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第二章 二幕 『緑の悪魔』

 風が勢いを増す。頬を撫でる雲の切れ端が、優しくも冷たい感覚を残していく。

 羽ばたく飛竜――ワイバーン。その背に揺られ、手綱を握りながらジョージは後ろを振り返った。

 遠ざかるド・ゴールの全景を望みながら。髪を濡らす霞に若干の寒気を感じながら、僅かばかりの時間を物思いに耽っていた。

「…エレミアに向かうのも随分だよな。空から行くとは思いもしなかったが…」

「私にとっても予想外ですよ。」

 そんな声が真上から聞こえてきた。顔を上げれば、もう一匹のワイバーンがジョージの頭上を悠々と羽ばたいている。上からこちらを見下ろす金髪の少年。ディアーダだった。

「わ、私も…空を飛ぶのは初めてです…! ふ、船があんなに小さく…! わぁ…!」

 黄色い声。よく見れば、ディアーダの背中には少女がしがみついていた。何故か幸せそうにも見えるその顔。ユミコだった。

「こんなにも――空が、地平線が丸いなんて――」

 ディアーダの腰に手を回しつつ、下界を覗き込みながらユミコは感嘆の声を上げる。

 つられてジョージも進行方向へと視線を戻す。それは確かに、言い様もなく美しい光景だった。

 この世界で乗り物を利用する機会は、実はそれ程多くない。庶民にとって移動手段は徒歩しか許されず、貴族といえども馬か馬車。若しくは船。それ以上に早い乗り物となれば、選ばれた騎士でもなければ乗れないワイバーンかペガサスぐらいのもので、ユミコにとってもジョージにとっても全てが夢物語のような状況だった。

