表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/26

 Ⅱ 必要な痛み

「……そろそろ……お師様から話を聞いているころかしらね……んっ……あぁっ!」

 樹木の枝が肉を貫き、果実の酸が肌を溶かす、新芽が、種子が身体中から這い出る。神経を含め、あらゆる器官から無限とも言える増殖を繰り返す痛み。五大元素『木』に当たる花と木以外のすべてが私を蹂躙していく。指一本動かせず、磔刑にされた聖人のようにただうなだれる。

「アイリス。あなたには、こんな姿見せられないわね」

 世界樹の中心。その中には、ひとつの輝く宝石がある。

『賢者の石【母なる自然】』

 様々な定義があるから結論のみを言うと、賢者の石とは対応する元素系の力の塊を結晶化させたもの。その性質は何よりも強固、なによりも強靭、そしてなによりも脆い。なににも傷つけられることがないこの物質は、別存在の意思が触れた時のみ変質する。混沌を望めば、世界を沈め。恋し人を思えば、その者を手に入れることができる。死すらも反転する。

 ただし、これは五元素において一元素ひとつしか生成することができない。そのため、お師様を除くすべての『木』に属する錬金術師が私の願いを阻まんとする。『林の』『森の』『草の』『枝の』『果実の』『新芽の』『種子の』など。私がしていることは当然、理を破る行為であり、私は断たれるべき存在である。

「死ねない身体で良かったと思ったのは、久しぶりね」

 崩れていく私の身体。それに反し、私の傍らで花々は咲き誇っていく。

 世界樹の世界線、ここは木の元素が最も純粋な場所。他の木元素に属する錬金術師が強力なように、私もまた【母なる自然】の恩寵により力を増す。しかし、これではらちがあかない。だから、私は。権能を使用する。

 すべては予定通り。

「『アイリスを介し、命ずる。液体の銀よ、溶かせ』また『花として花。それらは、食い潰し自らを増やすもの也』また『アイリスを介し、命ずる。豊穣の女神ケレス、祝福せん』」銀、花、豊穣。その三要素が劣勢であった私の状況を変えていく。液体の銀は、蝕む木々たちを溶かし。花の権能により、その主導権を花々へと移行。再び木々が私の花を食い殺すのを防ぐべく、豊穣によりその力を増強。あとは、帳を待つだけ。

「ふぅ。少し、お茶にしましょう」

 やっとの事でこの空間は私のものになった。花たちは私を包み、肉体へと帰る。負った傷もすべて、花たちが塞いでいく。世界樹が苦しみもだえるのを聞きながら私はフラワーティーを嗜む。まるで葉をひとつひとつちぎるような悲痛な音。トロイアル世界とは違うもうひとつの世界線に響き渡る。これは呼び声。私による、あなたへの呼びかけ。

「おいたが過ぎるの。『花の』」

「待っていたわ『夜の』」

「なぜ私を呼ぶ。お前など微塵も興味はない。私は子らを寝かしつけるのに忙しい」

「そう言わないで。ひとつ約束をしてくれれば良いのよ」

「不躾である。私にも紅茶出せ」

「葉ではないわ」

「花でよい」

「はいはい」

「ご苦労。では、本題に入ろう。我が名はニュクス。ニュクス・マグノリア。夜を司る錬金術師にして、神。瞬きの間にして夜の子を産む母である。タナトス、ヒュプノス、ネメシス、モロス、ケール、エリス、モモス、オイジュス……」

「知っているわ。次へ」

「お前への名乗りではない。世界樹よ。静まれ。此は害をなす者ではない」

 木々の叫びが収まり、世界の音は再び無へと帰す。それは木々の眠り。世界樹の眠り。

 そして私は始める。花々から、木々への養分の譲渡を。

「ん……あ……」

「どうにかならんのか、その艶やかな仕草は」

「む……り……よぅ……ん……少しだけ……待って……」

「はぁ」

 下半身を、花たちに食わせ。私という存在を同化させる。そして私は栄養分を世界樹へと送り込む。これから行う儀式には、私もそうだけれど世界樹にも大きな負担がかかるから。

「世界樹への悪影響はないのだろうな」

「えぇ……。大丈夫よ。完全に善き元の姿に戻るわ。ただ一度死にゆくだけ」

「【母なる自然】の抽出と再構築、複製か」

「えぇ」

「しかしお前だけでやることでもなかろう。師は如何した」

「あの方には、アイリスを見守っていただかなくてはなりません」

「……因果なものだの。あれはお前を奪ったアイリスを憎んでおろう」

「でも、守ってくださいます。あの方はそういうお方です」

「お前も大概、甘えたよの」

「えぇ。人は、ひとりでは生きていけません。ですから……」

「元、人であろう。お前に人を語る権利などない」

「……そうね」

「終わるからこそ美しい。終わりなき者は所詮、世界における背景でしかない。我々など人らの瞬き一つで不認知となる」

「しかし、記録という概念が生まれてから私たちは永遠です」

「さよう。そして歴史は繰り返す」

「しかし、新たな道を拓く者もあるわ」

「お前のようにな」

「えぇ」

 沈黙が、流れる。ニュクスを取り巻く夜はこの空間を充満して。その中に、翠色の輝きが目を覚ます。【母なる自然】それ、である。

「不躾、であるな。錬金術師」

「ご機嫌麗しゅう。ユグドラシル」

「『花の』お久しぶりです。そちらは、ニュクスかしら」

「えぇ。私はただの帳です。お気になさらず」

「そう。では、マリア、マリア・フローレンス。命じます。死せ」

「叶いません」

「如何でか」

「彼女を取り戻すまで、アイリスが消えるまで。私は死すことはありません」

「幾とせ」

「さぁ。この瞬間かもしれませんし、明日、千年、未来永劫。存じ上げません。そして、我死は違えません」

「ならば。良い。癒やせ。人に、お前と同じ存在であったものに穢された世界樹を。これはお前に課せられた使命であり。原罪である。これは命令ではない。当然である。お前が(あた)うならば、古き我を与えん。これは慈悲である」

「ありがたき」

「『夜の』」

「はいはい」

「務め、苦労であった。目障りである。失せよ」

「手厳しいの。では、去ろう。『花の』準備はよいか」

「えぇ」

「『我娘アイテールの名の元に明星として命ず、天に光。同じく我娘ヒュプノスの名の元に命ず、目覚めよ、地に命。闇払わん』」

 世界が、開く。世界が、死へと始まる。

「では『花の』いずれ深淵で」

「その時は、お手柔らかに」

「互いにな」

 闇が払われ【母なる自然】の輝きは失せる。そして、私の手の上に。その瞬間。私を中心にして。()(こう)(まい)(きよ)、古今東西、ありとあらゆる花々が咲き乱れる。その花々は木々を裂き、ユグドラシルは真ふたつに割れた。世界樹の中央から、私が生まれ出ずる。世界樹の背景。動かぬ太陽を背に。大輪のマリーゴールドが私を中心に大きく咲いた。

「ようようやりおったの『花の』」

 木の元素に属する錬金術師達。それらが私を取り囲んでいた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