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 第六章 花の叡智と冥府の神と  Ⅰ 上書きの記憶

「おさらいしましょうか。アイリス」

「うん」

「いま、宝物はどれくらい集まった?」

「えっとね。まずはケレスの『金の穂のブローチ』めるちゃんの『カドゥケスの杖』ユグちゃんの『賢者の石【母なる自然】』イケリアの『蝋の種』」

『あたしもいるよー、ままー』

「うん。『根源の樹木』ちびゆぐちゃん」

「あとひとつは?」

「えっと……『刻のルーペ』。だけどね、これが誰からもらったか分からないの」

「そう」

「知ってる? ちびゆぐちゃん」

『しらなーい』

「むー。お母さんも知らないし……」

「ふふ。忘れんぼさんね」

「なんかね、そこだけ。勿忘草がぷつんってなるの」

「あら。だんだん構造を理解してきたわね。それも、おさらい。私に説明してくれる?」

「うん。えっと、私とお母さんはぜんぶお花でできていて。人体構造における脳や体内器官も類に漏れず……」

「ふふ。意味、分かってる?」

「う。うん。人の中身がぜんぶお花で作られてるってこと。それで勿忘草は記憶をためておけるお花」

「……えぇ。そうね」

「あっ、あと。食べ物とか飲み物は、本当は必要ないの。栄養は花たちがくれるから。けど、食べた者はぜんぶ吸収できる」

「体内でなにが起こってるんだった?」

「えっと、元素分解。形相を持った形成物質を、第一元素たる混沌と形相に分けて。第一元素を吸収。形相を理解しているもののみ、再構築できる。それは相対量として」

「正解。だから、私たちはいろいろな物を口にすることによって物の構造を理解できる」

「じゃあじゃあ、お母さんを食べたら理解できるの?」

「えっと……あなたの身体が飽和して存在を保てなくなるわ」

「ぴぇ!」

「でもね、サラダに添えてあるお花とか、あれ。私の一部よ」

「そうなんだ。だからおいしーんだね」

「ふふ。ありがとう。それにしても、たくさんお勉強したわね。偉いわ」

「えへへ……」

「花の叡智に繋がるものが6つ。あと、3つくらいかしらねぇ」

「むー。あと7個くらいほしい」

「あら、どうして? お母さんの子ども産みたいんじゃなかったの?」

「えっとね、こうやってお母さんといっしょにいろんな所に行って、いろんな人に会って、思い出を作っていくのもね、とても楽しいの」

「そう……」

「お母さん、悲しそう」

「ふふ。楽しいわ。ただね、少し寂しくは、あるの」

「どうして?」

「あなたが、育っているのが手に取るように分かるわ。もう、簡単な詠唱ならできるでしょう?」

「うん。『花として花。マリア・フローレンスに代わり、桜舞え』」

 私が唱えると、お母さんの瞳に花の光が表れて。部屋の中に桜が舞っていく。お母さんみたいに、大きくて色とりどりのお花とかはできないけれど。私も、少しは成長してるんだー。って思う。

「はい。よくできました」

「うん!」

「ふふ。さぁ、ご飯にしましょうか」

「えっとね、今日は……その……ちょっと多めにしてほしいの」

「あら、食いしんぼうさんね」

「ち、ちがうよぅ。お腹がお腹空いたーっていってるの」

「……始まったのね」

「え?」

「こちらの話よ。大丈夫、あなたはあなたのままで」

「うん……」

 今日のごはんはレーズンにたくさんのはっぱ、お花、芽もある。

 ちびゆぐちゃんを膝にのせたままだからちょっと食べにくいんだけど。でもでも、お母さんの膝の上に座ってごはんを食べると幸せだから。きっと、ちびゆぐちゃんもそうしてほしいと思うの。それに、私もお母さんのお膝の上。むにゅんって、お母さんのお胸にあたまをつけると。ふわって優しく沈んでいく。私はその、まだちっちゃいけど。もうちょっとしたら大きくなるんだもん。そう思いながらちびゆぐちゃんを抱っこしたら。

 ――私の身体に蔓がまきついて……。

「わわわわ」

「あら」

「ままー」

「わっ。おっきくなった」

「ふふ。成長ね。あなたの真似をして、身体を作ったの」

「ふーん。ごはんたべる?」

「んーん。ままがたべてるからだいじょうぶー」

「そっか。ちびゆぐちゃんのためにもいっぱい食べなきゃ!」

「そうね。ほら、あーん」

「あーん」

「ふふ。ふたりともかわいい」

「えへへ」

 最近、とってもお腹がすくの。でも、お母さんがいっぱい食べさせてくれるから私はとっても幸せ。幸せ、といえば。私はやっぱりこうやってふわふわした一日を過ごすのが好き。