 通常ならば、ド・ゴールからエレミアまでは馬車で一週間。急いでも五日。その道程がほぼ一日足らずで到着する。どれ程速いのかは、言わずもがなである。

 風と太陽と。そして青々とした海の輝きが、まるで心に染み渡るようだった。


 が、それは束の間の安息に過ぎなかった。

「――あれは…! 見てください! エレミアの方角を!」

 突如上がった、ディアーダの声。目を凝らせば、そこには巨大な緑の竜巻が立ち上っている。遠目に見てもそれが尋常な様子ではないとすぐに解った。

「ま、まさか…!? あれはあの時の…!」

 ジョージの脳裏に蘇る記憶。それは武闘会、そしてトンペイでの恐怖そのものの姿。

「ま、魔剣――」

 ユミコもまた気付いたようだった。同時に遙か後方、ジョージの左真後ろから一匹のワイバーンが近付いて来た。

 背に騎乗するは白髪の老騎士。ジェイムズだった。

「ジョージ殿、ディアーダ殿! それにユミコ嬢…異変が起きているようですぞ! 少々、急ぎ向かわねば成りますまいて!」

 当然の如き進言に、ジョージは大きく頷いた。

 ジェイムズと竜騎士団、ペガサス騎士団が速度を増して前に出る。

 雄叫びを上げ、ジョージの乗るワイバーンは翼を大きく動かした。それに続き、ディアーダも鮮やかに手綱を操った。

 ジェイムズを先頭に竜騎士団とペガサス騎士団。続いてジョージ、そしてディアーダとユミコを乗せたワイバーンが連なって空を行く。

 一師団が風を切って飛翔する。エレミアは間近だった。


 ――――


「遊びに来た…ってぇワケじゃぁなさそうだな。えぇ、ゴードンッ!」

 奥歯を強く噛み締め、まるで絞り出すようにイリューンが声を出す。視線の先には仮面の戦士――緑の魔斧を手にした男が、建物の上で殺気を撒き散らしている。

 ボロを纏った上からでも解る。隆起した筋肉と野獣のような吐息。対峙しているだけでも精神を消耗するような、それはまさに悪鬼の如き威容だった。

 背中から巨大な長尺武器ハルバードを抜き放ち、イリューンが闘気を解放する。ビリビリと来るような波が感じられる。すぐ後ろにスノーとフレイムが走り寄るや、叫んだ。

「どうやら味方ではないようですね。ここが魔術師ギルドの膝元、エレミアと知っての蛮行ですか?」

「調子こいてンじゃねェ! 誰が相手だろうとこの俺がブッ飛ばしてやる!」

 二人の敵意に満ちた声を合図に、周辺に散った魔術師達が揃って屋根の上のゴードンに掌を向ける。衛兵達は手にした槍を一斉に構えた。

 一瞬にして、水も漏らさぬ包囲網が出来上がった。

 しかし、ゴードンは一向に怯まない。仮面の下の素顔は伺い知れぬが、意にも介していないのは誰の目にも明らかだった。


【…グガガガガガ…! グァガァァッ!】


 それは、獣そのものだった。咆哮を上げ、ゴードンは手にした緑斧を振り上げた。否や、緑の疾風が頭上高く立ち上った。

 眼前にかつてのド・ゴールで起きた惨状が蘇る。感情のままに、イリューンは叫んだ。

「――ヤベェッ! 伏せろぉぉッ!」

 同時に、何枚もの緑の刃が全軍に向けて襲い掛かる。

 衝撃。まるで金属に金属をぶつけたような――頭の中を掻き毟るような嫌な音。

 予想に反して静けさが染み渡った。一人、地に伏せたイリューンが顔を上げた。ドーム状の薄赤い、炎の壁が緑の刃を弾き返していた。

「――炎魔結界…ッ!」

「そうだ。俺がコイツのスペシャリストだってェのは知ってたろうが、イリューン?」

 フレイムが得意満面といった風に嗤う。ゴードンは更に魔斧を振り上げた。二重、三重に緑の刃が襲い掛かるが、その全てが赤い壁に阻まれた。

「無駄だ無駄! 一人でも強力な炎魔結界を五十人態勢だぞッ! 破れるワケが――」

「フレイム、油断は――」

 スノーがそう口に仕掛けた瞬間だった。ゴードンが激しく雄叫びを上げた。

 否や、その体を中心に巨大な竜巻が発生した。一つが二つに。三つ、四つと竜巻の数は次々と増えていく。

 瓦礫が舞う。屋根が飛び、壁を造る煉瓦が、全てが緑の竜巻に蹂躙されていく。

 轟音。亀裂音。衝撃音。気圧が増し、鼓膜が押されるような感覚が世界を支配する。

 パリン、パリンといった破砕感。

 一層ゴードンが吼える。野獣のような咆哮、咆哮、咆哮――

「な、なんだ…!?」

「俺の、俺の槍が…ッ?」

「た、盾が……!?」

 衛兵達の動きが止まった。手にした槍が、盾が、全てが風の力に耐えきれず変化する。削られるような。まるで金属が疲労するようなその様は一種幻想的で――

 ゾッとするような悪寒が全体を襲った。刹那!

