第三話
「タケル君、ここが今日から君の暮らす部屋だよ」
拙者はライム殿に連れられ、新しい住まいとなりし寮の部屋へと案内された。
鍛錬と称して粗末な納屋で寝食を重ねてきた俺にとって、新たな住まいとなる寮部屋はまさに御殿のような絢爛さ、拙者はこんな豪邸に住まわせてもらって本当に良いのでござろうか。
「これはお見事な豪邸でござるな」
つい本心から口にした拙者の一言に、ライム殿はその見目麗しき目をしばししばたたかせ、何のことやらわからないといった仕草を見せる。俗にいう「かるちゃあしょつく」というのがまさにそれなのだろうと今さらながらに俺は痛感しておった。
しかし、さっきは確かにライム殿の勲章を見たのだが、拙者には未だに彼が「彼」であることが信じられないでおる。艶やかで常人離れした長い緑髪や、先ほど会った母親譲りの愛らしい顔立ちのせいもあるのであろうが、やはり拙者の心の鍛錬が足りないのが一番の原因なのでござろう。
せっかく幼少期より「人々に災厄をもたらす魔族を打ち滅ぼす」ための剣の鍛錬を続けてきたのに、何という不甲斐なさ。これでは拙者の行く末を案じながら亡くなった母君にも申し訳が立たず、無念この上なし。
「それにしてもタケル君って、なんか変な喋り方するんだね。まるで昔のお侍さんみたい」
「そ、そうでござるか?」
母君の戒めをすっかり忘れ、四角四面の対応をしていたせいですっかり忘れており申した。
ここは魔族討伐衆の里などではなく、文明社会だということに。
なかなか慣れぬとは思うが、これからは今様の言葉遣いを心掛けねばならぬ。
「田舎暮らしがあまりにも長かったゆえ、最近の話し方というのはちょっと苦手なのじゃ、すまぬ」
「謝らなくていいよ、ちょっとおもしろいと思っただけだもん。普通の言葉使いなんてすぐ慣れるだろうからそんな深刻に考えなくてもいいんじゃないかな?」
「ならばよいでござるな・・・」
「また変な言葉使いになってる、変なの!」
悪意を全く感じられない笑顔でコロコロと笑うライム殿に気圧され、拙者も思わず貰い笑い。少なくともこのライム殿は悪い人間ではないようで少し安心したでござるよ。
しかし、父君より「魔王復活の兆しがある故警戒を怠るべからず」との戒めは受けたものの、その肝心の魔王とはどこにおるのでござろうか。
さぞやとてつもない凶悪な人相を持つ、悪逆非道な大男であろうとは思うでござるが。
それは分かってはおるのでござるが、今の拙者には全くもって自信がないでござる。
「ねえねえタケル君、タケル君は二段ベッドの上と下、どっちがいい?」
「二段ベッド、とは何でござるか?」
「うーん、寝床、っていったら分かるかな? ほらこれ、一人ずつ上と下の段に分かれて寝れるようにしたベッドのことだよ?」
「なるほど、皆が並んで雑魚寝ではないのでござるなぁ」
二段ベッドと申す文明の利器をまじまじと見つめつつ、拙者は上の段にだけ敷かれている布団を認め
「ライム殿は上の段で寝ておられるでござるか? ならば拙者は下の段でよいでござるよ」
と答えると、少しだけ不安そうだったライム殿の顔から笑みがこぼれる。
やはりいつも寝ている上の段に愛着があったのでござるなぁ。
「ありがとータケル君! それと、勉強机はこっちのを使ってね。あっちのはもうボクが使ってるから、タケル君はこっちでいいよね?」
「承知仕った」
などと部屋割りの方はライム殿のお陰で順調に進み、解決すべき問題は既に済ませたと思われたのでござるが・・・
「でも、タケル君の髪型、やっば変だよ!」
などとライム殿は唐突に言い始め、拙者の了承を待たぬままにいきなり拙者の髷を解き始めたでござる。
すぐ横に立つライム殿からは清潔感のある甘やかな香り、それだけでも拙者の一部は敏感な反応を始めてしまい・・・
「ま、待つでござるっ! 拙者、心の準備が追い付かぬでござるっ!」
拙者は必死にその反応を手で隠しつつ抗議を入れるが、ライム殿はあっという間に拙者の髷を解いてしまったでござる。
「・・・え? かっこいい・・・!!」
羞恥のあまり反応したモノを隠すことしかできないでいる拙者の姿をまじまじと見つめ、呆然とした眼差しのまま呟くライム殿。
このような無様ないで立ちの拙者のどこが「かっこいい」のかまるで分からず、拙者はますます混乱するばかりでござる。
「タケル君はやっぱ髪下ろした方がカッコイイよ! ボクが保証するよ!」
「されど、この髪型はどうも落ち着かぬでござる・・・」
「あとは流行の服に着替えるだけでめっちゃイケてると思うよ! ボク、タケル君のこと好きになりそう♪」
「え? 何のことで・・・おぷっ!」
畳み掛けるライム殿の提案が半分も理解できない拙者が身動きすら出来ないでいると、拙者の唇にライム殿がいきなり、しかし優しく唇を重ねてきたのでござる。
「を、ををををををををををっっっっ!!?」
「あはっ、真っ赤になってるタケル君、かわいい♪」
拙者の驚きようを見てころころと笑うライム殿、あの柔らかな唇を改めて思い出すと、拙者の頭はもはや完全に沸騰状態になってしまったでござる。
「・・・ライム殿は女の子・・・ライム殿は女の子・・・」
もはや願望か妄想かも定かでないうわごとが拙者の口から延々漏れていたことを後になってライム殿から聞き、拙者は本気で男であるはずのライム殿に恋してしまったのかも知れないと、強い羞恥と共に一抹の不安を感じてしまったでござるよ。