第六話
「今日はライムの新しい服を買いに行きましょう!」
と唐突にママが言い出したのは今から一時間ほど前。
完全に女の子になってしまったボクだけど、今まで女の子として生活したことが無かったから女の子としての服は何一つ持っていなくて。
相部屋のタケル君なんて、ボクが女の子になっちゃったことを伝えたら完全に開いた口が塞がらなくなっちゃって、逆にボクの方が心配になるくらいだったんだ。
「過ぎたことはどう足搔いたって変わらないでしょ? ならば『今をどうするか?』考えて対処するのが一番大事なことよ?」
ってママが言ってたけど、それが正しいかそうでないかは別にしても、今出来る最善の方法じゃないかな? とは思ってみたりもする。
ただ、「女の子の服を買う」ということは「女の子として外出する」ってことでもあるわけで、そこに立ちはだかる第一の関門が「持っていない女の子の服をどう工面するか」ってことでもあるんだよね。
ただママに言わせると、「女の子の服は実際に採寸してみないと身体に合った服が分からない」んだって。
つまり「買い物に行くためには女の子の服を着なきゃだけど、着るための服はお店で採寸しないと手に入らない」っていう、まさに鶏と卵の状態だったりするんだよね。
「どうしよう、これじゃ着ていける服なんてないよ・・・」
半泣きの状態でボクはママに問いかける。
ママのお下がりをって方法も考えてはみたけど、そもそもママのスタイルはすれ違う男性が必ず一度は振り返るくらいの「お色気ムンムン」な大人スタイルなのに対して、ボクのそれは「年相応の発展途上」なスタイルなわけだからそのまま着れるものなんてほとんど無いんじゃないかな?
ちなみにボクが今着ているのはぶかぶかの割には胸が妙にきつくなったTシャツと、ウエストはガバガバなのにお尻がきつくて前ボタンもまともに止められないGパンといったもの、胸の先端はクッキリ目立ってる上に股間の前ががら空きなんて、恥ずかしくてとても人前に出られないよ!
「タケル君、恥ずかしいから見ちゃヤダよぉ・・・」
必死に胸と前を隠しながらもぞもぞするしかないボクに対し、タケル君も必死に上の空の振りはしてくれてるんだけど・・・
見えてるよ? 時折チラッチラッとボクの胸に視線が移動してるのは。
「み、みみ見てないでござるっ!」なんていくら必死に言い訳しても、しっかりバレてるんだから少しくらい素直になって・・・素直? それはそれで嫌だよぉ!
「仕方ないわねぇ、ママの若い頃の服を探してみようかしら?」
そう言ってママが何とか探し出してくれたのが、ややぶかぶかのブラとショーツに胸部分だけが大きく解放されたベスト、白いプリーツの超ミニスカート、といったもの。
「ブラウスがあれば悪くないコーデだけど、私のブラウスはさすがに大きいからあなたが着こなすのは無理ね。進学用に買っておいたカッターシャツなら少し大きめだったからそれなりに着こなせるんじゃない?」
ということで、ボクは仕方なくその組み合わせでお出かけ用の服を揃えることにしたんだ。
まぁ確かに少し大きめに誂えたカッターシャツはまぁまぁ悪くないフィット感だけど、ウエスト周りはぶかぶかだからやはりそのままだと不自然だね。
確かにベストでウエスト周りを絞ればその不自然さはカバーできるけど、今度は「ボクの胸、スゴイでしょ♪」とでも言っているように胸のふくらみが強調されるから恥ずかしくって仕方ないんだ。ママのブラはフィット感はイマイチなんだけど、着けてないと絶対胸の先端がくっきり透けちゃうのは火を見るより明らかだし。
「・・・え? ママ、このスカート短すぎない?」
ママから手渡されたスカート、ウエストが大きめなのは最初から想像してたけど、何よりびっくりしたのはその丈の短さ!
だいたいスカートの長さは「膝上」で計算することが多いらしいけど、ママのスカートはむしろ「股下」で計算した方が圧倒的に早そうなくらい短いから、風が吹いたり下手にしゃがんだりしたら絶対お尻が見えちゃうよっ!
