第2楽章 第6話~不穏な気配~
「それでは昼食も終わりましたので、午後の練習を始めましょう!」
「「「はい!」」」
「本日の練習は技術力向上を主としてやっていきます! 各自晩御飯までの時間、楽器練習してください! 先生にアドバイスを貰ったり、互いにアドバイスを交換したり、個人で練習するもブラティーノを使うのも自由です! それでは始め!」
昼食を食べ終わり一時間の休憩をはさんだ後、午後の練習が開始された。
練習メニューは昨日とは違って勉強的なものではなく演奏的なもので、ブラティーノの項目で言えば「技術力項目」だ。
さてと、誰と練習しようかな? 本音は弱優さんが良いのだけれど、さっきもあんな態度を取られてしまったし、今日は……いや、合宿中は声をかけても断られてしまうだろう。
「はぁ……どうしたものかな……覗き仲間にでも声をかけてみようかな?」
ここは比較的声の掛けやすい、昨日の覗き仲間にでも声をかけてみようかな? ええっと笑奏は……
『高音域が出ない! もっと息を入れないと……』
「違う違う! そこが勘違いなんですよ皆さん!」
『「え?」』
「高音域が出ないから息を入れるってのは実際は間違いなんですよ!」
『そうなの? だって沢山入れてるって先生が……』
『僕も言われた! 先輩にも!』
「実は口から出ている息の量は高音域につれて減るんですよ! 増えているのは息のスピードと口の中の抵抗感でして……」
『「へぇ……」』
奏楽学園生に柏習高校の生徒の入り混じった金管楽器を持った人だかりが出来ていた。ざっと見て10人以上はいるかな? そんな中心にいるのは笑奏で、全員にアドバイスをしているみたいだ。
笑奏は滅茶苦茶教えるのが上手い。
あんな性格をしているから「根性」や「気合い」、「勘」などを多用するのかと思いきや、凄く理論的に教えてくれるし、それに話しの引き付け方が上手い。しかもその理論は今までの常識とは違うものばかりで、「世間にあふれている常識が実は違っていた」といったようなものが殆どだし、「天才が勘でやっている」だとか「膨大な練習によって得られた感覚」などを理論的にわかりやすく、誰でも出来るように指導してくれるもんだから短時間で効率よく上達できるし、何より楽しい。
笑奏が技術力でトップクラスなのも納得できるし、将来は良い指導者になるに違いない。
「笑奏は駄目っぽいなぁ……顔性良はどうかな?」
「そうだ。そうやって吹けばいいと思うぜ」
『あ、ありがとうございます!』
『わ、私も見てください!』
「勿論良いぜ」
ある程度予測は出来ていたが顔性良も大人気で付け入る隙がない。イケメンだけでなく指導力も技術力もあるとくれば人気にならないはずがない。となると理修と我行に色奇かな? ってあれ?
「3人とも姿が見えないなぁ……」
一応ここから見えるところは全て見てみたが3人の姿が見当たらない。もうすでに誰かと練習を始めたのかな? まぁ3人とも指導力やリペア力に作編曲なんかが申し分ないからそっちの方で呼ばれたのかな?
「あ、あのぅ……無技君……」
誰と練習をしようかな? そんな事を考えていると不意に背後から声を掛けられた。その声は鈴を転がしたように美しく、今一番求めている声だった。もはや言うまでもなく、確認すら不要だったが僕は振り返って声の主を確認した。
「じゃ、弱優さん!?」
そこにいたのはホルンを手にした弱優さんだった。もじもじと体をくねらせながらも上目遣いで僕の様子を伺ってきているその容姿はもはや反則レベルの可愛さだった。
「弱優さん? どうしたの?」
「あの……えっと……一緒に練習しようかと思いまして……」
「へぇ!?」
弱優さんの口から飛び出したその言葉を聞いて僕は変な声で返答してしまった。
「弱優さん!? 僕を許してくれたの!?」
「はい! あの後、笛木先輩や黒木先輩、響ちゃんに言われたんです。年頃の男の子ならそう言うのは仕方がないって……」
「そ、そう……」
「男はみんな皮を被った狼だって!」
「弱優さぁん!?」
弱優さんは満面の笑みで、しかも結構大きめな声で叫ぶ。その発言に反応して男子は赤面し、女子はむせ返った。間違いじゃないかもしれないけどその言い方は駄目じゃないかな!?
