第2楽章 プロローグ~新たな音楽の幕開け~
「お久しぶりですね山岡さん」
「そちらこそお元気そうで何よりです」
「まずは謝罪させてもらいます。この度は私のところの顧問が反則行為および暴言をそちらの生徒さんに投げかけてしまい申し訳ありませんでした」
「いえいえ。こちらこそ似たような事をしていたらしいのでお気になさらず」
「いいえ。こちらは教育者、指導者がそのような事をしてしまったのでそちらには非はありません。その顧問の方は学校から去ってもらいましたが、それではそちらの学校に何も返せていない。ですので何かさせてください」
「そうですか? う~ん……でしたら、そちらの一軍と練習会をしたいですね。できれば数日泊まり込みで!」
「一軍と合宿……ですか? そのような事で良ければいくらでもいいですが、大丈夫ですか?」
「と、言いますと?」
「うちの一軍と同じ練習をして……というのは野暮でしょうね。実際うちの2軍がやられたんですから」
「はっはっは! ありがとうございます!」
「いや。こちらもいい刺激になるでしょう。それではこちらの準備ができ次第また連絡させていただきます」
「はい。それではよろしくお願いいたします」
激動の入学式から3日後の朝が来た。あの日から今日までの3日間は自宅待機期間だったため、登校できなかった。というのも僕……というよりCCB学科全員があの日入学式にもかかわらず、会場で盛大にCCB戦を繰り広げたおかげで式が滅茶苦茶になったからという理由で、僕らCCB学科の生徒は全員自宅待機という罰を受けたのだ。
勿論僕はそんな事を言い出した山岡学園長に文句を言ったさ。僕だけじゃなくて学友である元ジャズ学科の中策荒表と元ポップス学科の豊音笑奏も加わって、学園長にブラティーノで挑んだ。だが結果は瞬殺。首をちょん切られた。
「うぅ……なんだか首に違和感が……」
《ボクも……》
僕と僕の楽器であるファイアバードはCCB戦では『ブラティーノ』と呼ばれる人形をを介して文字通り一心同体となっているから同じ痛みを共有している。だからこそあの時の恐怖を互いに知っている。
「絶対に見返してやろうねファイアバード!」
《うん! がんばろうね!》
僕とファイアバードは互いを鼓舞し合って士気を上げる。卒業までに絶対に学園長を見返して一矢報いてやる! こう強く決心したこの日……
「おい無技! ボーっとすんな! 遅刻するぞ!」
「う、うん! わかってる!」
盛大に遅刻していた。
「急げ無技! マングースのように素早くな!」
前方でアニメステッカーが沢山貼られたソフトケースを揺らしながら走っている豊音笑奏がよくわからない比喩を用いて僕を気遣ってくれる。
スポーツ刈りに音楽家らしかなる引き締まった体格。彼は元ポップス学科のユーフォニアム専攻でアニソンをこよなく愛する奴で、CCB学科の……いや、僕ら奏楽学園1の技術力を有する生徒だ。
なんでも去年はポップスのソロコンクールで1位になれるはずだったのだが、同志たちで結成されたチーム「ワラワラ」でアンアンブルコンテストに参加して予選落ち。自分達の音楽とアニソンの良さを広めるためにこのCCB学科に移ってきたのだ。
「やばいでぇ! よりによって面子はCCB学科の問題児男2人! 担任は虎獣! もうワイらの人生終わったんちゃう!?」
その後ろ、つまり僕と笑奏の間に入って走っている関西弁の女の子で深紅のケースを揺らしながら中策荒表が僕らに暴言を吐き散らす。
肩までかかるショートヘアに京美人のような整った顔立ち。だけど性格は大阪人と言った女の子で、彼女は元ジャズ学科のアルトサックス専攻でアドリブをこよなく愛する子だ。
彼女は去年この学園に転校してきたのだが、その理由は元いた学校で音楽性の違い(と本人は言っている)でこの学園に転校してきた。
「って今はそんな事を考えている場合じゃない! 全力で走らないと!」
現在の時間は8時20分。登校時間は8時30分で、今いる場所から学園まで1キロぐらい離れている。楽器も持っているし、ボーっとしてたら間に合わない! 久々の登校日だから油断してしまった!
