者になりやがれッ!」
「「――!!」」
言ったあああああああ!!!!
まさかあの『暴君』ブラッド様が素直に気持ちを伝えられる日がくるなんて……!
感動のあまり私泣きそう……!
「……もう、何よそのぶっきらぼうなプロポーズは」
そう言うクレアさんの顔は、満更でもなさそう。
嗚呼、この流れは……。
「――レスター様」
「――うん」
姿勢を正し、真剣な表情でレスター様に向き合うクレアさん。
そんなクレアさんに対して、ある種の諦観の籠った声で答えるレスター様。
……くぅ!
「本当にごめんなさい。私は、レスター様の婚約者にはなれません」
「……そっ、か」
奥歯を噛み締めながら、クレアさんはゆっくりと頭を下げた。
ああああああああああああ!!!!
「レスター様にはきっと、私なんかよりもっと相応しい方がいます」
「……」
頭を上げたクレアさんの瞳は、水の膜で揺らめいている。
「でもこいつには、私くらいしか婚約者は務まらないと思うんで」
「はぁ!? テ、テメェ、あんまチョーシ乗んなよ! ああ!?」
「ハハ、確かにそうかもね」
「――! ……チッ」
「……ブラッド様」
「……何だよ」
「クレアのこと、泣かせたらいくらあなたでも僕は絶対に許しませんからね」
「フンッ、わーったよ。オイ、行くぞ、クレア」
「あっ、ちょっと、待ってよブラッド! もう! じゃ、じゃあレスター様、また明日」
「うん。――クレア」
「はい?」
「――お幸せに」
「――! はい、ありがとうございます」
最後にペコリと一つ頭を下げてから、クレアさんはブラッド様の後を追っていった。
「……ふぅ。……うっ、うぅ、くうぅ……!」
一人残されたレスター様は右手を両目に当て、天を仰ぎながら声を押し殺して泣く。
ぬわあああああああああん!!!!!!!!
レスター様あああああああ!!!!!!!!
私、ロマンス小説でもいつも当て馬キャラに感情移入しちゃうタイプだから、今にも胸が張り裂けそうッ!!!
できることなら私がレスター様を慰めて差し上げたいけれど、私にそんな資格はないことは百も承知している。
むしろこんな現場を私なんかに見られていたと発覚した日には、レスター様の心の傷が更に深くなること必至!
慎重に……!
レスター様に気付かれないよう、慎重にこの場から去るのよ私……!
――その時だった。
「――!?」
「――! 誰!?」
私が一歩下がった先にたまたま木の枝が落ちていたらしく、それがポキリと小気味いい音を鳴らしたのであった。
オイイイイイイイ、木の枝ああああああ!!!!!
何してくれとんじゃ貴様あああああああ!!!!!
こんなお約束、今はいらないのよおおおおおおお!!!!!
……でも、こうなったからには、今更逃げるわけにもいかない。
私はおずおずと、レスター様の前に姿を現す。
「あ、す、すいませんでした。盗み聞きするつもりはなかったんですが……」
「……! 君は確か、隣のクラスのジェニーさん」
「あ、はい、そ、そうです」
嗚呼、流石レスター様!
私みたいな、何の特徴もないモブ女の名前も覚えてらっしゃるなんて!
「ハハ、こいつはカッコ悪いところを見られちゃったな」
「そんなッ! 全然カッコ悪くなんかありませんッ!」
「っ! ……ジェニーさん」
「ご自分の気持ちをあんなにハッキリ伝えられるなんて、とても素晴らしいことだと思います! ……私みたいな意気地なしには、絶対無理です……。私はレスター様のことを、心の底から尊敬してます! ですからどうか、胸を張ってください」
「……ありがとう、ジェニーさん」
「――!」
レスター様は私に、太陽みたいな笑みを向けてくれた。
ぎょわあああああああああ!!!!!
目がぁ!!!!
あまりの眩しさに目が潰れるううううう!!!!
「……でも、ジェニーさんには申し訳ないんだけど、やっぱりこの胸の痛みは、そう簡単には消えてくれそうにないよ」
「――!」
レスター様は右手を胸に当て、ぐっと目をつぶる。
――レスター様!
「で、でしたらその胸の痛みを、必ずや私が消し去ってみせます!」
「……君が?」
あれ???
何を言ってるの私???
私みたいなモブ女が、パーフェクトボーイのレスター様に対して???
身の程を知りなさいッ!!
