第2楽章 第4話~いざ女子風呂へ!~
黒兎さんを先頭に僕らは女子棟へつながる渡り廊下を走り抜ける。そしてあっという間に女子棟へと侵入成功した僕ら。運よく誰とも接触することなく入れたので、とりあえず第一関門突破だ。
「よし! とりあえず女子棟に潜入で来たね!」
「ああ! ここまではすんなりいけたな!」
物陰に隠れながら笑奏と拳をぶつけ合う。正直ここまで戦闘も覚悟していたが、案外誰にも見つかることなく行けるんじゃないか? と思い始めてきた。だがそんな僕らとは対照的に顔性良と我行は険しい顔をしていた。
「どうしたの2人とも~?」
「そうだぜ! こんなに楽に潜入できたのによ!」
「そこだ。そこに問題があるんだよ」
「え? って言うと?」
「100人近い人間がこの棟に集まってるにもかかわらず誰一人として遭遇してないんだぜ? いくら女子が風呂の時間だって言ってもおかしくないか?」
「た、確かに……」
我行に言われて気付く。この棟は大きいと言えど学校の校舎よりも遥かに小さく、今は女子の入浴時間だ。だけどそれを差し引いたってこの棟には今現在100人近い女子がいるんだ。全員が一斉に風呂に入っているとは考えられない。にもかかわらず、未だに誰一人として女子に遭遇していない。
「もしかして罠……?」
「そう考えるのが妥当だろうな」
「おいおい。まさかとは思うが黒兎の奴が仕組んだんじゃ……?」
笑奏のそのセリフに一同は一斉に黒兎さんを見る。
「はぁ……はぁ……! 黒木姉妹の裸……! 角貝君の胸……!」
「……なんというか彼女は違う気がするね……」
「ああ……」
よだれを垂らしながらわき目もふらずに歩みを進める黒兎さんは恐らくシロだろう。
だが安心も束の間、僕らの目の前に人が現れた。僕らの学校の先生じゃない! 柏習高校の講師の先生だ!
「ん? あ! 男子生徒!?」
向こうもこちらの存在に気が付き驚きの表情を浮かべる。
「ど、どうする!?」
「構うことはねぇ! やっちまうぞ!」
「君達! そこは少し構うところじゃないのかね!? 面識はないとはいえ一応講師だよ!?」
「了解! ぶっ倒す!」
「ええ!?」
僕らは躊躇なく講師の先生に突撃する。僕らの目的である女子風呂への道を妨げるものはサーチ&デストロイだ! ましてやムサイ男教師なんて価値はない!
「ひっ! 憑依!」
渡辺人吉
音 510点
技 920点
状 100%
楽 ホルン
曲
「「「っ!?」」」
僕らの攻撃が先生に届く間際、僕らと先生との間に壁になるようにブラティーノが現れた。
「ふう! 万が一に備えて用意しておいて正解でした……」
「ちっ! 向こうも俺らと同じことを考えてやがったのか!」
我行が歯ぎしり交じりに呟く。大人とは言え相手は複数人の男子高校生。力では到底勝てないとふんで、ブラティーノを使って制圧しようと考えたのだろう。
「やることが汚い!」
「それが大人のやることか!」
「教師なら正々堂々身一つで戦え!」
「覗きに集団暴行しようとした君達が言いますか!?」
くそ! これは想定外の事態だ! まさか相手も……しかもマスタークラスが操るブラティーノが来るなんて……!