そして先程荒表が言った虎獣とは僕達CCB学科学科長の虎獣政道先生のことだ。
熊のような肉体に鬼のようなオーラを放つ先生で、体格は身長188cm体重80キロの筋骨隆々な肉体に顔には髭が蓄えられている。だから楽器を持っていても音楽家には見えず『楽器を武器にしている悪役レスラー』にしか見えない。
ちなみに虎獣先生は僕のレッスン担当をしている先生で、高校時代はCCB学科の全国大会MVPに選ばれた実力の持ち主だ。
「ひい! ひい! いつもは重く感じないファイアバードがこんなにも重く感じるなんて……!」
「お前はトランペットだから良いだろ! おれはユーフォだぞ! お前の倍は負荷が掛かっているぜ!」
「ホンマや! か弱い乙女にはキツイわ!」
「え? 乙女? どこにいるの?」
「目の前におるやろうが!」
「痛ぁ! ちょっと荒表! アルトのケースで頭を叩かないで!」
こういうところがか弱い乙女ではない気がするんだけど……?
「ってまずい! 8時30分になっちゃったよ!? もう僕らは死ぬんだぁ!」
「まだまだやりたいことが沢山あったのにぃ! こんな馬鹿みたいなやり取りが最後なんて嫌やぁ!」
「落ち着け! 無技! 荒表!」
「笑奏!? なんでそんなに余裕なのさ!? はっ! まさかこの状況を打破できる良いアイデアがあるの!?」
「ああ! その通りだ!」
「なんやて!? そりゃ本当なん!? どんな作戦や!?」
「我ながらいい作戦だ! 良いか2人とも、おれの言うことをよく聴くんだ!」
「「おお!!」」
「青木」「はい」 「飯田」「はい」 「伊藤」「はい」 「江川」「はい」
場所が変わって奏楽学園CCB学科の教室前廊下。教室の前では虎獣先生が出席を取っている。去年から1年間一緒にいたにも関わらずやっぱり怖い。
「橋本」「はい」 「笛木」「はい……」 「棒導」「はい」 「森川」「はい」
「……もうすぐ出席を取り終える……。2人とも……もう一度作戦を復習するぞ……」
「「……了解……」」
「……まずワイがサックスで避難警告音を吹く……。音なんやったっけ……?」
「……F♯→H→F♯→H……。……電子音っぽい無機質な感じでね……」
「……よし……。んでおれがグリッサンドで二オクターヴ上がる……」
「……それで僕が『火事です。火事です』と言う……」
「……よし…………そしてザワザワしている時に教室に忍び込み、出席簿に名前を書く……。……完璧だ……。……しくじるなよ二人とも……!」
「「……了解……!!」」
虎獣先生が出席を取り終えたと同時に作戦開始だ!
「薬座」「はい」 「若本」「はい」 「火鳥、中策、豊音。くだらん作戦を実行しようとするくらいなら楽器をしまってさっさと教室に入れ」
「「「…………はい…………」」」
僕らの作戦は……虎獣先生の地獄耳の前に敗れ去った……。
「ま、楽器を使い音を奏でて解決しようとした事に免じて遅刻にはしないでおいてやろう」
「「「やったぁああああ!!!」」」
「ただし放課後に職員室の俺の所へ来い」
「「「くぁwせdrftgyふじこlp」」」
「ほら速く座れ!」
僕らは虎獣先生に急かされ空いている席へと向かった。どこか空いている席は……
「無技君! こちらが空いていますよ!」
「へっ? あ! 弱優さん!」
空いている席は無いかと教室を見渡していると不意に声を掛けられた。間抜けな返事をしてしまったが、それもそのはず。声の主が弱優さんだったからだ。
ふわふわした長髪に天使のような笑顔。去年一年同じクラシック学科にいた時からさらに可愛くなったんじゃないかな? それは顔だけじゃなくて女性としての魅力であるその豊満な胸の成長にもみられる。彼女の名前は角貝弱優さん。ホルン専攻でCCB学科に来る前は僕と同じクラシック学科だった。そして僕は彼女に惚れている! そんな彼女が僕を手招きしているんだよ!? 僕の為に席をキープしていてくれたんだよ!? これはもう脈ありと解釈していいんじゃないかな!? ここはかっこよく決めるべきだ!
僕は弱優さんの横に移動した後、楽器ケースを床に置いた。そしてゆっくりと席に座ったと同時に自分に出来る精一杯の決め顔を作り、弱優さんに語り掛けた。
「ありぎゃとう」
「っ!!」
何という赤っ恥! 弱優さんは……ああ!? 顔を真っ赤にして俯いて笑いをこらえている!? この噛む癖は絶対に卒業までに……いや! 近日中に治してやる!
