第1楽章 第1話~CCBとは~
3月。桜の綺麗な季節だね。この時期は気温も上がってきて過ごしやすくなってきたし、楽器も吹きやすくなってくる。夏などは暑すぎて楽器の温度が上がって音程が高くなるし、逆に冬は寒すぎて音程は下がるし温めても少し放置しただけでまた楽器が冷たくなるし苦労が絶えない。その点春と秋は良い。特に春は少し寒いくらいの気温で吹いていると楽器が温まって丁度よくなる。だから僕は春が大好きだ。
「お。朝練の音が聴こえる。ホルンにクラリネット、それにフルートの音色……という事は角貝さん達か」
校門をくぐってからほどなくして学園から流れてくる音色を聴きながら歩みを進める。今日は春休みの半ばにある登校日なのだけども、そんな日にもこんな朝から練習をしに来ているのは、僕ら奏楽学園のクラシック学科が誇るエース達だ。
この奏楽学園はクラシック学科・ジャズ学科・ポップス学科・吹奏楽学科・リペア学科・指揮学科・作編曲学科の計7学科で構成された日本の高校最高峰の音楽専門学校だ。1学科1年生~3年生約70名が所属しており、学科ごとにそのジャンルを専門とし極めたマスタークラスの教師が数名いる。そして各学科の成績上位5名がその学科を代表するエースと位置づけられているのだけど、今来ている朝練のメンバーはその上位の3名だ。
学科第2位2年フルート専攻の笛木美完先輩。
学科第3位2年クラリネット専攻の黒木刹那先輩。
そして学科4位1年ホルン専攻の角貝弱優さんだ。
え? 第1位はだって? それは僕だ。
僕の名前は火鳥無技。学科第1位のトランペット専攻で今年度のソロコンクールでは第3位で最優秀技術賞を貰った。僕が楽器を始めたのは……いや、始めさせられたという方が正しいかな? 僕は3歳の頃に楽器を吹くように言われ、それ以来両親にみっちりと13年間技術力を鍛えられた結果、ミスのない演奏と素早い指回しをウリにしているトランペット奏者となった。中学では全国1位になって、高校最初のコンクールでも1位になると確信したけど3位。中学時代からずっと講評用紙や先生に『機械的で無機質な演奏を改善しろ』と言われたが、いまいちよくわかっていない。そんな状態の僕をコンクール会場で見ていたここの学園長が『僕の学園に来ませんか? 君の音楽が変わるかもしれない』と言われスカウトされてきたのだが……
「あんまり変わった感じがしないんだよなぁ……」
僕は下駄箱に靴を入れて上履きに履き替えながらため息交じりに呟く。
「確かに先生達の指導は的確だったし、演奏も上手い。それに生徒達の技術も高いけどなんか違うんだとなぁ……」
誰もいない教室のドアを開けて自分の席へと向かい荷物を置く。
「さてと。HRが始まるまで僕も吹こう」
こんな日だから防音個室部屋は空いているだろうけど、防音室は別館にあるし、借りるのに学生証の提示やら使用時間や借りる部屋の名前記入など色々面倒だし、ここで吹いちゃおう。誰か来たらやめれば良いよね。僕はソフトケースから銀色に輝いている……が所々黒ずんでいるトランペットを取り出す。
僕のトランペットはホルトンというメーカーのST-307 MFだ。メイナード・ファーガソンというハイノートジャズトランぺッターが使用していたモデルで僕の父が大好きな奏者だ。僕にトランペットを進めた理由はメイナードのようなトランぺッターにしたかった為みたいだけど、父には悪いが僕はジャズが好きではない。もっと丁寧な精密機械のような奏者、アル・ハートやモーリス・アンドレみたいな奏者が好きなのだ。けど父からもらった大切な楽器だし、3歳から使っているから愛着もわいている。楽器を変える気はない。僕はマウスピースを取り出し軽く音出しをした後に楽器に装着させてウォーミングアップを開始する。半音階で2オクターブを駆け上がり頂点に行くと下まで下がる。
「さてと……シェヘラザードの三楽章でも吹こう」
