第1楽章 第8話~新学期~
「おやおや……あなた方の学園もですか……」
「はい。去年度でもう……」
「そちらの学園の生徒達はどういった状態ですか? CCB学科の子達はどうなったんです?」
「はい。これを機にやめようとしている子が大半ですが、中にはまだまだやりたいと熱望している子がいましてね。中には有望株がいまして、強豪校へ編入を試みたのですがどうも異色の戦闘スタイルだったのでどこも断られました」
「そうですね……全国クラスの強豪校は伝統を重んじますからね。徹底してクラシックにこだわる学校……しかもバロック音楽に絞ったり古典派音楽に絞ったりとしているところが多いですからね」
「はい。その子はオールマイティーに演奏できる万能型な上に、どちらかと言えばそういう伝統にこだわりしっかりとしている学校の天敵となる戦法を取るので敬遠されてしまいまして」
「ほう! それは面白い! ……一つ提案があります。その子、うちで引き取ってよろしいですか?」
「は? 山岡さん、この学園は確かCCB学科がなかったのでは?」
「今年度から創設しました。全7学科から自主的に入ってきたメンバーで構成されていますので、どの学校のCCB学科、CCB部よりも様々な音楽人が集まっていますよ」
「ほほう……確かに今悩んでいる子が次に編入したいと思っている学校は、吹奏楽に絞っているオールジャンルの演奏スタイルを主流にしている学校でしたので、それは魅力的かもしれませんな……。しかし、失礼ながら山岡さん。今年度創設したという事はまだ実績がないでしょう? どの程度戦えるかもわかりませんし、そもそもまだ一度も実践をしたことがないのでは?」
「ええ。一度模擬戦をやった程度です。ですが全学科の戦いを観ましたが中々粒ぞろいですし、中には去年度の優勝校のMVPに選ばれた子の点数に迫っている子もいます。ですがそうですね……実績がないところに有望な子を編入させるというのは本人もあなたも嫌でしょう」
「………………」
「ここでまたまた僕から提案させてもらいます」
「何でしょう?」
「その子をその吹奏楽主流の学校とやらに入れた状態で僕の学園とCCB戦を行い、勝ったら僕の学校に編入させていただく。これでどうでしょう?」
「なっ!? お言葉ですが山岡さん!? 彼女が転校したのは吹奏楽主流学校、私立柏習高校でして!」
「ああ……柏習高校だったんですか」
「ご存知でしょう!? 柏習高校は吹奏楽コンクールに出ては全国常連校、去年度のCCB大会では初出場ながら準優勝をしたのを……!」
「それで?」
「……失礼ですが勝てるとは到底思えません……」
「はっはっはっ! いやいや。ごもっともですが今回から新ルールも追加されましたし、うちの学園の子達も凄く強いですよ? なにせ……」
「なにせ……なんですか?」
「みんな僕が見てこの学校に来てもらったんですから」
「え? 滅多な事ではスカウトしないあなたがですか?」
「ふふふ……まあ楽しみにしていてください。CCBは戦いですが、根は「音を楽しむ」音楽なんですから。ふふふ……楽しくなってきた!」
4月。桜満開。天気も雲一つない快晴。演奏するにはとても快適な気温と天候だ。
「う~ん! ポカポカしていて気持ちが良いなぁ! こういう日は家でのんびり昼寝でもしていたいなぁ! ね? ファイヤーバード?」
《いや。僕的にはお外で吹いてほしいよ》
そう言ってはいるがファイアヤーバードの若干声が眠たげだ。僕も出来ることなら開放的な外で思い切り吹いた後、そのまま昼寝……なんて事をして過ごしたいが今日はダメだ。なぜなら今日は入学式&始業式で、入学式では元だけどクラシック学科1位とジャズ学科1位、そしてポップス学科1位である僕、荒表、笑奏が新入生歓迎演奏の日を行うからである。
不意に強い風が流れる。
「う~ん……。この感じ……良いなぁ……」
そして僕の頭には数週間前の出来事がフラッシュバックしてきた。
『来年度からCCB学科を立ち上げる!』
『だからあんたは機械的演奏って言われるんや!』
『今度から下の名前で呼んでください!』
『チームワラワラなめんな!』
『キエエエエエエ!!』
『今度からおれらの事は下の名前で呼んでくれよ!』
『キエエエエエエ!?』
『今度から無技君って呼んでいいですか!?』
『キエエエエエエ!!』
本当に色々な事があった。……後半エガちゃんの奇声に頭を犯されている気がするけど、ひとまず置いておこう!