「どうする!?」
「どうするもこうするもやるっきゃねぇだろ!」
僕らは楽器を構え憑依を開始しようとした時、前に割って入ってきたのは顔性良だった。
「オメェらは先に行け。ここはオレが引き受ける」
「顔性良!? そんな無茶だよ!」
「そうだぜ! いくらお前が成績が良いったってマスタークラスにはかなわねぇぞ!?」
「オレは別に覗かなくてもいいんだ。ならオレの役目はお前らが女風呂を覗けるよう時間を稼ぐことだろ?」
顔性良……ごめんね。本来は凄くカッコいいセリフのはずなのに、僕らの目的がバカみたいだから凄く間抜けに聞こえてしまう……。
「へっ! なら俺も付き合うぜか顔性良!」
「我行良いのか?」
「俺もどちらかと言えば覗きには興味がなかったからな。それに2人いればもっと時間が稼げるだろ?」
「はっ! 足引っ張んじゃねぇぞ!」
「「憑依!」」
薬座顔性良 & 棒導我行
音 199点 音 304点
技 190点 技 85点
状 100% 状 100%
楽 フルート 楽 トロンボーン
曲 曲
「頼んだよ2人とも!」
「女湯で会おうぜ!」
「「任せろ!」」
僕らは顔性良と我行を残して走り始めた。今は目的の為に走ることこそ最優先事項だ! だが走り始めて数秒後、再び僕らの前に立ちはだかる者が現れた。あれは……
「へっへっへ! 待ってたでぇ!」
「荒表……!」
僕らの進行を妨げるようにアルトサックスとブラティーノを携えて仁王立ちしている。くそ……! 荒表は入浴中じゃなかったのか……!
「残念やけどワイ以外にもおるんよ!」
「なに!?」
荒表の背後から現れたのは黒木刹那先輩と三上さん。それにその他大勢の女子生徒達だった。
「豊音君……本当に覗きに来るなんて……」
「黒木先輩までいんのかよ!?」
「そ、そんなに私の裸が見たいの……?」
「誤解しないでもらいたい黒木先輩! おれ達の言い分を聞いてくれ!」
そんな多勢に無勢の中、笑奏は一歩前に出て女子生徒達に何かを話すそぶりを見せる。お? もしかして自首か? それとも僕らが行動に起こしたのは無慈悲な拷問のせいだと正直に言うのかな? 笑奏は息を吸い込んではっきりと大きな声で告げる。
「おれは……いや、おれ達は女子全員の裸が見たい!」
「「「全員戦闘態勢!!!」」」
「くそ! 作戦失敗だ!」
「そんなんで行けると思ったの!?」
「だってよ! 仲間外れ作っちゃ申し訳ないだろ!? みんな分け隔てなく覗かなきゃ可哀そうだ!」
「可哀そうなのは笑奏の思考回路だよ!」
もう笑奏の意見や作戦はもう二度と聞かないぞ! おかげで女子達の目は一気に狩る側の目と化し、臨戦態勢に入ってしまった!
「ふはははは! 気にいたぞ!」
その時、黒兎さんが腹を抱えながら大笑いし始めた。一体何事!?
「バカだとは思ったがこれ程のバカだとは思わなかった! ふふふ! 笑奏君! 君が気に入ったぞ!」
「え!? あんなバカのどこがいいんですか!?」
「前に言っただろう? 私は普通の人間には興味がないのだよ。その点彼は面白い! 気にいったぞ! ここは私に任せてくれないか?」
黒兎さんはファゴットを構えて憑依を開始した。そんな時、ものすごい殺気を女子側から感じた。あ、あれは……!
「黒兎……私の敵……」
「黒木先輩!?」
髪を逆立てながら鬼の形相で黒兎さんを睨みつけている黒木先輩。一体何が彼女をそこまでにさせたのかは不明だが、凄い殺意だ……!
