第二話
「朝食の洗い片付け、やっと終わったわねぇ。ナミさん、お手伝いありがと♪」
「いえ、寮母さんに美味しい料理作っていただいたお礼です。どうかお気になさらず」
寮生の食事準備って、いつも大変。
みんな若いから食欲もとっても旺盛だし、ちょっとでも手抜きをすればみんなすぐ顔に出るしで結構気を使っちゃうのよね。
でも最近はみんな「美味しい!」って残さず食べてくれるからその分一品一品のの作りごたえもあるわ。
ただ、「お代わりないですか?」って来られるとちょっと困っちゃうけどね。
にしても新しく入ってきた寮生の中でも志波ナミさんって、本当に礼儀正しいいい子だわねぇ。
食器片づけのお手伝いも進んでしてくれたし、ホント助かっちゃう!
そのうち何かお礼してあげれるといいのだけど・・・
「・・・寮母さん、私の顔に何かついてます?」
「あ、そんなことないない! 手伝ってくれてありがたいわーって感謝してるだけよ♪」
「いくら煽てても私には何も出来ませんよ? 出来てもこういうちょっとしたお手伝いくらいしかありませんから」
「それがいいんじゃない! ナミさんはもっと自分に自信を持っていいと思うわよ?」
ナミさんのお手伝いもあって、あれだけあった食器類もきれいに片付き、厨房もすっかりピカピカに。
手入れの行き届いた厨房って、やっぱり気持ちいいわね。
「それじゃ、私はこれで失礼しますね」
「こちらこそ手伝ってくれてありがとうね♪」
ぺこりと一礼して厨房を去っていくナミさんを見送りつつ、私はほっと一息。
そう言えば今日だったわね、新しい寮生の来るのは。
流石にお出迎えでエプロン掛けのままというのもちょっと変だし、ちょっと着替えて、と・・・
さて、今回はどんな子が来るのかしら? 相部屋になるライムと仲良くやってくれるといいけど・・・
ドンドン!
「頼もう!」
「あ、はーい!」
え? 思わず返事はしたけど、うちの寮、インターホンついてるし、今時「頼もう!」なんて声かけしてくる子って、いるものかしら?
しばし考えつつも、私はひとまず寮の正面玄関に向かってみる。
ドアのすりガラス越しには確かに男の子と思しき人影、インターホン付属のカメラ越しに映っているのは・・・
「え? 紋付き袴??」
そう、玄関前に立っていたのは黒い紋付き袴姿をした、まるで時代劇にでも出てきそうな鮮やかな赤毛の男の子。
しかも念の入ったことに、少し長めのその髪の毛は髷っていうのかしら? まるで元服前の男の子のようにキレイに結い上げられていたりして・・・
(うん、これは気のせい! 玄関を開けたらきっと普通の男の子が立っているはず・・・)
まずは気を落ち着かせつつそっと玄関のドアを開ける。
そこにはインターホンのカメラ越しに見た紋付き袴の男の子がそのままの姿で立っていて・・・
「拙者、本日よりこちらでお世話になることに相成り申した、武刃タケルと申すものにござる。なにとぞよろしゅうお願いいたしまする」
「は、はぁ、こちらこそどうぞよろしく・・・」
あまりに予想の斜め上を行く初対面あいさつに面食らいつつも、私は「タケル」と名乗った男の子をひとまず寮の中へと引き入れる。
けどどう見てもこの子、完全に着物を着慣れた様子なのよね、ちょっとイタズラ半分のコスプレを疑ってもみたけど、ほとんど着崩しらしい着崩しもない、着付けの見本といってもいいような身なりには逆に神々しささえ感じるわ。
「初めまして、私、ここの管理人権寮母をしている霧音レモネといいます。これからよろしくお願いしますね」
「ご丁寧に名乗り戴き、恐悦至極にござりまする」
と深々と一礼したタケルという少年は改めて顔を上げて・・・
「お、おろ・・・!?」
私の姿を見た途端、顔を真っ赤にして目をきょろきょろさせ始めちゃった。
「・・・タケル君、どうかしたの?」
「そ、その・・・拙者、目のやり場に困っているでござる・・・」
さっきまでの折り目正しい対応は何だったのかしら? と首を傾げるくらいに狼狽しているタケル君。
確かに私の服装はちょっと露出度多めではあるけど、こんな格好って今じゃ若い子はみんな、普通にしてるわよ?
