第2楽章 第1話~不穏な幕開け~
そして合同合宿当日の朝が来た。
流石に遅刻はしなかったけど3泊4日ということで、着替えやら何やらでいつもよりも大きく重い荷物を持って登校することになったので、いつもよりも疲れてしまった。
僕らCCB学科生は朝6時に学校に集合となっており、まだ辺りは薄暗く少し肌寒く感じる。なぜこんなに朝早いかというと、その理由は合宿場所がここから遠いからだ。県を3つ跨いだ先が目的地なので、この時間に集合ということになったのだ。まぁ合宿を行う場所や練習環境、さらには寝泊まりから合宿中の食事まで全て向こうが提供してくれてるんだから、これくらいは全然マシか。
「楽しみですね無技君!」
「うん! そうだね弱優さん!」
大きなキャリーバッグとホルンケースを持って弱優さんが満面の笑みで話しかけてくる。当然僕も楽しみだ。CCBの合同合宿って言うのも楽しみだけど、みんなで……いや! 弱優さんとお泊りが出来るなんて嬉しすぎる!
「おはよう~! 無技に弱優~!」
「ん? あ! 理修おはよう!」
「おはようございます理修君!」
不意に背後から声を掛けられたので振り返ってみると、そこにいたのは技工理修だった。子供のような体格に童顔な顔つき、声も声変りがあったのかと感じるような少し高い声をしている生徒で、このCCB学科に来る前はリペア学科に所属していた。
彼のリペア技術はすでにプロレベルに達しており、CCB戦では重要な役割を担っている。ちなみに楽器は今年から始めたらしいのだが、選択したのは体格に不釣り合いなテューバだ。理由は『でかいのに精巧な楽器だから』だそうだ。
「あれ? 理修? 荷物は?」
「荷物~? あ~それは長門が持ってるよ~」
理修が振り返るのにつられ後方を見てみると、大きな荷物を持った女性がいた。
彼女の名前は長門春さん。技工さんのお付きの人だ。スラリとした体格にびっしとキメたスーツ。黒く艶やかな髪の毛を後頭部で縛り、先っぽを上へと上げて固定するヘアスタイルをしている。かなり美人な方で、目は細くシュッとしている。
「おはようございます皆さん」
「おはようございます。え~っと……長門さんですよね?」
「長門で結構です」
「いやいや! 年上の女性を呼び捨てなんてできませんよ!」
「そうですか。ならばお好きにお呼びください」
そんな短い会話を終えると長門さんは理修に近寄り話し始める。
「理修様。あちらにリムジンが用意してありますのでそちらにお乗りください」
「え~……オイラみんなとバスに乗るからいいよ~」
「ダメです。理修様をあのようなモノに乗せるなど考えられません。あれではいざという時に守れませんので、防弾リムジンの方に……」
「いやだって言ったらいやだ! 絶対に乗らないもんね!」
「ですが……」
「もしこれ以上なんか言うなら、長門の事嫌いになっちゃうから!」
「う……」
2人は何やら言い争いをしているようなのだが、出てくる単語やフレーズが上流階級過ぎてついていけないのが現状だ。防弾リムジン? あのようなモノ? 凄い単語だ……
「まぁでもせっかく用意したのにもったいないよね~。あ! 大坪先生!」
「へ? はいなんでしょうか技工君!」
そんな時丁度目の前を通りかかった大坪先生を理修が引き留める。
大坪先生は元吹奏楽学科の学科長で、今はこのCCB学科の副学科長を務めている。
ショートカットのボブヘアに少し茶色がかった髪の毛。大学生と間違われるんじゃないかと思われるほど幼い顔立ちをしており、非公式ながら『学園美人教師ランキング』で堂々の1位を取った先生だ。
「先生は何号車に乗るんですか~」
「私ですか? 私は技工君と同じバスですけど……」
「それなら丁度良かった! 先生! リムジンに興味はありませんか?」
「リムジンですか? そうですね~一度は乗ってみたいですね~!」
「それじゃ先生。あちらへどうぞ」
「へ? あ! 長門さん! おはようございます!」
「私とバスを交換してください」
「え?」
「代わりにあなたはリムジンで現地に行ってください。中のものは好きに使ってくださって構いませんし、ドライバーには伝えておきます」
長門さんに腕を掴まれ大坪先生はリムジンへと連れていかれてしまった。涙目で助けを求める大坪先生はまるで小動物のような印象を受けてしまう。正直何とかしてあげたかったが僕にはどうにも出来なさそうなことなので、ここは涙を呑んで諦めよう。
「さぁ! 楽しむぞ!」
「無技君!? 切り替えが速すぎませんか!?」
僕は荷物を抱えバスに向かって走り出した。
「ワクワクするなぁ!」
「オレもだ。こういう大人数で旅ってのはよくあるんだがな」
ところ変わってバスの中。ついに目的地に向かってバスが動き始めた。
席割りはすでに決まっていたので残念ながら弱優さんとは離れた席になってしまった。今僕の隣にいるのは薬座顔性良だ。
元吹奏楽学科の彼は長身・イケメン・クール・頭の良さ・演奏力・人柄・運動神経と何をとってもトップクラスの非の打ちどころのない生徒だ。よく天は二物を与えないとか聞くけど、そんなのはまるっきり嘘だと彼を見てると思う。
「大人数? それって誰といくの?」
「うちの組のモンだ。ざっと100人くれぇかな」
「組のモンって……」