僕はマウスピースに口を当てて息を吹きいれる。中一から吹いているため楽譜はいらない。全て覚えている。1888年にリムスキー=コルサコフが作曲した全4楽章からなる交響曲で、この曲はリムスキー=コルサコフが最も作曲意欲のあった時期に作曲した曲で彼の代表曲の1曲でもある。今僕が吹こうとしているのは3楽章の『若い王子と王女』だ。原曲は八分の六拍子の歌謡的主題をゆったりしたテンポでヴァイオリンが奏でる。ちなみに幼少期に聴かされていたんだけど、メイナード・ファーガソンはこの曲を四拍子にアレンジして演奏したバージョンがあるんだけど、凄く斬新なアイデアだと思った。だからというわけじゃないけどこの3楽章はトランペットというイメージがついてしまっている。そしてワンフレーズ吹き終えたところで教室のドアが開く。
「あ! やっぱり火鳥君でしたね! おはようございます!」
「へ? あ! 角貝さん! おはよう!」
教室に入ってきたのは先程話した角貝弱優さんだ。やや童顔気味の整った顔立ちに、ふわふわと癖のある長髪に鈴の音のような高い声。そして高校生……いや、一般的に見ても大きい胸が僕の目に飛び込んでくる。さらに角貝さんが優れているのは容姿だけじゃない。彼女はクラシック学科第4位という成績を取った演奏力だけでなく音楽知識も豊富で勉強もできる。完全無欠とは彼女の事を言うのだろう。そして! ここ重要。僕はこの角貝さんに恋心を抱いているのだ!
「いい天気ですね、火鳥君」
「う、うん」
不意に開けていた窓から春らしい生暖かい風が教室に入ってくる。
「ん~……いい気持ちです」
角貝さんが風によって少し乱れた髪の毛を片手の手櫛で整える。そのしぐさ見て僕の中で何かがはちきれた。
「はぁ……綺麗だなぁ……」
「へ?」
しまった! 心の声が口から出てしまった! な、何とか訂正を……!
「ひ、火鳥君……?」
首をかしげて僕の顔を伺うように覗きこんでくる角貝さん。いやチャンスと考えろ! 教室には誰もいない! さっきの春風はただの風じゃない! きっと神風だ! 僕の恋にも桜の花を咲かせろ! 僕は決心し息を大きく吐き、そして再び大きく息を吸い込む。fffでアニマートに告白してやる!
「角貝さ……!」
「こらぁ! 火鳥ぃ!!」
とここで僕の告白を遮るように、僕の出そうとしていた声量の2倍の声で教室に乱入者が入ってくる。あの人物は……!
「げ! 虎獣先生……!」
入ってきたのは虎獣先生だった。正確にはただの先生ではなく、僕が所属しているクラシック学科の学科長を務めている人でフルネームは虎獣政道先生だ。
熊のように大柄な体に鬼のようなオーラ。声はビール瓶が振動で割れそうなバリトンボイスで口元と顎には濃い髭を蓄えている。年がら年中ワイシャツにネクタイなのだがとても音楽家に見えない。まるで兵士を引退してデスクワークに転職したばかりのCIAって感じだ。だがひとたび楽器を持ち演奏すると日本中で引っ張りだこの超一流トランペットソリストになる。
それに僕は今年度この人から週一で個人レッスンを受けていたからわかるけど指導力もなかなかのものだし頭も凄くいい。おまけに運動も出来る。完全無欠という言葉は角貝さんと同様にこの人にも当てはまるけど、同じ完全無欠ならこんな『冬眠に失敗して機嫌が悪い熊みたいな先生』より『可愛くてスタイルもいい女神のような女生徒』を僕は選ぶ。
「虎獣学科長先生おはようございます」
「おう! おはよう角貝!」
ちなみに僕以外の人は虎獣先生の事を『虎獣学科長』とか角貝さんのように『虎獣学科長先生』と呼ぶ。なぜ僕だけ虎獣先生と呼んでいるかというと僕がこの先生の唯一の門下生だからだし、虎獣先生本人がなるべく距離感を狭めたいからそう呼べと言ったからだ。……距離感を縮めたいならもう少し見た目や威圧感を変えるべきだと思うけど、それを言ったら半殺しにされるので黙っておく。
「そんな事より火鳥! 貴様また個室を借りないで教室で吹いていたな!」
「す、すみません!」
「おまけに機械的で無機質な演奏しか出来ないお前が担任である俺の近くで、俺の大好きなシェヘラザードの第3楽章を吹くとは……いい度胸だな」
「ひっ!」
虎獣先生の声のトーンが落ちてくるのに比例して口角が上がり、その笑顔にどんどん恐ろしさが増していく。怖い! 全国大会のステージなんかよりも圧倒的に怖い!