「フフ、じゃあ、お願いしようかな」
「っ!?」
が、意外や意外、レスター様にお願いされてしまった。
うおおおおおおおおおお!?!?!?
「はいッ! お任せくださいッ!!」
――こうなったらもう、全力でレスター様を慰めるわよ!
「わあ、これは美味しそうだね」
「お、お口に合えばよろしいんですが……」
とはいえ、パーフェクトボーイの心の傷の癒し方なんて、微塵も心得がない私。
そもそも男性と二人で出掛けること自体生まれて初めてだもの!
というわけで、いつも女友達と来ているパンケーキ屋さんにお誘いしてみたのだけれど……。
運ばれてきたパンケーキを目にするなり、宝石みたいな碧い瞳をキラキラさせるレスター様。
嗚呼、そんなキラキラオーラを炸裂させたら、女性客がみんなノックダウンしてしまってますよ!
ごめんなさい店長さん!
レスター様の代わりに店長さんに頭を下げようと思ったら、店長さん(40代男性)もノックダウンしてたんで、まあ、いっか??
「あー、レスター様は、あまりこういうお店には来られないですか?」
「うん、クレアは女の子の割には、甘いものが苦手だったしね」
「……!」
途端、キラキラオーラが萎み、憂いを帯びた表情になるレスター様。
嗚呼……!
「あっ、ご、ごめんよ。せっかく君がこうやって慰めてくれてるのに、他の女性の名前を口にして」
「いえ、私は大丈夫ですのでお気になさらず。――レスター様」
「……?」
「偉そうなことを言うようですが、世界は私たちが想像しているよりも、ずっと広いです」
「――!」
「レスター様がまだご存じないことでも、楽しいことはたくさんあります。このパンケーキもその一つです。――どうか冷めないうちに、お召し上がりください」
「……うん、そうだね。ありがとう、ジェニーさん」
「い、いえ、どういたしまして」
見蕩れそうになるほど優雅な所作でナイフとフォークを手に取ったレスター様は、一口サイズにパンケーキを切り、それを小さなお口に運んだ。
「うん、とっても美味しいよ」
「――!」
口元にクリームを付けたレスター様は、天使のような笑みを浮かべた。
はうううううううううう!!!!!!
この瞬間、店中の女性客(店長含む)は、例外なく天に召されたのでした。
――こうしてこの日以来、私とレスター様は一緒に大衆演劇を観に行ったり、フリーマーケットに参加したりするような間柄になった。
箱入り息子だったレスター様にはそれら全てが新鮮だったらしく、いつも楽しそうに瞳をキラキラさせていた(そのたびに周りにいた女性が天に召されていたのは言うまでもない)。
最初のうちは時折クレアさんのことを思い出してしまうのか、ふとした瞬間に遠い目をすることもあったけれど、最近は段々私のことだけを見てくれるようになってきた――ような気がするのは、やっぱり思い上がりかしら……。
「いやあ、ラストシーンでヒロインが、チョウチンアンコウのコスプレでポールダンスする演出には度肝を抜かれたよ!」
「ふふふ、ホントですね」
そんなある日、二人で最近話題の大衆演劇を観に行った帰り道。
興奮冷めやらぬ様子のレスター様は、子どもみたいにはしゃいでいた。
ふふ、意外と可愛いところもあるのよね、レスター様って。
「……ジェニーさん」
「? ……はい?」
不意に立ち止まり、いつになく真剣な表情になるレスター様。
この表情に、私は見覚えがある。
これはそう――クレアさんを裏庭に呼び出した時と同じ――。
「君に、大事な話があるんだ」
「――! な、何でしょうか」
うるさいくらいに心臓が早鐘を打っている。
そんなはずはないとわかっていながらも、期待と不安で胸が押し潰されそうだ。
「オイ、クレア! ちんたら歩いてんじゃねーよ」
「もう! ブラッドが歩くの速すぎなんだよ」
「「――!!」」
その時だった。
聞き覚えのある声がしたので振り返ると、案の定そこにはクレアさんとブラッド様が、仲睦まじく並んで歩いていた。
嗚呼……!
「……クレア」
そんなクレアさんを見つめるレスター様の瞳は、とても物悲しそうに見えた。
――この瞬間、私は悟った。
やはり今でもまだ、レスター様の心の中にはクレアさんがいるのだと。
私は本当にバカだ。
私なんかが、クレアさんの代わりになれるわけがなかったのに――。
「ゴメンなさい、レスター様!」
「っ! ジェニーさん!」
涙をレスター様に見せないように背を向け、私は駆け出した。
「……あら?」
気が付けば私は、人気のない裏路地に出ていた。
マ、マズい!