「…ぐ、ぎぁぁッ!」「ぎゃぁァッ!」

「お、俺の…手ぇッ!」「あ、足ぃィィっっ!」

 竜巻に巻かれる者。風に断ち割られる者。緑の風に血が混じり、赤と緑の凶悪な螺旋が全ての物を飲み込んでは宙へ向けて消えていく。

 結界を構築する魔術師達も例外ではない。

 ガラスに刃を突き立てるような、耳を破壊するかの如き異音が連続して鳴り響く。

 猛攻に耐えんとする魔術師達だが、結界を構築する精神力は無限ではない。集中力が切れた者から次々と血煙を上げて倒れていく。

 一瞬の隙間を縫い、細き風の刃が斬り掛かっていく。

「ひぃぃっ! だ、駄目です、フレイム士官! 結界が、結界がッ! ぎゃぁぁッ!」

「た、助けてくれ、助けてくれ! 化け物だ! 化け物だぁぁッッ!」

 阿鼻叫喚。地獄絵図。それをフレイムとスノーは呆然と見つめるしかない。

 百を超えんばかりの衛兵が、五十を境とする魔術師が――散り散りになっていく。為す術もないとはこの事だった。

「な、…何てこった…!」

「こ、こんなことが――! 結界が何の役にも立たないだなんて……ッ!」

 イリューンの顔に冷や汗が流れる。自分の先輩にも当たる二人の魔術師が、こんなにも狼狽した様子は初めてだった。

 衛兵達を尻目に、抵抗を続ける魔術師達を見やり、イリューンは意を決したかのように歯を噛み締めつつ立ち上がった。そして、大声で言い放った。

「――ッ来ぉい! ゴードンッ! ッテメェの相手は、この俺だろうがぁッ!」

 戦慄。フレイム、スノーが同時にイリューンを振り返り、声を荒げた。

「馬鹿な! 一人であの化け物を相手しようというのですか!」

「テメェっ、自惚れてンじゃぁねぇッ!」

 二人の声など聞き入れない。イリューンは言葉と同時に走り出していた。抜き放ったハルバードを手に、屋根の上のゴードン目掛けて大きく足を踏み出した。

 残像。跳躍。

 空気が、凍る。


【キシャァァァァッッッ!】


 叫び声。仮面の下、隠されたゴードンの視線とイリューンの目が合った。

 殺気が絡み付く。イリューンは意識を集中させる。暴風に乗るかのように、イリューンの体は軽やかに空を舞った。理力『Swarrow』だった。

 頭上でハルバードを一回転。勢いを付け、大上段からゴードン目掛けて打ち下ろす。

 ゴードンが魔斧を振り上げた。瞬く間に風壁が目の前に出現した。

 空気圧に押されるかのような抵抗。イリューンの刃は届かない。周囲の竜巻が形を変え、イリューンの左右を塞ぎつつある。

「…ぐ…! 届かねぇ…ッ! く、そォォォォッッッ!」

 次の瞬間、激しく弾き飛ばされる。理力によって空を飛べるとはいえ、それは一時的な物。巨大な竜巻の前では、イリューンも波に飲まれた小舟でしかない。

 一瞬で空中まで運ばれる。身に着けた黒い鎧が風の刃を防ぐものの、裂傷は免れない。血風が舞い上がる。その様はまるで赤い霧のようだった。

「が、あぁぁぁぁぁっっっ!」

 悲鳴が上がった。下で見ていたスノーが咄嗟に呪文を唱えた。

「風よ! 柔らかなる翅を持ち大地より攫い給え! 『Butterfly』!」

 ふわり、とイリューンの体が浮かび上がる。跳躍したフレイムがその身体を抱きかかえると地に降り、開口一番怒鳴り付けた。

「馬ッ鹿野郎! だからテメェは何にも解ってねェってんだ! 何でもテメェが一番とか思ってるんじゃねぇッ!」

「……テメェに言われるたぁな。……情けねぇ。」

 フレイムに言われ、イリューンは口籠もった。概ねその通りといった顔だった。

「…珍しいな。素直に俺の言うことを聞くなんてよ。」

「きっと雨が降るに違ぇねぇ、ってか?」

「…もう、二度と助けてやらねぇ。」

 やり取りから傷は浅いとすぐに知れた。憎まれ口を返しつつ、イリューンはハルバードを一振りすると、真っ向からゴードンと対峙した。

 再びスノーが呪文を口ずさむ。フレイムが掌を向ける。臨戦態勢は固持されている。

「動きを封じよ――! 『Dionaea』!」

 スノーが詠唱を終えた。緑色をした理力が大地から浮かび上がり、蔦の姿を象ると一瞬にしてゴードンの身体を絡め取る。