「に、逃げ……!」
「待て! 逃がさんぞ! HRまであと1時間はあるからみっちりしごいてやる! 俺と一緒に練習部屋に来い! リムスキー=コルサコフの刑だ!」
僕は逃げようとしたが一瞬で確保され背後から羽交い絞めされる。本当に本職は音楽家か!? 楽器を武器にしている悪役レスラーの方が似合っているぞ!
「リ、リムスキー=コルサコフの刑だけは勘弁を……! そ、それに先生の貴重なお時間を取らせるわけには……!」
「構わん! たった今雑務を終らせたところだ!」
「じゅ、授業以外で教えてもらうのはレッスン料を払っていませんし申し訳ないですよ……!」
「気にするな! 可愛い生徒のためだ! ノーギャラで構わん!」
「で、でも音出しもまだしていませんし……!」
「音出しを全くしない状態で本番という事がこの先訪れるかもしれん! 慣れておけ!」
「きぃいいいい!! 鬼ぃ!」
「ははは! 俺の名前は虎に獣で虎獣だ! 鬼ではないぞ! がはははははは!!」
「いやああああああぁぁぁ……」
「火鳥君……一体何を言いかけたのでしょうか……?」
こうして僕はHRが始まるまでの1時間もの間、本来1人用の個室に無理やり押し込まれ、ぎゅうぎゅうのぎっちぎちの中、虎獣先生と2人っきりのレッスンを受けた。うう……今日はなんか波乱が起きそう……。
「え~……それではHRを始める。まずは配布物があるので……」
1時間経ち再び教室に戻ってきた頃には既に生徒達が全員集まっており、虎獣先生は教卓でHRを開始した。
「ふえぇぇ~~……疲れたぁ……」
僕は机に突っ伏して虎獣先生の話を聞く。結局あの後たっぷりしごかれてしまった。うぅ……なんだよ『歌うように吹け』って……。『甘く』とか『表情豊かに』とか……曖昧すぎるんだよぉ……もっとわかりやすく言えよぉ……。今年ひたすらに言われていた言葉なのだが未だによくわかっていない。来年度もこれが課題になりそうだ……。
「さて、それでは本題だ。皆最後に配った紙を見てくれ」
虎獣先生に言われて配られた紙に目をやる。え~っと何々?
「CCB学科……新設のお知らせ……?」
『新しい学科が出来るのか?』
『急に? 一体どうして?』
その文字を見て驚いたのは僕だけじゃない。クラス中が驚き、いたるところから虎獣先生に質問が飛ぶ。軽いパニック状態になっているこのクラスを虎獣先生は無理に静めることはせず、ある程度自然に収まるまで無言でたたずんで待った後、ゆっくりと話し始めた。
「うむ。先日の学科長会議で出たんだ。来年度からCCB学科を作ろうとな。そして4月の始めに学科替えを実施する。勿論強制ではないのでクラシック学科に滞在し続けるのもありだ」
「せ、先生! CCBについて全く理解していないのですが……」
「今から説明する」
虎獣先生は紙を僕らに見るように指示し、黒板に何かを書き出しながら口上で説明していく。
「まずはCCBについてだ。CCBとは『音楽知識・技術力・戦闘』をそれぞれイタリア語に直した『Conoscenza Musica・Capacita tecniche・battaglia』の頭文字を取ったものだ」
音楽知識に技術力……それに戦闘? それは一体どういった意味があるんだ?