そりゃあまぁ、今までにもどぎまぎしてた子はいたにはいたけど、ここまで大袈裟な反応を示す子は初めての経験ねぇ。
「もしかしてタケル君って、今まで女の人に会ったこと・・・ないのかしら?」
「は、母君には、早くにお別れして以来、おなごどころか、人とすら今日まで会ったことが、ななないで・・・ござる・・・」
あらまぁ、それじゃ仕方ないかもねぇ、ここに来るのも色々大変だったと思うわ。
「それは長旅お疲れ様、そうそう、あなたの入寮が急遽決まった関係で、どうしても個室が用意できなかったのよ。うちの子と相部屋で我慢してもらわなきゃなんだけど、大丈夫?」
「せ、拙者はそれでお構いなくでござる。新参者ゆえ贅沢は言えないでござる」
かっちんこっちんに固まったままぎこちなく返事をするタケル君。そんな彼の姿を見てると、ちょっと虐めたくなっちゃう♪
・・・と、ここは我慢、と・・・
「ライム、相部屋になるタケル君にご挨拶なさいな」
廊下の隅でこっそりこちらを覗き見ていた息子のライムを呼び寄せる私。
おずおずと出てくるライムに対し、タケル君は目をぱちくり。
「お、お、おなごと・・・あ、相部屋、で、ごごござるかっ!?」
「ボ、ボク男の子だもん・・・」
「お、男・・・???」
気後れしつつも静かに抗議するライムに信じられないといった眼差しのタケル君。まぁ仕方ないわよねぇ、ライムの見た目は間違いなく「とってもかわいらしい女の子」のそれでしかないのですもの。
母親である私だって、「この子が本当の女の子だったら思う存分着せ替え人形にして楽しんでいたのにっ!」ってつくづく思っちゃうこともあるくらいよ。
「ライム、当のタケル君はあなたの言うこと、信じてくれないみたいよ?」
「信じてくれなくても、ボク男の子だもん・・・」
呆然としているタケル君に代わり、ライムに悪戯っぽく聞き返す私。
お決まりパターンで半泣きになりつつ、ライムは自分が男の子であることをどう証明していいものかいろいろと決めあぐねている様子。
私はそんなライムの横にそーっと立つと
「・・・えいっ!」
「わあっ!!」
ライムの着ていたジャージのズボンをパンツごと一気に引きずりおろして見せる。
「お、男・・・!!」
「うわあぁんっ、もうお婿に行けないぃっ!!」
ライムの「アレ」を信じられないといった眼差しで食い入るように見つめているタケル君と、いかにもショックといった面持ちでしゃくりあげてるライム。かわいそうではあるけど、いつかはこうなることが分かっているのだから、ライムは今のうちに慣れさせておかないとね。ごめんね、これもママとしての愛情なのよ。
「タケル君、どう? ライムが男の子ってこと、信じてもらえたかしら?」
「・・・」
何と返事していいか分からないらしく、カクカクと首を縦に振るしかないタケル君。
ライムはと言うとぐずりながらも自分でズボンを穿き直し、ブスっとした面持ちで私の方を睨んでいる。
「ほらほら、ライムももう機嫌直しなさい。こうでもしないとあなた、自分が男の子だって信じてもらえないことくらい分かっているでしょ?」
「でも、でも、ボクだって心の準備が・・・」
「あなたがその心の準備を整えるのに、ママとタケル君はどれくらい待てばいいのかしら?」
「・・・えと・・・ごめんなさい・・・」
すごく優柔不断な性格のライムの決断を待つのって、ホント大変なの。
だいぶ前にも同じようなことはあったんだけど、その時のライムは丸一日悩んでも結局決断できなくて、私も本当に困らされたのよね。
「ライム、タケル君を部屋まで案内してあげなさい。
長旅で疲れてるはずだから、まずはゆっくり休ませてあげないと」
「う、うん。タケル君こっち来て」
何とか冷静さを取り戻したライムがタケル君を部屋まで行く。
初対面な上にどちらも変わり者同士だから、二人がうまくやっていけるのかちょっと心配だわ。
どちらにせよ二人には仲良くしてもらうしかないのだけど・・・