このセリフでもわかるように、彼の実家はヤクザなのだ。彼が元の吹奏楽学科で問題児扱いされていた理由はこれで、彼が演奏会やコンクールに出たりすると会場がヤクザだらけになってしまうため、大会から自粛されるようになってしまったらしい。ちなみに彼の使用楽器はフルートだ。
「中々複雑そうな家庭ね」
「そうよ。それで顔性良くんは問題児扱いよ。まったく失礼しちゃうわ!」
後ろの席から座席の隙間を覗くような形で話しかけてきたのは黒木歩那と黒兎色奇だ。
黒木歩那は元吹奏楽学科の生徒でマーチ曲をこよなく愛す生徒だ。黒い長髪にクリクリとした目をしており、少しあどけない顔立ちをしている、一個上に刹那というお姉さんがいるのだが、2人は凄く良く似ており、見分け方は色々あるが、大人っぽいのが黒木刹那先輩で、子供っぽいのが歩那といった感じだ。使用楽器はクラリネットだ。
もう1人の黒兎色奇は元作・編曲学科の生徒で、凄まじい編曲と独特の作曲を武器にしている。黒より黒い漆黒の長髪をサイドテールでまとめ、黒く濁った眼に黒いストッキングといった黒一色の印象を受ける子だ。そして彼女は学園三大美女の1人であり、全学年から告白されているがすべて断っている。理由は彼女は同姓の子か年下しか眼中にないようで、今狙っているのは黒木姉妹と理修らしい。ちなみに楽器はファゴットだ。
「正直俺は旅自体は好きだが大勢で……ってのはあんまり好きじゃないな」
「そう? 私は旅好きだけど」
今度は前の席から姿は見せないが棒導我行と電盤響が会話に入ってきた。
棒導君は元指揮学科生徒で、キツイ目つきにツンツンと尖った髪型。体格もよく、ぱっと見は音楽家というよりはヤンキーのような印象の生徒だ。楽器は指揮官だが一応トロンボーンを吹いている。
響はこの学園に転校してきた生徒でカールしたショートヘアにスレンダーな体系、女性にしては背が高く、モデルみたいに可愛らしい生徒だ。そんな彼女の使用楽器はエレクトーンピアノで、不協和音を駆使した演奏は相手の操作を鈍らせるという効果を持っており、この奏楽学園において大戦力となる。
「まぁそういうなよ我行。CCBはチーム戦だ。これを機にクラスメイトと親睦を深めようや」
「そうよ! ……わたしも頑張ろう」
「我行君。君は前の学科で独断専行しすぎて痛い目を見ただろう? 進歩した方がいい」
「ふむ……黒兎の言う通りだな。まぁゆっくりやっていくさ」
棒導君は首の裏に手をやり手を組んだ後、外の景色に目をやる。
「それにしても柏習高校はどんな練習をするのかしら?」
「そうだね……やっぱり特別な練習をするのかな? 響は何か知らない?」
この中で一番知っていそうなのは響だ。短期間とは言え彼女は柏習高校の生徒だったんだから内部の状況や練習メニューなんかを知っているかもしれない。
「う~ん……私がいたのは2軍だしちょっとよくわからないわ」
「そう……それじゃ2軍にいた頃の話だけでもいいから教えてくれない?」
「そうね……これといって特別な練習はしなかったわ」
「そうなの? てっきり柏習高校だけの特別な練習メニューでもしているのだと思ったけど」
「あれじゃねぇか? 特別な練習をする前に基本的な基礎練習を反復してやるみてぇな」
「基礎をしっかり養おうって考えか……」
「基礎練習に卒業は無いってことだね」
基礎はやるに越したことはない。建物なんかでも基礎や土台がしっかりしていないと建物は崩れてしまうし、大きく立派なものは出来ない。それと一緒だ。強豪校にもなればしっかりと基礎を固めるのは当然の事か……
「つまらないね。音楽をやっている理由は基礎練習をするためなのかい」
「黒兎ちゃん? 言いたいことはわかるけど必要な事なのよ?」
「はっ! 音楽を始めた理由は基礎練習をして上手になるためなのかい? バカバカしい。好きな音楽を好きにやるのが音楽だよ。笑奏君や荒表君のようにね」
僕は演奏家なので歩那の言うことは理解できる。けど、黒兎さんの言うことも一理ある。ここは演奏家視点の意見と音楽家視点の意見の違いだ。
基礎力を高めるのは更にいい演奏や難しい曲をするためにしていることだが、それは音楽としてではなく演奏の為。音楽の本質からは確かに外れているのかもしれない。そう考えると黒兎さんの意見は新鮮で為になる。
「おう呼んだか!」
「ワイも名前を言われた気がしたで!」
そこへマイクを持った荒表と笑奏がやってきた。
「ってそのマイクどうしたの?」
「これか! これはバスの中にあるカラオケのやつだ!」
「カラオケって……まさか歌う気?」
歩那がジト目で2人を見つめる。今の時間は……まだ7時前じゃないか。正直朝が早かったから少し眠いし、騒ぐよりもこうやってお話がしていたいのだけど……
「歌うにきまってるやろ! そこにマイクがあるんやで!?」
「そうだぜ! 新入生も入ったことだしここはド派手に親睦を深めるぞ! ということで一番豊音笑奏! 銀河戦艦アカギ歌わせてもらいます!」
「待てや! 最初はワイや!」
『あはは! あの先輩達面白い!』
『ノリがいいなあの先輩!』
荒表と笑奏はバスに備え付けられたカラオケセットで歌を歌い始め、バスの中は一気に明るくなる。その後もマイクは代わる代わる色んな学年の人に回っていき、このバスの中の人達だけだがかなりの親睦を深めることになった。まぁこれも旅の醍醐味かな? とりあえず楽しんで行こうか!