「次にCCB公式委員会で用意された『音楽知識』の問題を受け、委員会から選ばれた審査員の前で演奏し『技術力』を見てもらい、それぞれの2科目の点数をつけてもらうんだ」
『先生! その試験にはなんの理由があるんですか?』
「うむ。そう言うだろうと思って実際に持ってきた。ちょっと今から実演する」
「「「???」」」
虎獣先生の言葉にクラス全員が首を傾げ疑問符を浮かべる。一旦教室を出ていったと思ったら何やら廊下でごそごそと準備をしている音がする。一体何をしているんだ? そしてものの10秒程で再び教室に入ってきた虎獣先生だが、手に持っているのは自身のトランペットと……
『学科長! その手に持っているのはなんですか?』
虎獣先生が持っていたのは全身真っ白の人形だ。大きさは40~50㎝ほどで関節はなくどっちが前か後ろかわからない。虎獣先生はその人形は教卓の上に置き楽器を構える。
「いいか見てろよ」
「「「おおおお!!??」」」
先生が人形に向かってチューニングのB♭の音を吹いた直後にそれは起こった。真っ白の体に無数の五線譜が浮かび上がり人形が立ち上がる。その後人形の体から音符や音楽記号などが飛び出しその体を覆う。そして……
「「「凄い!」」」
身に纏っていた音符たちがはじけ飛び人形が姿を現すが先程とは外見が変わっている。その容姿は顔は虎獣先生と瓜2つで、肩に虎の毛皮を羽織り、虎の顔を模した被り物をプロレスラーのように被って、武器と思わしき棍棒を持っている。
「これは『ブラティーノ』というもので楽器に宿る霊的なものを吸収して具現化するというものでな」
『楽器に宿る霊……? それって付喪神的な……?』
『俺の楽器にもいるんだろうか……』
『私のも見てみたい!』
「凄いだろ? だがまだ終わらないぞ見ていろ」
虎獣先生がブラティーノに視線を落とす。すると少し遅れてその頭上に何か文字が現れる。
虎獣政道
音楽知識 1点
技術力 1点
状態 100%
楽器 トランペット
曲 ――――――
「これが先程質問に出た試験を受ける理由だ」
虎獣先生はくるりとこちらに背を向けて黒板に向かい何かを書き始める。
「音楽知識はブラティーノの攻撃力と防御力にあたり、技術力はスピードとなる。豆知識だが何故こういう振り分けになったかの理由は『音楽知識は音楽家として武器にも身を助けるものにもなる』から攻撃力と防御力に振り分けられ、『技術力は演奏家の要であり、速く上達せよ』という理由でスピードという具合になった。どれ動かして見せよう。操作はこう動けと感情を込めながら曲を吹くんだ」
『すげえ!』
『私もやってみたい!』
『何でこんな楽しそうなものすぐに導入しなかったんですか!?』
「それには色々理由があるんだ。これから説明するが、たとえば……」
皆もうすっかりブラティーノ、いやCCBに興味深々だ。あれ? みんな気にならないの? いや。みんな学科長だから何も言えないのか。ここは門下生である僕がみんなの気持ちを代弁してあげよう!
「虎獣先生の点数が全部1点なのは虎獣先生が脳筋の体育会系だからですか?」
「「「………………」」」
全員の表情固まり、教室が一気に静かになる。え? 僕なんか地雷踏んだ?