 ごはんのあとは散歩に出かけています。

 最近、ちょっとだけ頭が良くなったような気がします。いろいろなことが解るようになりました。前は、覚えるだけだったのが。理解できるようになったのです。

 街の中はちょっとだけ不思議です。みんな、女の人。本の中では男の人というのがいたって書いてあったんだけど。私は見たことがありません。とても野蛮で、賭け事やお酒。悪いことをする人たちが多いそうです。けれど、いい人もいます。私は、どちらにも会ったことがなくて。いい人には会ってみたいなぁなんて思ったりします。

 お母さんは、街を歩くときにドレスを着ます。その時のお母さんは、とてもかわいくて。私も、帽子をかぶったりして外に出ます。かわいい、いいこいいこ。してくれる街のみんなは優しくてとても好きです。お母さんは、病気の人に家に行きます。これはないしょのことなのですが。お母さんはその人たちを治してあげるときに、権能を使います。

「『花として花。マリア・フローレンスが命ずる。瑕よ、毒よ、私に帰属せよ』」

 でもこれは、人の耳には聞こえません。人ならざる者にしか、聞こえないのです。「世界線が違う言葉なの」お母さんはそう教えてくれますが、私はまだ『世界線』を理解できていなくて。

 そう、世界線は「複数ある現在」というものらしいのです。お母さんはそれを知っている。ただ、教えてくれません。「いつか分かるようになるから」そう言われると、少しだけ寂しいです。でも、お母さんも寂しそうな表情をするので、それ以上は聞いたらだめなような気がして。聞けません。

 病気を治してあげるとその人たちはお礼に。と食べ物をくれます。でもお母さんは絶対に受け取らなくて。その代わりにお花をいただきます。もしくは、なにもいただきません。そしてその家を去るときに、こう言います。「私に与える物を、他の者に施してあげなさい。そして施す物がないとき、心から祈ってやりなさい」それはとても優しい音で。人はお母さんのことを聖母様と呼んでいます。だから私は聖母様の子。なんて言われたりして。前みたいにこどもたちともいっしょに遊べないのは少し寂しいです。

 そうです、前に遊んでいた子どもたちはもういません。

 私はきちんと知りました。これが、私たちみたいに人ならざる者のあるべき姿なのです。「対等でいられるのは、ほんの一瞬。忘れられるか、恐れられるか、畏れられるか。その三択しかなかったわ」その通りでした。私たちは、気づけばもう、何百年も生きていたのです。あまりに早い時間。ケレスと始めて会ったときから、メルちゃんを助けているとき、世界樹を創っているとき、イケリアを助けたとき。世界はもっと早く、動いていたのです。アリエスさんは、もういません。アリエスさんの子ども、孫。あるいはその次……。人の寿命は、最長90年だったこともあったそうです。ですが、一度滅んだあと、40年くらいになったそうです。お母さんは、ぜんぶ記録しているので探せばもっと詳しくわかるそうですが、やめました。

 寂しくなる、だけだから。

 散歩が終わると、アトリエに帰ってきます。花たちは今日も元気で。天井にある錬金太陽が煌々と照らします。今日は、お花の剪定をします。枯れたところを切ってあげるのです。最初私は、これもかわいそうだと思いました。でも「腐敗はじわじわと広がり、その生命を食い潰すわ。ならばいっそどこかで断ってあげましょう」お母さんが、そう教えてくれました。だから、『空間の銀鋏』で切り取ります。これは、すごいアイテムなのです! 例えば、一本の茎があって。真ん中の所だけしおれてしまったら、ふつうのはさみはぜんぶちょん切ってしまいます。でも、この空間の銀鋏は切り取った部分と切り取った部分をくっつけることができるのです! どうしてそうなるかは、私にも分かりません。創ってくれたお母さんにしか、分からないのです。

 剪定が終わると、今度はちびゆぐちゃんです。ちっちゃい木の女の子みたいなちびゆぐちゃんは、腕からぴよんって芽が生えたりします。だから、それを切ってあげて。かわいくしてあげます。そうすると、身体全体が大きくなって。成長していくらしいのです。「お花は限られた命で生きているの。だから、余分なところ育てると身体全体を大きくできないわ」っていうことらしいです! 私には、まだ難しいです。

 そうしていると、もう夜になってしまいます。ニュクスの刻です。夜ごはんを食べて(レーズンがなかったです。ざんねん……)お風呂です。ちびゆぐちゃんはベッドでお留守番。私は、お母さんといっしょに入ります。私たちは、本当は入らなくていいのですが。お母さんはお風呂が大好きなので。私も大好きです。私たちがお風呂に入ると、お花の香りがします。「花弁が緩やかに溶けているから」らしいのですが、お花の身体以外を知らないので、これがふつうです。お風呂に入るときは、お母さんにずっと甘えています。お母さんの身体はとても柔らかくて。お胸も、お腹も、お尻も、ふわふわです。ぎゅってしたり、お口をつけたり。ちゅうちゅう吸うと、お花の蜜が肌から出てきます。前に、本で見た「人の子育て」のまねをしてみました。お胸のさきっぽに、口をつけて大きく息を吸い込みます。すると、さらさらの甘い蜜が。お口の中に飛んできます。それを、飲むと、とても落ちつきます。お腹が温かくなって。私は大好きです。お母さんも、気持ちいいみたいです。優しい、とても優しい目で私を見て。頭をなでてくれます。ちびゆぐちゃんが大きくなったら、私もやってあげたいのですが私のお胸はちっちゃいので、少し心配です。