「おやおや……黒木姉は笑奏君の事を……」
「うるさい! 私もまだ下の名前で呼んだことないのに……! しかも横取りしようなんて……! ユルサナイ!」
「黒兎~! 援護するよ~! 長門も手伝ってね~!」
「御意」
「俺も手を貸すぜ! キエエエエエエ!」
「おやおや。理修君に手助けされちゃ頑張らないわけにはいかないねぇ」
黒兎さんを先頭に理修に江川君。そして長門さんが一歩前に出て戦闘態勢に入る。
「無技君に笑奏君よ。私が隙を作るから抜けるといい」
「了解したぜ!」
「わかりました! ……けど大丈夫ですか?」
黒兎さんと理修と江川君は音楽知識こそ高いが、技術力が低い。確かみんな100点行ってなかったはず。片や向こうの面子は黒木先輩や荒表は技術力が高い。黒木先輩に至っては攻守ともに隙が無い。おまけに敵は2人だけじゃないし、そんな状態で隙なんてできるのだろうか……?
「ゴチャゴチャうるさいわよ!」
「せやで! その曲がった根性を治したるわ!」
不意に黒木先輩と荒表が黒兎さんに攻撃を仕掛けてきた。2人は手にした黒刀と釘バットを思い切り振りかぶり、黒兎さんのブラティーノめがけて振り下ろす。そんな状況だというのに黒兎さんは不敵な笑みを浮かべながらファゴットの演奏を始めた。黒兎さんのブラティーノは黒い羽衣に黒い大剣。その印象と同じく全てが黒尽くしの見た目をしているのだが、前よりも強そうな印象を……
「ふふふ。君達の敗因は……私が天才だったということさ」
「きゃ!?」
「いてぇ!?」
次の瞬間、黒兎さんのブラティーノを見失い、気が付けば黒木先輩と荒表のブラティーノはおろか女子風呂への道を塞いでいた女生徒達までもが吹き飛ばされ、道が出来た。これは一体……?
「無技! 行くぞ! この隙を無駄にすんな!」
「う、うん!」
僕は何が起こったかわかっておらず、放心状態になっている女子達を尻目に走り抜ける。そして通り過ぎ間際に黒兎さんの点数が表示された。
黒兎色奇 VS 黒木刹那 & 中策荒表
音 321点 音 301点 音 67点
技 310点 技 450点 技 570点
状 100% 状 80% 状 60%
楽 ファゴット 楽 クラリネット 楽 A・サックス
曲 組曲「色奇」 曲 曲
「んな!? なんですかその点数は!?」
「ふふふ……睡眠時間の分を演奏練習に割っただけさ。おかげでクマが出来てしまったよ」
黒兎さんは目の下のクマをなぞりながらクックックッと笑みを零す。いやいや! いくら何でも上達しすぎじゃないか!? この前から200点近く伸びてるんだよ!? て、天才か彼女は……!
「さてと……しっかり頼んだよ。この程度で女子がのぞかせてくれるとは思えない。最後の砦があるはずだ。そっちの処理は任せたよ2人とも」
「「了解!」」
黒兎さんの読みは恐らく正しい。荒表や黒木先輩がこの程度の策しか講じていないとは思えない。となるまだ何かある。そして……
「なんだかすごく嫌な予感がするよ」
「お? それはどういった予感だ?」
「なんだか……あまり練習時間が取れてない時にレッスンを受けに行くような感覚に似ている……」
「……って事は……『奴』か?」
「……うん。『奴』だよ」
僕と笑奏は覚悟を決めながら廊下を走り続けた。そして一階の突き当りから地下の女子風呂へと続く階段を見つけ、それを一段飛ばしで駆け下り、ついに女と書かれた暖簾の掛かった……つまりは目的の地である「女湯」へと到着した。
距離はおよそ10m。
ここからでも聞こえる女の子達の明るい話声や笑い声。そして風呂の湯気で足元が少し湿っている。間違いない。女の子があそこに……今お風呂に入っている!