ここってもしかして、スラム街では!?
こんな場所に女が一人でいたら、襲ってくださいって言ってるようなものじゃない!?
「へっへっへ、こいつぁマブいネーチャンじゃねーか」
「げっへっへ、オレたちと遊ばねーかい?」
「――!」
早速ガラの悪い二人組に声を掛けられた。
一人はモヒカン刈りで、もう一人は角刈り。
何故か二人とも、右手にハサミを持っている。
ヒッ……!
「や、やめて……! 来ないで……!」
「まあまあそう言うなよ。オレたちはモヒカンと角刈りの仲間が欲しいだけなんだよ」
「ネーチャンはどっちがいい? オレたちが好きなほうの髪型にしてやるからよ」
何その超迷惑な勧誘!?
「い、嫌……」
「へっへっへ」
「げっへっへ」
助けて……。
誰か……。
――レスター様。
「――そこまでだ」
「「「――!!」」」
嗚呼、流石パーフェクトボーイ。
登場するタイミングもパーフェクトですね。
「レスター様ぁ!」
緊張から解放された反動で、私はレスター様に抱きついてしまった。
「遅れてごめんよ、ジェニーさん」
「ううん、いいんです! 逃げ出した私が悪いんですから」
「それでもごめん」
「レ、レスター様」
が、そんな私を、レスター様はギュッと抱きしめ返してくれた。
嗚呼、まるで天使の羽にくるまれてるみたい。
――幸せだわ。
「オイオイオイ、なーにオレたちのこと無視してイチャついとんじゃオラァ!」
「テメェも角刈りにしてやんぞオラァ!」
「――!」
モヒカンと角刈りがハサミを振りかざして私たちに向かってくる。
あ、危ない!
「ジェニーさん、僕の後ろに下がって」
「っ!」
咄嗟にレスター様は私の前に立ち、モヒカンと角刈りに相対する。
レスター様――!
「――まったく、人に刃物を向けるのはマナー違反ですよ」
「「「っ!?!?」」」
レスター様は目にも止まらぬ速さで二人からハサミを奪うと、そのハサミで瞬く間に二人をスキンヘッドにしてしまった。
えーーー!?!?!?
「う、うわああああ、オレのモヒカンがああああ!!!!」
「この角刈り、お母さんに刈ってもらったのにいいいい!!!!」
まさかのお母さんカット。
二人はスキンヘッドを輝かせつつ、泣きながら走り去っていった。
ド、ドンマイ……。
「怪我はなかったかい、ジェニー?」
「は、はい、私は大丈夫です」
あら?
今レスター様、私のこと呼び捨てにしなかった?
「……さっきの話の続きなんだけど、君はどうやら勘違いしてるみたいだね」
「え?」
勘違い、とは?
「確かに僕にとって、クレアとの思い出は消そうと思っても消せない大切なものだよ」
「――!」
嗚呼、やっぱりそうですよね……。
「――でもね」
「……?」
レスター様?
「思い出はあくまで思い出。――今の僕にとって一番大切な人は、他ならないジェニー、君なんだよ」
「――!!」
レ、レスター様……。
「今の僕の望みは――君と二人並んで人生を歩んでいくことだよ」
「――! そ、それって……」
嗚呼……。
「ジェニー、君を愛してる。どうか僕の、婚約者になってはもらえないかな?」
「は……はい。私なんかでよければ」
「――君じゃなきゃ、ダメなんだ」
「っ!」
レスター様は強く――強く私のことを抱きしめた。
――春風がそっと、私たちの肩を撫でていった。
2022年11月15日にマッグガーデン様より発売の、『悪役令嬢にハッピーエンドの祝福を!アンソロジーコミック②』に拙作、『コミュ症悪役令嬢は婚約破棄されても言い返せない』が収録されております。
もしよろしければそちらもご高覧ください。⬇⬇(ページ下部のバナーから作品にとべます)
2023.1.9追記
「七海 糸」様からファンアートをいただきました!
誠にありがとうございます!!!
七海 糸様の
「異世界住民もてなします! 〜普通の高校生になりたいのに、いつの間にか異世界に飛ばされたり、属性マシマシの美少女達に囲まれているのだが、頼むから俺のことは放っておいてくれ!〜」
https://ncode.syosetu.com/n2554hk/
も、是非ご高覧ください!