「女の子はね、これ位の丈のスカートの方が魅力的に見えるからいいのよ♪」
「だって、これじゃオマタがスースーするよ!」
「それに耐えるのが真の女の子なの! 寒かったらママのサイハイも貸してあげるから我慢なさい!」
女の子するのがこんなに大変なんだって、ボク今まで一度も考えたことなかったよ! かわいい服を着れるのは嫌じゃないけど、こんな辛い思いするんならもう男の子に戻りたいよぉ・・・
「ほら、泣いてばかりいないで髪の毛も梳かしちゃいなさい、まだ外は寒いはずだから、ママのボレロも貸してあげるから!」
ボク以上に短いスカートを平然と着こなし、ママはせっつくようにボクに着替えを促してくる。
貸してくれたサイハイは大きめでとても穿けそうになかったから、今回は素足のままお出かけしなきゃなんだね。
「あらー、思ったより似合ってるじゃない! かわいいわよ、ライム♪」
「そんなこと言われると、なんか恥ずかしいよ・・・」
「タケル君も羽織袴で学校に行くのはかわいそうだから、一緒に制服も仕立てちゃいましょ♪ お父様からは入学準備込みでお世話を頼まれてるから、その辺は心配しなくても大丈夫よ!」
「拙者は羽織袴の方が落ち着くでござるが・・・」
「だーめ、学校のルールはちゃんと守らないと、入学許可取り消されちゃうわよ?」
「そ、それは・・・ちょっと困るでござる・・・」
というわけで、ママはイマイチ乗り気でないボクとタケル君の二人を引っ張って街中に繰り出していったんだ。
・・・・・・
「み、見えてないよ・・・ね・・・?」
すれ違う男の人たちの視線がすごく気になって、ボクは何度もスカートの裾を確かめる羽目に。
ちらりとママを見るとごくたまにだけど真っ赤な下着がスカートの下からハッキリ覗いていて、明らかにそれを目で追いかけてる男の人がちらほらいるのが見て取れるんだ。
「ママ、大胆過ぎるよ・・・」
「いいじゃない減るもんじゃなし、むしろ男性の視線を釘付けに出来るのも女としての立派な武器でしょ?」
「・・・でも、やっぱ恥ずかしいよ・・・」
「・・・拙者の居場所がないでござる・・・」
颯爽と通りを歩くママの姿はお色気大解放! って感じでボクもタケル君もドン引きしちゃってたりする。
なんか変な下心のある男の人がついてこないか不安になっちゃうよ。
だから先頭を堂々と歩くママの後ろを少し間をおいてボクとタケル君が歩いてるんだけど、なんかすごい見られてる気がするな。
もちろんタケル君の羽織袴がちょっと浮いているのは確かなんだけど、それでもママのひらひらと風に揺れる短いスカートよりはまだ安心して見ていられるよ。
ほどなく着いたデパートのブティックコーナー、まずはボクのサイズ採寸しなきゃって下着コーナーに寄ったんだけど、タケル君がものすごく居心地悪そうだから近くの待合ベンチで待ってもらうことに。
「すいません、この子のサイズ測ってもらえます?」
ママがメジャーを首に巻いた女性店員さんを呼び止めてボクを測ってもらうように頼んでる。
うう、ママ以外にボクの裸見せるの、なんか恥ずかしいよ・・・
「ではこちらに来てくださいねー」
フィッティングルームに連れ込まれたボク、カーテンを閉めながら一緒に入ってきた店員さんに促されて恐る恐るベストとカッターを脱ぐと少しぶかぶかのママのブラがずれて、ボクのちっちゃな胸の先っぽがちらりと覗いてて。
「はうっ!」
ボクは恥ずかしさのあまり慌ててそれを隠そうとしたけど、よくよく考えたら見せなきゃ測れないんだよね。
勇気を出してブラも外し、店員さんの指示に従いながら胸のサイズを測ってもらう。
「つめたっ!」
「ちょっと我慢してくださいねー」
柔らかい樹脂製のメジャーが肌に触れ、その冷たさに思わず悲鳴を上げるボク。でもやんわり諭しながら淡々とボクのサイズを測っていく店員さんはやっぱりプロだなー。
「身長150cm、胸のサイズは65のB、ウエストは54、ヒップは79ですね。服は5号、ショーツはMサイズが合いそうですね」
「あ、ありがとうございます」
制服用に肩幅なんかも測ってもらい、服の着直しを促されたボクは慣れない手つきで服を着直すと店員さんと一緒にフィッティングルームを出る。
制服の方は明日仕上がりますということなので、下着や普段着の方を買わなきゃだね。
「これならライムに似合いそうね♪」
「え、なんか透け透けのレースだし、色も派手でいやらしくない?」
サイズの方は確かに合うんだろうけど、色と透け具合は明らかにママみたいな大人向け、どう見たってこれから高校に上がるボクが着るのは違うんじゃないかなー。
ボク自身女の子初心者なわけだし、最初は大人しいデザインの方がいいと思うよ。
「こういうのどうかな?」
清楚でかわいらしい、白とピンクのシマシマ柄の下着を見つけ、ボクはママに提案する。
微妙に複雑そうな表情はしたものの、サイズを確認した上でママは素直にボクの示した上下セットの下着を買い物かごへ。
まだ寒い時期だから、サイハイとかパーカーとかも買って、と・・・うわっ!
「お買い物、なんかすごい量になっちゃってるよ?」
「女の子のお着換え買うんだから、これでもまだ少ない方じゃない?」
既に買い物かご3杯に達しているボク用の服の量を見てもママは全然驚いた風もなく、むしろまだまだ買い足しそうな雰囲気。
もしかして、女の子のお買い物ってこれが普通だったり・・・しないよね?
「下着はこれくらいあればひとまず大丈夫そうね」
と言いながら次にママが向かったのは・・・え? これ下着と変わんなくない? というくらい布面積の少ないレディスファッションコーナー。
ママの服買うんだよね? と一抹の不安を感じながらママの選ぶ服のサイズをチェックしてると・・・5号? それボクのサイズじゃ!?
「ママ、それボクの服じぉあ・・・ないよね?」
「ライムの服に決まってるじゃない♪ こういうかわいい服、ずっと前から自分の娘に着せたかったのよ~♪」
にまぁっ、とした笑みでボクを見つめながらもママは派手でえっちな服ばかり選んでかごにポイポイっ。
既にボクの抱えられる限界数を超えたかごは買い物袋に入れ替わり、居心地悪そうに待合ベンチで待つタケル君の両側に山のように積み重なってたりして。
「タケル君ごめんね、ボクこれ以上荷物持てないから、この荷物見張っててね」
「まだ服を買うのでござるか?」
「ママは買う気満々みたいだよ?」
「女子は大変でござるな・・・」
タケル君が二人、いや三人いても持てそうもない両脇の荷物の山を見比べながら、もはやため息しかつけないタケル君。
ため息をつきたいのはボクも同じだからと相槌を打ちたいところなんだけど、これ、全部ボクの着替えなんだよね・・・
最後にタケル君の普段着も買うには買ったけど、丸一日ママのお買い物に振り回されてボクもタケル君ももうへとへと。
あ、ボクの服はさすがに全部持ち帰るの無理だから、お店の人に頼んで宅配にしてもらったんだ。
この様子だとママ、明日からボクの着せ替えで当分ご機嫌な日々を送りそうな予感が・・・