だがその手前に『奴』がいた。
女子とは真逆の存在。
可憐とは真逆の存在。
お淑やかとは真逆の存在。
平和とは真逆の存在。
強さの象徴。
暴力の象徴。
破壊の象徴。
恐怖の象徴。
トラウマの象徴。
混沌の象徴。
「来たか」
「「虎獣先生……!」」
赤いジャージに白いタンクトップ。短髪に無精ひげで野獣のような眼光。組んだ腕は血管が浮き出ており、その太さはテューバの管ぐらい厚い。そう……虎獣先生だ。
「やれやれ。女子風呂を覗くとは全く愚かな行為だ」
「虎獣先生! これには訳があるんです!」
「ほう? 遺言代わりに聞いてやろう」
その縁起でもない言葉に顔が引きつり体が強ばるが、僕はなぜこのような事をしたのか虎獣先生に話した。虎獣先生は僕の話しが終わるまで無言で聞き続け、ゆっくりと口を開き始めた。
「成程な。お前達は理不尽な言いがかりと理不尽な拷問にキレて本当に覗いてやろうと行動を起こしたんだな?」
「はい! 言わばこれは仕返しというか、報復というか……!」
「そう言うことなら火鳥よ。今この場で回れ右をして男子棟へと引き返せば俺は深追いはしない。まだ未遂だし、お前とは去年からの付き合いだからな。勿論、今加担した面子も同様に見逃してやろう」
「本当ですか!」
「ああ」
「おいおい! ここまで来て諦めるのかよ無技!?」
「だ、だって相手は虎獣先生だよ!? 元CCBMVPで現役のプロ奏者だよ!? 勝ち目なんてないよ!」
「ぐぬぬ……! 確かにそうだがよ……! 女子風呂が目の前だってのに……!」
確かに目と鼻の先に女子が裸でいると思うと……こうグッとくるけど……
「くそ! こうなったらおれ1人だけでも……!」
「ほほう。いい度胸だな豊音。その根性だけは褒めてやる」
そこを守るのは虎獣先生だ。どうやったって負け戦。だがここで負けを認めればおとがめなしだ。冷静に天秤を掛けた時、僕が選ぶのは……
『わぁ! 弱優ちゃんおっきい!』
『本当ね。何食べたらそんなに大きくなるの?』
不意に女子風呂からそんな声が聞こえてきた。声的には歩那と響かな? そうか……あの2人もお風呂に入っていたのか。歩那は子供っぽい体だけど、裏を返せば線の細いスレンダーな体系をしているということだし、響は均整の取れた体をしている。
「ん? なんだ火鳥。どうして一歩前に出た?」
「え? い、いやなんでもないですよ?」
『どうやったらそんなにおっぱいが大きくなるの……』
『不公平よね……私もそんなおっぱいになりたいわ』
この声は倉田先輩と笛木先輩か。倉田先輩は上級生というだけあって中々出るとこ出てる先輩だし、笛木先輩はモデルのように美しい体付きをしている。
「んん? 火鳥よ。どうして今度は3歩前に出る?」
「い、いや! 特に理由は……」
『どれ! 触らせてよ弱優ちゃん!』
『そうね! 少しご利益を貰おうかしら!』
『きゃっ! も、もう! 皆さんやめてくださいっ!』
『よいではないか……よいではないか……』
『笛木! あんたもよ! いい太ももしてるじゃない!』
『あん……もう……』
『それ! 弱優ちゃんのタオルとっちゃえ!』
『きゃあああ! か、返してください~!』
「ぬおおおおおおおおおお!!!」
「む、無技! …………へっ! やっぱりお前は……男だぜ! 行くぞ無技!」
僕は半ば暴走気味にブラティーノを憑依させ虎獣先生に突撃する。恩赦も見逃しもいらない! 僕はただ女子風呂を覗きたい! 邪魔する敵は……
「「デストロイ!!」」
「ふはははは! お前達……青春してるなぁあああああああ!!!」
火鳥無技 & 豊音笑奏 VS 虎獣政道
音 49点 音 32点 音 867点
技 590点 技 620点 技 1500点
状 0% 状 0% 状 100%
楽 トランペット 楽 ユーフォニアム 楽 トランペット
曲 曲 曲 魔笛
そこで僕の記憶は途切れた。