「おい火鳥! 角貝ではなく俺を見ろ! HRを始めるぞ!」
「せ、先生! そんな大声で言わないでください!」
僕は周りの刺さるような視線を感じつつ、とりあえず虎獣先生の話を聞き始める。
「さて皆の者。久しぶりだな。停学明けで遅刻してくるアホもいたが元気そうで何よりだ」
名指しはされなかったけど僕と荒表と笑奏は一斉に顔を背ける。
「諸君らがいない間に新入生が入ってきたぞ。新一年生の者は立ってくれ」
「「「はい!」」」
その言葉に教室のいたるところで新入生と思わしき生徒が立ちあがる。少し不安そうな生徒や精一杯背筋を伸ばしている生徒など、ざっと見て20人はいるかな? みんな初々しくて新鮮だなぁ……。その後新入生を一旦座らせ、再び話始めた。
「俺の自己紹介はすでに済んだからもういいだろう。他の連中の説明は……」
そこで一旦言葉を区切った虎獣先生。教室全体を見渡しながら何かを考えているようだが、一体なんだ?
「2年生以上で『自分は問題児だ』と思ってるやつは立て」
ん? 自分は問題児だと思ってるやつは立て? なんだ? なぜこのタイミングでその話を出したんだろうか? まぁ真意は置いておいて、僕は問題児なんかじゃないから立つ必要なんかない。というよりほ全員座ってるじゃないか。と、そんな中、おずおずと立ち上がった生徒が1人……弱優さんじゃないか。
彼女は容姿端麗、頭脳明晰、技術力も高いし人当りもいい。全然問題児なんかじゃないのに……きっと彼女の事だから「本番に弱い」だとか「自分は駄目だ」的な考えからなのだろう。
「今立った角貝弱優以外は全員問題児なので覚えておくと良い」
「「「騙しやがったな!!」」」
虎獣先生の策略にまんまとハマり、弱優さん以外の生徒達は涙を流した。あの先生には血も涙もないのか!?
「それはさておいてHRを続ける。大坪先生。皆に例の物を配ってください」
「はい! 承知いたしました!」
そんな僕らに目もくれず虎獣先生が大坪先生に指示を出す。
大坪先生は元吹奏楽学科の学科長で今年度からCCB学科に移転し、副学科長となった人だ。歳も若くまだ20台らしく、女子大生と言っても違和感がない童顔で可愛らしい顔立ちをしている。
そして大坪先生が配布したものが僕ら全員の手元に来たところで再び虎獣先生が話し始めた。
「さて急な話だが今週末に3泊4日で強化合宿を行う!」
「え!? 4日間もですか!?」
「その通りだ火鳥」
その発言に教室のいたるところで話声が聞こえ始めた。だってまだCCB学科が出来て、新入生が入ってきて1週間も経ってないんだよ!? それなのにもう強化合宿なんて急すぎない!? しかもこの配布物に書かれてるのって……
「柏習高校と合同……?」
柏習高校といえばつい先日僕らが戦った学校じゃないか! 一体どうして……?
「うむ。その疑問ももっともだ。理由を説明しよう。あのCCB戦の次の日、柏習高校のCCB主顧問がこの学園に謝罪に来たんだ」
「え? 謝罪……ですか?」
「ああ。あの二軍顧問が我々の情報を不正入手していたり、お前らの事を悪く言っていたりとか、いろんな事を謝りに来たんだ。全く……生徒をなんだと思っているんだか」
僕の記憶が正しければ虎獣先生はあの人の事を豚呼ばわりしていたし、僕ら生徒に鉄拳や地獄のレッスンを行っていたりしているから人の事言えないんじゃないかな……?
「そこであちらの主顧問は詫びのしるしに何かできないかと言って来たんだ。そこで山岡学園長が一緒に強化合宿をしたいと言ってこうなったというわけだ」
なるほど……それはありがたいことかもしれない。僕らは実戦経験が圧倒的に足りていない。こればっかりは日々の授業やレッスンでは補えないものだからね。本番度胸と一緒だ。
この合同合宿を通して強豪と言われて、本番機会も多い柏習高校からいろんな事を学べるだろう。いや、何か奪えるものは奪っておきたい。
「諸君! 相手から奪えるものは全て奪え! 当然向こうもこっちから奪えるものは容赦なく奪ってくるぞ! あまり手の内を見せずにいろよ! 今後戦う時に不利になってしまうからな! もう戦いは始まっているんだ!」
成程……確かに向こうも向こうでこっちの事を色々参考にしてくるはず。大した功績は無いにしてもCCB学科の生徒は元学科1位などもいるから、技術力や統率力などそう言うところを盗んできそうだ。
「それでは明後日荷物を持って学園に集合だ! 奪えるものは奪え! 逆にこっちからは何も奪わせるな!」
まるで山賊のような言葉を口にする虎獣先生。その見た目で言うもんだから尚の事シャレにならない。
だがその言い分も一理ある! よし! この合宿頑張るぞ!
「では早速明後日の合宿に備えて今から授業を開始する。昼休みまで俺とCCB戦だ!」
「「「ひぎぃいいいいいいい!!!」」」
前言撤回。今から頑張らないといけなさそうだ……