「ですのでいつまでも怒ってるなんて馬鹿らしいじゃないですか! 私はもう覗きをしないと無技君を信じます!」
「う、うん! ありがとう弱優さん!」
何はともあれ弱優さんとは和解できた! 良かった良かった。あ、そう言えば……
「ねぇ弱優さん?」
「はい! なんでしょうか?」
「我行と理修、それに色奇を見かけなかった?」
先程から見かけない3人だが、一体どこで何をしているのだろうか?
「う~ん……そう言えば見かけませんね」
「え? 弱優さんも?」
「はい。朝から見ていません」
結構3人は人気がありそうだからすぐに見かけると思ったけど、弱優さんまでも知らないとなるとますます不思議だ。
「それより無技君?」
「うん?」
「いつから色奇ちゃんの事を名前で呼ぶようになったんですか?」
「ああ……昨日の騒動で仲良くなってね?」
「その話詳しく聞かせてください?」
僕は目の色が消えかけている弱優さんに経緯を話しながらも3人の事を思っていた……。まじでどこに行ったんだろう?
「我行~次はどこにやる~?」
理修は額に浮かんだ汗をぬぐいながら梯子を下りながら問いかけてくる。
「次はあっちだ」
「OK~」
地図を確認し終わると俺は梯子を抱え、理修はリュックを抱えなおして移動を開始する。
「あっちの方は大丈夫か?」
「うん~長門がやってくれてるよ~」
「そうか……そりゃありがたい」
こういう時、女の味方がいると心強いな。
「それで我行~? 今夜これ使うの~?」
「いや、まだだ。これは最終日に使う」
「え~? 何で~?」
「今日使ってもいいんだが、万が一使って失敗に終わったら対策されてもっと身動き取れなくなっちまうからな」
「成程~。でも我行~?」
「ん? どうした?」
普段は閉じているのではないかと思う程細い目をしている理修が目を開き、俺の顔を覗き込んでくる。
「失敗する気なんて毛頭ないんでしょ~?」
「ふっ……当たり前だ……」
「やぁ歩那君に刹那女史」
「ん? あ、色奇ちゃん!」
「ああ……黒兎さんね?」
「色奇で構わないですよ」
歩那君の方は普通な対応だが、刹那女史は昨日の一件で私が笑奏君に興味があるといったせいで変にライバル視をされてしまったのが原因か、乾いた返事をしてくる あぁ……その無関心に私を見る目……たまらないな……。家に拉致して私しか興味を示せなくなるように調教してやりたいねぇ……
「あっそう。で? 私達に何の用?」
「色奇ちゃんから声をかけてくるなんてどうかしたの?」
「時間取らせないでよ? 私は練習したいの。全く……豊音君と練習したかったのに……」
「ごめんね色奇ちゃん。刹那の奴機嫌が悪いの……ってわたしも顔性良くんと練習したかったなぁ」
少し残念そうな表情を浮かべて顔性良君を見つめる歩那君と、遠くで賑やかに練習している笑奏君を歯ぎしりしながら睨みつけている刹那女史。ふふふ……刹那女史……あなたにはそっちの才能があるようだね。好いた人に対する異常ともいえる執着……素晴らしい。おっと! 今はそんな考察をしている時ではなかった。
「そんな君達に聞いてもらいたいものがあるんですよ」
「は? 何?」
「何か作曲したの? 色奇ちゃん?」
私が懐から取り出したのは一本のレコーダー。歩那君は笑みを浮かべながら興味津々に近寄り、刹那女史は相手にするのも面倒くさそうな顔をしながら近寄ってくる。そして私は歩那君と刹那女史にそれを近づけ再生ボタンを押した。
さて……あとは効果のほどを期待しよう。まぁ刹那女史には効果絶大だろうがね……