 勝機、とばかりにフレイムの眼が輝く。回り込むようにして呪文を唱えた。

「放て弾道、貫け雷光! 『Eagle』ッ!」

 光の弓が空中に浮かび上がる。幾つもの光弾が放たれる。

 爆音、猛煙。そして焦げ付く臭い。煙は一瞬にして竜巻に飲まれ霧散していく。

 再び姿を現したゴードンには傷一つ無かった。

 が、目の前にいた筈のイリューンの姿が見当たらない。訝しげに首を回すゴードンに空中から声がかかった。

「こっちだぜ…!」

 声に反応するゴードン。振り返るが、遅い。壁を蹴り、宙に舞ったイリューンがハルバードを横凪に振り払う。

 がつん! と手応えがあった。

 やったか、とイリューンが目を見開く。そして、愕然とした。

 風の壁が出来ていた。ハルバードの刃はまるで綿菓子かの如く、削り取られていた。

「――な…!」

 凄まじい牽引力がハルバードの柄を伝わる。咄嗟に手を離し、ゴードンの顔に蹴りをくれながらイリューンは武器を手放した。

 まるで鉛筆削り。ハルバードは粉々にされながら竜巻に飲まれていく。イリューンはそれを見つめながら一回転。地面に着地した。

「確かに無断で借りのは悪かったが…取り上げられるたぁ思ってもみなかったぜ。」

 残骸となり、降り注ぐ鉄片に目を落としながらイリューンは嘯いた。

 同じような竜巻が更に数を増す。見上げれば、既に街は緑の竜巻で覆われん程だった。

「こ、こんな…」「まさかこれ程とは…!」

 絶望感がその場に漂った。その瞬間だった。

「イリュ―――ンッッッ!」

 遠くから聞こえる声。聞き覚えのあるその声。

 顔を上げる。空には数十ものワイバーンが。そして、ペガサスの群れが旋回していた。その背には見知った顔があった。刮目するとイリューンは叫んだ。

「じ…ジョ――ジッ!? ディアーダ、ユミコの嬢ちゃんもかッ?!」

「ワシもいるぞぃッ! 忘れたかぁ小僧っ!」

 声を張り上げ、ジェイムズが腰から抜き放った剣を振り回した。同時に、ワイバーンとペガサスに乗った騎士達が一斉に立ち上がるや、徐に懐からラッパを取り出し、


 ぱぱらぱぱらぱっぱら~♪


 緊張感のない突撃ラッパの音が響き渡った。

 それを合図に全軍が急降下。凄まじい気迫、突撃の勇み声が轟いた。

『うぉぉぉぉぉぉぉぉっっっ!』

 目前に迫る魔人ゴードン。周囲を取り囲む緑の竜巻が、侵入者を排除するかの如く次々と襲い掛かる。

 風。暴風。荒れ狂う空気の流れが、ありとあらゆる方向から猛威を振るう。

 翼を強風に捕られたペガサスが嘶きを上げて落下する。数匹のワイバーンが方向感覚を失い、建物の壁面に激突。瓦礫を撒き散らしながら墜落した。

 ジョージは剣を抜き、牽制するように振り回しながらゴードンの脇をすり抜けた。追ってディアーダもワイバーンを操作し、少し離れた場所へと舞い降りた。

 枯れ葉の如く舞い落ちる竜騎士団を尻目に、ジョージは真っ先にイリューンの下へと駆け寄った。ディアーダ、ユミコもそれに倣って一ヶ所に集まった。

「無事だったか! イリューン!」

「無事も何も…ゴードンのオヤジを何とかしなくちゃならねぇだろうがぁッ!」

「…ですね。早急に何とかせねばなりません。例え…それが、知り合いだとしても。」

 ディアーダがそう言い悔しげに唇を噛む。ユミコが風に乱れる髪を押さえ、自らの袖口をぎゅっと握り締めた。

 イリューンの後ろに控えていたスノーとフレイムが前に出た。そして、言った。

「まさか…あン時の騎士様か?!」

「援軍とは心強い。ですが…相性が悪すぎます。どうしようも…」

 しかし、ジョージは真剣な顔で見つめ返した。退かぬ決意の表われだった。

「解っています。…けれど。――ド・ゴール竜騎士団総勢五十! コーラス暫定王位継承者ダリューン殿下の命により、これよりエレミア防衛の任に就きます! 如何に!」

 拳を突き上げ、ジョージは高らかにそう宣言した。イリューンは思わず口笛を吹いた。

 フレイム、スノーも驚いた顔だった。明らかに、昔のジョージとは違っていた。

「変わったな、ジョージ。」

「…そ、そうか?」