問題は今! そして今後の未来だ! 過去を大切にするのは悪くない。けど過去の事ばかりにとらわれて今を疎かにするのは良くない! だから僕は今を見据える。そう心に言い聞かせた今……
「おい無技! ボーっとすんな! 虎獣先生にぶっ飛ばされるぞ!」
「うん! わかってる!」
盛大に遅刻していた。
「ゲームで徹夜して寝坊なんて、大阪でも笑いがとれないでぇ!?」
「うるせぇ! お前達2人がもっと頑張ってればもっと早く登校できたのによ!」
遅刻の理由は簡単でオンラインゲームだ。僕と荒表はチーム「ワラワラ」と共に、彼らのお勧めで『プレイヤーは兵士となって、宇宙の果てからやってきた地球外生命体から地球を防衛する「地球防衛隊」』というゲームしてたんだけど、正直舐めてた。うん。ハマった。あまりにも楽しすぎて徹夜で全ミッション、ダウンロードコンテンツも含めて1周する頃には……今の時間になっていた、というわけだ。
「ひい! ひい! ひい! もう少しや……!」
「いつもは重いとも思わないファイヤーバードがこんなにも重く感じるなんて……!」
「ワイも……! ワイの相棒ってこんなに重かったっけ……!?」
「お前らはまだ軽いから良いだろ!? おれなんてユーフォだぞ!? 全く! ダイエットしろよお前ら!」
《ああ! 重いって言った!》
《レディーにダイエットしろなんて、なんて失礼な男!》
「言い争っている場合じゃないよ!? 少しでもマシな言い訳を考えなきゃ!」
少なくとも虎獣先生に対して馬鹿正直に「ゲームしていて寝坊してました☆」なんて言ったら間違いなく殺される!
「せやな! 何が良いと思う!?」
「ここは「地球の平和を守っていました!」って言えばいいんじゃないか!?」
「いいね!」
「ダメに決まってるでしょ!?」
駄目だ。この2人の感性は似ているから『ボケが正義。ボケで笑いが取れればOK』みたいな考えをしている。ここは虎獣先生と付き合いが長い僕が最善の策を練らなければ……
「聞いて2人とも! 虎獣先生は言葉で示す言い訳や態度があまり好きじゃないんだ!」
「「ほう?」」
「だから行動で精一杯の謝罪の念を見せれば許してもらえる確率が上がるんだ!」
「まじか!? でも付き合いの長い無技が言うなら間違いないな!」
「おい無技! どん位確率が上がるんだ!?」
「助かる確率が0%のところから0.1%に上がる!」
「「そんだけかよ!?」」
「な、なに言ってるんだ!? 虎獣先生からの生還率が0%から0.1%に上がるのはとんでもない事なんだよ!?」
この2人はまだ虎獣先生の恐ろしさを知らないからそんなことが言えるんだ!