「いい度胸だな……よかろう。火鳥、楽器をもって前に来い」
僕は目が全然笑っていない虎獣先生に言われて楽器を持って前に出る。
「ほれ。お前のブラティーノだ。憑依させてみろ」
ゴトリと音を立てて僕の前にブラティーノが置かれる。え~っと……チューニングの音を出せばいいんだよね? 僕は見様見真似でさっき先生がやっていと通りの手順で憑依させる。先程同様ブラティーノの体に五線譜が浮き上がり音符や記号がブラティーノの体を包みこむ。さて! 僕のはどんな見た目になるんだ!?
「おお! カッコいい!」
僕のブラティーノの見た目は上半身は黒いタンクトップでズボンは黒いジーンズという上下黒の服装に、両腕がサイボーグのようなロボチックなものになっている。そして右目だけ赤く輝いており、昔観た人間の見た目をしたロボットが登場する映画を彷彿とさせる容姿となっている。どうよみんな? カッコいいでしょ!? もっとよく見て!
『うわぁ……これはない』
『厨二病丸出しね……』
『火鳥君隠れオタクだったのかしら……』
「僕を見ないでぇ!!」
「ブラティーノは楽器に宿った霊を取り込むとさっき言っただろ? 本人の特性や性格などが見た目に反映するんだ。火鳥の場合は機械的無機質な演奏をするためサイボーグっぽくなったとみえる」
「冷静に説明しないでください! 虎獣先生!」
そして少し遅れて点数が表示される。
虎獣政道 VS 火鳥無技
音 1点 音 0点
技 1点 技 0点
状 100% 状 100%
楽 トランペット 楽 トランペット
曲 ――――― 曲 ―――――
「それでは諸君! よぉく見ておけ! これが今までCCBを行わなかった理由の一つだ!」
虎獣先生が演奏を始める。これは……ベートーヴェンの交響曲第五番『運命』か。イントロの有名なダッダッダッ! のリズムに合わせて虎獣先生のブラティーノが手にした金棒を天高く振り上げる。そして……
「痛ったぁ!!」
ダーン! の音に合わせて勢いよく僕のブラティーノの脳天に金棒が振り下ろされる。直後ラグなしで僕の頭に硬いものが叩きつけられる痛みがするし、おまけに楽器のベルも少しへこむ。なんじゃこりゃ!?
虎獣政道 VS 火鳥無技
音 1点 音 0点
技 1点 技 0点
状 100% 状 97%
楽 トランペット 楽 トランペット
曲 運命 曲 ―――――
そしてブラティーノの頭上に表示された文字が変わり、僕の状態の項目が100%から97%に減少した。
『え!? 痛みあるの!?』
『楽器にもダメージが行くの!?』
「その通りだ。ブラティーノが受けたダメージはそのまま本人と楽器に戻っていく。打撃系ならへこみ、斬撃系なら傷がつくといった具合にな。そしてこれが今まで導入しなかった理由だ。少々危険だからな。このCCBの本質は『CCBを用いて他者と戦い、心身共に鍛え上げていく』という方針で、勉学で頭を使い、技術力を身につけ、演奏力をつけて操り、戦闘で精神力を養い、その他忍耐力・咄嗟の判断力、体力、集中力とありとあらゆるものを駆使して行うものなんだ」
虎獣先生が淡々と説明を続ける。なるほど……確かにそれは色々とくるものがある。物理的に痛いというだけでも嫌なのに自分の大切な楽器に傷が付くのだ。これは地味に嫌だな……ってちょっと待ったぁ!!
「虎獣先生! 僕の楽器凹んじゃったんですけど!?」
「落ち着け。そのためにリペア学科があるんだろうが。後で学科の先生に修理をお願いしておくから行ってこい」
ぐぬぬ……! なんかやるせない……!