 イリューンの言葉に、穏やかな空気が漂った。が、それも束の間。

 不意に、空中から嗄れ声が轟いた。

「っしゃぁぁぁッ! ここで極めさせてもらうわッ!」

 見上げれば、ジェイムズ率いる竜騎士隊が空中を右に左へと旋回しながら、ゴードンを攻め続けている所だった。

 吹き上がる竜巻を避けつつ、有効な一撃を突き出していく。後ろから前から連続して降り注ぐサーベルの雨に、ゴードンは少しづつ押されつつあった。

「流石…騎士団長の肩書は伊達じゃないってことか…!」

「や、やるじゃぁねぇかジジィ…!」


 ――だが。


 ゴードンが再び魔斧を振り上げた。拡散し、猛威をふるう竜巻が一瞬で消滅。そして次の瞬間――爆発的なまでの理力がその身から迸った。

「…だ、駄目ですッ! その方向は…っ!」

 ユミコが絶望に目を伏せた。猛風を避けるべく、ジェイムズ以下、竜騎士隊が旋回する。その先に突如として悪魔の螺旋が出現した。

「…う、う、うわぁぁぁっっ!?」

「ま、まさか…そんなッ!?」

「ぐ、わあぁぁぁっっ! た、隊長ォォォッッッ!」

 飛ばされ、錐揉み、跳ね上げられた。竜騎士隊操るワイバーンは全て、ゴードンを中心とする緑の渦に吹き飛ばされ――次々と悲鳴を上げながら、街の彼方へと墜落した。

 あまりの惨状にイリューンが吐き捨てる。

「ちッ…くしょぉぉッ! ゴードンのオヤジめ、完全に正気を失っちまってやがるッ!」

「な、…なんてこった…!」

 ジョージの言葉に合せたかのように。やがて、風は緩やかに止んだ。


【…シャァァァァァッッッ!】


 ゴードンが奇声を上げた。瓦礫と化し、灰塵を巻き上げるエレミアの街を背に、深緑の魔人は手にした魔斧を高々と振り上げた。

 すると、不思議な現象が起こった。掲げられた魔斧に黒い煙のようなものが集まり、凄まじいスピードで吸収され始めたのだ。

 数秒後。黒い煙を粗方吸収し終えると、魔斧から眩いばかりの光の柱が立ち上った。光は輝きを増し、誰もが目を開けていられない程に閃いた。同時に、ゴードンの姿が光に吸い込まれるかのように消えていく。明らかに転移理力ではない。何か別の力が働いているようだった。

 徐々に光は収まり、まるで何事もなかったかのように、その場はシンと静まり返った。

 ポカンと大口を開け、フレイムは信じられぬとばかりに言った。

「き、消えた?! な、何故…!?」

「馬鹿な…! あれだけの力があれば、完全にエレミアを崩壊させられた筈。何故ここで退くというのですか…!」

 スノーが狼狽しながらも、同時に小さくそう口にした。

 ユミコが今にも泣き出しそうな顔で辺りを見回し、呟いた。

「ひ、酷い…」

「………」

 苦虫を噛み潰した様な顔を見せ、ディアーダは無言で立ち尽くすばかり。

 次の言葉も待たず――突如、地平線の向こうに同じような光の柱が二つ立ち上った。察するにそれは、ダバイとコーラスの方角だった。

「こ、今度は何だ!? ま、また光の柱が…二つ!?」

 声を上げるジョージ。間髪入れず、頭の中に声が聞こえてきた。まるで拡声器を耳の中に入れたかのように、直接メッセージが流れ込んで来たのだ。


『――妾はクラメシア帝国皇帝レミーナ・アムルド・エントラーダ。五つの柱は大地の要。邪神ハルギスを使役するが為の触媒よ。全ての民は平伏せよ。妾はここにラキシア侵略を宣言する。異存あらば来るがよい。全力をもって叩き潰してあげるわ。ふふふふふ…あははははは!』


 金色の声が脳裏を駆け巡った。耳を劈く不快感に、全員が両手で頭を押さえ悶え苦しんだ。それはあまりにも凶悪で、かつ尊大な悪魔の声に他ならなかった。

「今の…声はッ……!」

 舌打ちをし、イリューンは暗く染まる空の彼方を見つめた。

 恐らくは大陸内の全人類に届いたであろう。それ程の膨大な理力の持ち主。

 あまりにも強大な敵を前に、ジョージは思わずその場で膝を折る。崩れ落ちる瓦礫を、半壊したエレミアの街を、皆ただ呆然と見つめるしかなかった。


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