「だがまぁわかった! だったら俺に良い手がある!」
「え!? 笑奏それ本当!?」
「どんな作戦や!? ノルでぇ!?」
「みんな耳を貸せ! これで心が揺さぶられない人間なんていないわけない! いたとしたらそいつは人間の皮を被ったゴリラだ!」
「よし! 聞かせて!」
「よし! はよ言えや!」
「良いか? まずは……」
数分後、僕らは学園に到着した。学園周辺、特に校門では新入生と思われる生徒とその保護者の方が記念撮影をするべく長蛇の列を作っている。
そんな中、一際目を引く異質の存在を見つけた。その容姿は生徒の二回り、保護者の一回りはある体格で、今にもスーツの第一ボタンがはち切れそうな筋肉を持ち、さすがに行事ごとなので顔はいつもの無精ひげではなく整えられた髭だが、むしろそれが威圧感を高めている。洞窟に住んでいる原人からヒットマンになったという感じだ。
そしてオーラ。みんな入学を祝っているキャピキャピなオーラな中、『あいつら……来たら殺す……』というどす黒い静かな殺気を放っている。それは誰だって? そう、虎獣先生だ。
「ん? 来たか貴様ら……覚悟はできているんだろうな……?」
そんな中、虎獣先生がこちらに気が付き、野獣のような眼光をこちらに向ける。正直に言おう。僕は今、軽い走馬燈が見えている。
「ビビるな無技! 作戦通りにやるんや!」
「行くぜ2人とも!」
僕ら3人は全力ダッシュの勢いを一切落とすことなくジャンプし、虎獣先生の足元ジャストに3人が横一列になるように計算しジャンピング土下座を決め、力の限り叫ぶ。
「「「漢の中の漢! 音楽業界の巨匠! 虎獣超先生! 申し訳ありませぇん!!」」」
「き、貴様ら普通に虎獣先生と呼べ! 誤解を招くだろうがぁ!」
虎獣先生に言われたので頭を上げ見渡して見ると、校門にいる人達は勿論の事、昇降口の前や学園の中に至るまで新入生や保護者の人達に凝視されていた。
『あの人……ここの先生だったのね。てっきり警備の人だと思っていたわ』
『あの先生……生徒に土下座させているわよ?』
『一体どんな教育をしているのかしら? あの先生は何学科の先生なのかしら? パンフレットに書いてあるわよね? チェックしておきましょう』
「あ、いや! これはですね……ったく。始業式の日に遅刻してくる上に早速俺に恥をかかせるとは……いい度胸だ」
やばい死ぬ。笑奏考案の『相手を褒めた上で全力で謝罪をする作戦』は微塵も効いていない。それどころか火に油を注いでしまっている。生還確率0%がさらに減って来世の分まで殺されそうな勢いだ。このままだと死んでしまう状況だが、荒表と笑奏は何をしているかな?
「さようならお父さんお母さん。いい人生やった」
「ふへへ……! どうやら人間の皮を被っていたゴリラだったようだな……! この世おば・ユーフォが微塵も・優遇されぬとは間違っている。字余り」
これはいよいよダメだ。荒表は両親に別れを告げているし、笑奏はアホ丸出しの自生の句を詠んでいる。
「はぁ……火鳥。お前はこいつらと付き合うようになって演奏も良くなってきたし、前よりも明るく感情を表に出すようになって指導者としてとても嬉し事なんだが、それに比例して前よりアホになったな……」
「んな!?」
「しょうがない。今回だけはその見事なジャンピング土下座と火鳥の成長に免じて見逃してやろう。折角の祝い事が台無しになってしまうからな」
「やった! 愛しています虎獣大先生!」
「バンザーイ! 愛してますで虎獣超先生!」
「ありがとうゴリラ! 愛してまっせ!」
「それをやめろと言っているんだ!!」
虎獣先生が頭に手を当てやれやれと呟く。
「お前達3人は午後の入学式で吹くことになっているんだろ? そんな調子で大丈夫なのか?」
「任せてください! しっかり練習してきましたから!」
「そうっすよ! もう完璧っすよ!」
「ワイらに任せてください!」
「ほう。随分と自信があるんだな。何の曲を演奏するんだ?」
「僕は最も得意な熊蜂の飛行を」
「ワイはバードランドですわ」
「おれはワラワラ動画流星群です!」
「ふむ。期待しているぞ。よしそれではさっさと教室に移動するぞ。今から新校舎に行ってクラスの連中と顔合わせだ。それと今日は楽しい事があるぞ?」
「へ? なんですか? ってなんだか今日やけに人が多くないですか?」
「うん。それはワイも思った。なんかバスも結構停まっとるし、あれは……もしかしてテレビ?」
「それになんだかピリピリしているような……? 気のせいか?」
「まあ楽しみにしておけ。今はクラスに向かうぞ。そこで話してやる」
あ。あの悪い笑顔は本当に何か凄いことがある時にする顔だ。なんだろう? 僕ら3人は疑問符を浮かべ、虎獣先生は早く言いたくてうずうずした様子で教室へと向かった。
「あと豊音は放課後に職員室に来い。俺の事をゴリラ呼ばわりした件について2人きりでたっぷりと話そうじゃないか」
「ヒギィイイイイイイ!!」
「おお! 新校舎だ!」
「すげぇ! ジャズ学科の校舎とは比べ物にならないほどキレイやな!」
「ここにおれらが最初の、そして後世に残る酷い傷を付けようぜ! 顔形とかよ!」
新校舎に到着して驚く。まあ当然のリアクションかもしれないけど、まず綺麗だ。僕らの前までいた校舎は築50年以上の物のため、所々ヒビやペンキ剥げなどしていたし、防音室のドアは固くなっていたし、トイレの床のタイルは黒ずんでいたしと様々な老朽化があった。でも新校舎という事はそんなことはない! 何もかも新品だ!