「このように戦いでは楽器が傷つくんだが楽器をリペアをすることによって状態を戻せる。勿論試合は生徒がリペアする。そして状態が0%になったら戦闘不能になりリタイアとなる。相手を一撃で葬りたい、又は戦闘不能にならないために頑丈になりたいのなら音楽知識試験で良い点を取り、自信のないものは演奏試験で良い点を取り素早く動けるようにするんだ。まぁバランスよく高点数なら文句ないんだがな。ちなみにCCB戦の平均成績は100点で下は0点、最高点は上限がない。試験時間内に取れるだけ取れというものだ」
みんな先程の勢いはなくなり口数が減ってくる。練習して技術力を上げて、音楽知識を身につける。さらには本物の痛みと楽器の破損という精神的にも肉体的にもくる苦痛に耐えながら他校と戦闘するんでしょ? これは予想以上にこなすべきものが多い。
「CCBを極めた者は音楽家として極めたと言われ大会で優勝した学校は一流と認められる。大会MVPを取ったものはどこの音楽大学も欲しがるし、プロの楽団も目をつける。今後の人生に大きく役立つぞ? 実際世間で成功している音楽家などは学生時代や社会人でCCBを行いMVPを取った者が多い」
虎獣先生の言っていることはもっともだ。けど何で今年から急にやることになったんだ? 今までそんな理由があったからやらなかったのに……一体どうして?
「ふむ……辛気臭いことはこれまでにしてもう一つ面白い事を教えてやろう」
「「「???」」」
「火鳥。ブラティーノに話しかけてみろ」
「へ? えーっと……はじめまして?」
《いや、はじめましてって3歳の頃から一緒にいたじゃん》
「「「!?」」」
「ええ!? 喋るの!?」
僕はびっくりしてブラティーノを二度見する。喋った!? しかも誰にも言ってない僕にしか知らないことを知っている?
「どうだ? ブラティーノに宿った霊は意識があり話せるんだ。いいだろ? 今まで苦楽を共にした相棒と対話できるんだからな」
『先生! 僕にもブラティーノを貸してください!』
『私も! 私も自分の楽器とお話してみたい!』
再びクラスが騒がしくなる。でも無理はない。いままで毎日吹いて一緒にいる楽器とお話ができるだなんて、僕もいま凄く感動している。
「よしよし。みんなの気持ちはよくわかるが今はだめだ」
そんなお祭り騒ぎな教室の調子を一旦収め虎獣先生は話を続ける。
「今みんなにブラティーノを渡して憑依させてやりたいのは山々だが、それは明後日にしてもらう。明後日みんなには模擬CCB戦をしてもらうからな」
「「「ええ!?」」」
「学園長の意向でな。とりあえず全学科にはCCBを実際にやってもらって来年度の学科を選択してもらう。言葉ではわかりづらいだろうからな」
『まじかよ……』
『楽しみのような……楽しみじゃないような……』
「明日はCCBの過去問試験を受けてもらい点数を得てもらう。そして明後日に本番だ。戦う学科はジャズ学科だ。良い戦いを期待しているぞ!」
『え~……楽器が壊れたら嫌だなぁ……』
『いまいちやる気出ないなぁ……』
『勉強は嫌だなぁ……』
イマイチモチベーションが上がらない学科生達を見て、虎獣先生は笑顔で告げる。
「ちなみに勝った学科は学食一週間無料で、負けた学科は3週間後の入学式&始業式の会場準備をしてもらう」
『よし! やってやるぞ!』
『ジャズ学科か。クラシック学科の力見せてやる!』
『やってやるわよ!!』
その一言にクラスのやる気は最高潮になっていた。だけど僕はちょっと憂鬱だ。
「火鳥君? 顔色が優れませんけどどうかしましたか?」
そんな中、僕の身を案じてか、少し離れた席から角貝さんがやってきて話しかけてきてくれた。
「角貝さん。心配してくれてありがとう。ちょっと憂鬱なことがあってね……」
「なんですか? 私で良ければ力になりますよ!」
「僕……中学の時学年で一番テストの成績が悪かったんだ……明日のテスト……嫌だなぁ……」
「あ、あはははは……」