「ちびゆぐちゃんは、私の子どもなの?」

「ちょっと違うわ。ユグドラシルの株分け、なのだけれど。アイリスがお母さんになったら、子育てに困っちゃうでしょう? そのための練習よ」

「いっぱい勉強してるからだいじょうぶだよ!」

「ふふ。そうね。でもね、やってみると意外と難しいものなの」

「そうなんだ。私の時も大変だった?」

「あなたは、産まれてすぐ大きくなったから。手がかからなかったわ」

「ふぅん。じゃあ、お母さんはなんで知ってるの」

「……さぁ。忘れてしまったわ。遠い、遠い昔に育てた記憶があるだけよ」

「そう、なんだ。じゃあじゃあ、私が子どもを産んだら、どうなるの?」

「すぐに大きくなる予定ね」

「むー。じゃあ、子育てはいらないの?」

「あくまで予定。上手くいったら、の話。あなたの体内で、錬成がどの程度進められるかという話になるから。それに……」

「それに?」

「予定がね。少しずつ、ズレているの」

「そうなの?」

「えぇ。ユリアがあなたのダイヤ、その瑕を治さずに行ったから」

「うーん……そんなに大変なことなの?」

「運命論はきちんと読んだかしら」

「う……読んでません……」

「難しいもの。しょうがないわね」

「そうだよね!」

「でも、知らないといけないわ」

「う。お母さん教えてぇ。お母さんに教えてもらうのが一番分かりやすいの」

「ふふ。うれしい。じゃあ、今日だけは甘やかしてしまおうかしら」

「わぁい」

「ベッドで続きをしましょうね」

「うん!」

 その後お母さんに身体を拭いてもらって、髪を乾かして。ベッドに行きました。ちびゆぐちゃんはもう眠っていたので。お花でブランケットを創ってあげました。

 私は、またお母さんのお胸にぎゅってしています。柔らかくて気持ちいから、ずっとしていたくなります。メルちゃんも、きっとこんな気持ちだったのかな? って思います。

「そうね、運命論。そう言うと難しく聞こえるかもしれないけれど。例えば、土に種を植えるとどうなるかしら?」

「芽がでる?」

「えぇ。そうね、それが確立されやすい確率。となるわ」

「う。難しい」

「ふふ。そうなる確率が高いっていうことよ」

「ふーん」

「それで、さらに突き詰めていくと。アイリスが種を植えると、世界の何処かで花が咲くかもしれないし、花が枯れるかもしれない」

「……うえただけだよ?」

「えぇ。生きとし生けるものすべての行動が、相互的に繋がっているの」

「ううう……わかんない……」

「ふふふ。こればかりは体験しないとね。例えば、私たちが今いるこの世界では神様がいるわよね」

「うん。ケレスとか、本ではいろんな神様がいるって書いてあった」

「えぇ。そのケレスはどうなろうとしていたかしら」

「えっと、信仰の不足により存在の確定ができなくなっていたよね」

「え……!」

「え? え? 私まちがえてた?」

「……いえ。あなたの知能を修正するわ。どうりで舌足らずも直ってきたわけね」

「うん……?」

「たくさん勉強したわね、ってことよ」

「やった!」

「ふふ。それで、もしケレスがいなくなったらどうなるかしら」

「小麦とか、いろんなところの植物がなくなる?」

「かもしれないし」

「増えるかもしれない?」

「そう。結局私たちが観測できるのは私たちの目の前で起こることだけ。でも、すべては相互的、と言ったわね」

「うん。だから、なにが起こるか分かんないけど。私がなにかしたら、なにかが起こるって事だよね」

「……えぇ」

「そこで、錬金術が出てくるんだね。錬金術の根幹たる考え方の中に、第一元素『混沌』と……あと……ん……」

「ふふ、眠くなっちゃった?」

「う、うん……ぎょう……そう……」

「今日はもうおしまい。活動限界だわ」

「ん……あ……おかーさん……?」

「うん?」

「いなくなったり……しない……? 真愛……ねると……おか……さ……」

「……えぇ。大丈夫よ。アイリス、あなたはアイリス。まだ、アイリスでいて」

「う……ん……アイリス……私は……」

「えぇ……おやすみなさい……アイリス……」

「ん……」

 私のお花が、するすると。ほどけていくのが分かる。でも、いつも、そこで……朝が来るの、その時。お母さんはいつもごはんを作ってくれていて。

 それで……それで……。



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