「よし! 到着した!」
「おぇ……酔った……」
「ああ……カラオケで文字を読み過ぎた……」
途中サービスエリアやパーキングエリアなど休憩をはさみながら移動を続け、学園を出てから三時間ほどが経過した頃、ついに目的地へと到着した。
ここは都会から離れた森の中にある柏習高校専属の旅館兼練習場だ。辺りは森に囲まれており、街からも遠いため人もいない。なので夜遅くまで吹き散らしたり、CCBで騒いでいても文句も言われない場所だ。来るときにちらっと見えたが、近くに湖もある自然との調和を感じられる旅館だ。
外はすっかり日が昇っており、大分明るくなっていた。だがこの初めて見る景色とか初めてくる場所っていうのは旅っぽくて好きだ。そして荒表と笑奏ははしゃぎ過ぎていた為完全に乗り物酔いでダウンしていた。
「だらしねぇ……。まだ合宿は始まってすらいねぇってのに……」
「もっと三半規管を鍛えなさいよ」
「三半規管ってどこだ……へそのあたりか?」
「バカ……首の付け根のところや……」
「2人ともしっかりしてよ……脇の下だよ」
「おい三馬鹿共。全員間違ってるぞ」
そんな会話をしながらバスから荷物と楽器を下ろし、キャスターで引っ張りながら旅館へと向かう。すると旅館の入り口では歳をとった男性と若い生徒が2人で立っていた。誰だ?
「初めまして皆さん。私はこの柏習高校CCB学科の主顧問をしている中旭桜尚と言います。この度は皆さんにご迷惑をおかけしましたことをお詫び申し上げます」
頭を深々と下げて謝罪を述べてきたこの人はどうやら柏習高校の主顧問をしている方のようだ。白髪に少しこけた頬。だがその顔はまるで仏様のような人徳にあふれている方で、なんとも徳が高そうな人だ。流石全国常連校の主顧問ともなるとオーラが違う。
「初めまして。自分はこの奏楽学園CCB学科学科長の虎獣政道というものです。この度はこのような機会を設けてくださり誠にありがとうございます」
こちらも虎獣が頭を下げて感謝の言葉を述べるのだが、仏のような主顧問にくらべてこっちは金剛力士像のような学科長だ。別の意味でオーラが違うなぁ……
「さて、こちらは部長の佐藤亮です」
「初めまして。3年の部長の佐藤と申します。この合宿では色々な事を勉強させていただきます。お互い頑張りましょう」
頭を下げて抱負を述べる佐藤先輩。僕らの方は何か言わなくていいのかな? というか、うちの学科の代表的な人って誰だろう? そんな事を考え始めた矢先、笛木先輩と黒木先輩が一歩前に出る。
笛木先輩は物静かな雰囲気をしており、さらさらと艶のある長髪に黒縁眼鏡を掛けている人で、元クラシック学科のフルートを専攻している。
黒木先輩はその名字でわかる通り、歩那のお姉さんだ。顔は歩那に似ているが、黒木先輩の方が目つきが鋭く、大人っぽい雰囲気を出している。ちなみに専攻はクラリネットだ。
そしてこの2人は僕らCCB学科のエース的な存在で、音楽知識・技術力・演奏力と全てが全国トップクラスの人達だ。そう考えるとこうして代表としてあいさつするのは適任の2人かもしれない。
「私は笛木美完……この度は色々な事を勉強させてもらいます……」
「私の名前は黒木刹那と言います。この合宿を通して様々な事を吸収させてもらいます。よろしくお願いいたします」
2人に合わせ僕ら一同も頭を下げた。すると中旭さんが手を叩き注目させる。
「さて! お互いあいさつも済んだところで早速合宿を始めましょうか!」
「「「はい!」」」
「各自荷物を置いて動きやすい服に着替えてここに集合してください! 時間は30分後!」
「「「はい!」」」
「準備体操をしっかりとしてくださいね! じゃないとケガしちゃいますから! ああ楽器はいりませんからね!」
「「「はい! …………へ?」」」
「頑張ってください! 我々の合宿はきついですよ!」
不穏なセリフと笑みを残して中旭さんは旅館内へと入っていった。一体どんな練習をするのだろうか……?