「それにしてもでかくないですか? 他の学科校舎の2倍近くないですか?」
「うむ。CCB戦を行うにあたって奥行や高低差、障害物などを各階に設置したんだ。高さは他学科校舎を10とするならばに13程、奥行きは他校舎10に対して17程だ」
「ふええええ……でも何でどこまでする必要があったんですか?」
「CCB戦は会場でやる場合があるが基本は廃墟や森林、砂場や何もない平地でやる場合もあるんだ。様々な環境でもいつも通りの演奏や心構えを養うためにな」
「なんかすごい規模ですね……」
「まあ言ってもそんな街規模の大きさではない。最大でも1㌔四方の面積だ」
「それでも広いですね。この前学校全体で行われた模擬CCB戦は小規模だんたんですね」
「ああ。ま、学校で行うこともあるがな」
それにしてもそんなに様々な環境で行われるなんて正直CCBを舐めてた。というか、森林とか砂場で演奏って、どんな状況を想定してるんだ……? いくら平常心でいつも通りの演奏や心構えを養うためって言ってもちょっと行きすぎじゃない?
「虎獣先生、質問良いですか?」
「なんだ中策」
「この校舎、模擬CCB戦している時に着手したんですよね?」
「そうだが、何か問題があるか?」
「いや、だって3週間くらいでこの校舎建てたんですよね?」
「そうだが、何か問題があるか?」
「いやいやいや! おかしくないですか!? いくらなんでも早すぎませんか!?」
「お前たちの学友に大層な金持ちの実業家がいてな。その人が息子のためだと無償で工事して……という経緯だ」
「……どんな家ですか?」
「それは自己紹介までのお楽しみだ」
「先生? なんでお楽しみばっかりで教えてくんないんスか?」
「はっはっはっ! 感動すること、楽しい事、驚くことは人に言われて体感するのではなく自分自身で体験した方がいいからさ」
「なるほど……」
「さあここがお前達が卒業するまで使う教室だ!」
虎獣先生と雑談しながら話しているうちに僕らは教室の前に着く。ここが今年度からお世話になる僕らの教室か……なんか心に来るものがあるなぁ……
「さあ! さっさと入れ! そして元気よく挨拶でもしてみろ!」
「「「はい!」」」
僕ら3人は教室のドアを勢いよく開ける。この中にいる人達が今後苦楽を共にするメンバーになるんだ。虎獣先生の言う通りここは元気よく挨拶して印象付けよう!
「「「おはようござ……って少なっ!?」」」
開けてびっくり玉手箱。僕ら3人は全く同じリアクションを取る。でもそのリアクションはもっともだと思う。なんせ教室にいた生徒の人数はざっと見て30人程度しかいない。他の学科の平均人数は70~100人だから、半数にも満たない人数しかいない。これは……
「全然人が集まらなかったんだね……」
「せやな……」
「ま! こんなもんじゃないか?」
もともとハードなスケジュールのCCB学科だ。演奏に音楽知識だけではなく、戦いの体力をつけるために体育の授業まである。さらに、CC戦Bを行うと否が応でも楽器の損傷に物理的な痛みまで伴うんだから確かに割に合わないかもしれない。その結果がこれか……
「こら! お前らがそこに突っ立ているとHRが始められんだろうが! さっさと空いている席に着け!」
「「「は~~い!」」」