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9時少し前に大山が出勤してきた。
いつも部長の目の前の席は、事務所の座席がフリーアクセスになっているにもかかわらず誰も座ろうとしないため大山の指定席になっている。
大山は席に着ついて雄治の顔を見るなり大声で雄治を呼んだ。
「おい、斉藤、ちょっと来い!」
雄治は、いつもの大山の口調にムッとしながら大山の席へと向かう。
「おはようございます、何でしょうか?」
「何でしょうか?じゃないだろ!メールは見たか?」
「はい、さっき見ましたが、何を言いたいのかわかんないですね。それに、あの件については3ヶ月も前から状況を報告していましたし、先方へは一度一緒に挨拶に行ってくださいと何度もお願いしてきたはずですが?」
「そんなことを聞いているんじゃない、どうするつもりだ、賠償問題になったらどうするんだ!」
「部長にも3か月前に報告してありますし、毎週会議でも報告していますよね、いまさら私にだけ責任を擦り付けられても困るんですけど」
「おい、それが上司に向かって言う言葉か!何とかしろと言っているんだ!」
いつもは我慢する雄治だが、さすがに頭にきて、課長の机を思い切り叩いて声を荒げた、周囲の誰もが一瞬凍り付いたように二人を見て、すぐに目を逸らすようにして自分のパソコンに目を向ける。
「さっきも言いましたけど、今まで散々放置しておいて、今更何を言ってるんですか?」
課長も反論するように言葉を発しようとしたが、雄治はそれを制して言葉をつづけた。
「まさか、今更俺に責任取れとか言うつもりないですよね、いつも上司として偉ぶるくせに」
座ったままの大山を見下すように睨みつけた、体格の良い雄治が見下ろして凄むと迫力がある。
雄治が顔を赤くして大山と言い合っていると、部長の早川が出社してきた。
「大山君、どうした?」
「部長、例の件ですが賠償問題に発展しそうなので、斉藤に対応を指示していたところで」
「斉藤君!例の件はそんなことになっているのか?何故放っておいたんだ?」
そう言って早川が睨みつけると、雄治は早川にも睨みつけるような目で見てから食って掛かるように言い放った。
「早川さん、放置していたのは、あんたも一緒でしょうが!何をいまさら言ってんだよ」
もはや雄治は二人を上司とは思っていないような口ぶりで言い放ち、呆れはてた目をして小柄な早川に顔を近づけて睨みつけて威嚇すると2人はそのまま黙ってしまった。
「どうせ何もしないと思っていたから、3ヶ月前から詳細は本部長にきちんと報告して相談してありますよ。その件は既に営業部の方で調整してくれているはずだから、どうぞご安心ください!」
雄治は、わざと嫌味を込めるように2人に言い放って席に戻り仕事を始めた。
席に戻ってすぐにポケットに入れている携帯電話が振動した、苛々していたので喫煙室に移動してタバコを咥えて携帯電話を見るとメール着信がある、相手は恭子だ。
“土曜日は本当にごめんね。(中略) ところで、今週末の予定はどう?まだ確認はしていないけど、もし雄治の都合が良ければ、お父さんたちに聞いてみるけど”
2週間ほど前、プロポーズというほどではないが恭子に結婚したいという思いを伝えた。
恭子もとても喜んでくれたし、ちゃんと恭子の両親に挨拶に行きたいと思っているが、いつも雄治に急な仕事が入ってしまって日程が合わず、互いに苛々していたのか土曜の夜の電話で些細なことがきっかけで喧嘩になった。
土曜日は予定が無いはずと思っていたが手帳を開いて確認すると空欄になっている、日付の数字を大きく丸で囲んで恭子とだけ書き込むと、土曜日は大丈夫だから確認して欲しいと返事を返した。
部長たちとの話で朝からかなり苛々していたが、少しだけ落ち着いて2本目のタバコに火をつけると窓の外を眺めた。
(ご両親にどんな挨拶をしよう、正式に恭子にプロポーズした訳ではないが、やっぱりはっきりと結婚させてくださいと言うべきだろうか、それとも結婚を前提にお付き合いさせてくださいだろうか)
そんなことを考えながらタバコを消して席に戻った。




