後編
茶臼山 家康本陣
「なんと! 将軍が討たれたと申すか!」
襲ってきた伊達軍と思しき部隊を退けた本陣に急使が息も絶えんばかりに辿り着き凶報を告げる。
「敵が本陣内に討ち入り、{討ち取ったり}と声を上げたのを聞いたものが複数居ります。敵が引いた後、本陣内を探しましたが上様は見つかりませんでした。本多佐渡守殿の討ち死には確認されております」
「大御所様!」
父を討たれた本多正純が涙を流しながら家康に近づくと家康は声を潜めて正純に小声で声を掛ける。
「将軍家の影武者を立てる。討たれた事が判明したら我が軍勢は崩壊してしまう。負傷した為手当ての為に後ろに下がったが健在であると触れて回るのだ」
「はっ! では誰を?」
「土井利勝が良かろう、奴には日頃より将軍家の影を務めるように教えて居る」
この土井利勝と言う人物は家康の落胤であるという噂のある人物であり本多正純にはライバル的な存在である。一瞬凍りついた正純であるが、その次には何事も無かったように答えた。
「承知いたしました」
「利勝が陰を勤めている間に竹千代の成長を待ち次代を継がせる。まだまだ死ねんな」
家康はこう嘯いて大阪城を見やった
この頃には伊達や越前少将の軍も落ち着きを取り戻していた。だが幕府軍に蒔かれた内部不信の種が育ち始め不穏な状況が続いていくことになる。
▲
大阪城 真田丸
「うう、ここは何処じゃ?」
「上様お目覚めになられましたか?」
「そなたは……確か仙波家の隼人であったか、ここは何処じゃ?」
「覚えていて戴き恐悦至極ですが、ここは真田丸、大阪方の真田左衛門佐殿の守る出城でござります」
「……そうか、儂は虜になったのか」
「幕府軍は上様が負傷して後方に下がられたと言っておりますな」
「それは……大御所様が配慮為されたのであろう、将軍たる儂が捕らわれたとなれば幕府軍の士気がおちるでの。しかし何故其方は儂を討たなんだ、討つ方が簡単であったろうに」
「上様が討たれたことを悲しまれる御方がおられましてな、某は頼まれたのでござるよ」
「千か、そのような事はせずともよいのに」
「頼まれたのは秀頼様です」
「なんと! 如何なる訳じゃ」
「千の方様が悲しまれるのが一つ、それと義理とはいえ父を討つのは忍びないとの事ですな」
「なれば戦にならぬように領地替えを受ければ良かったのではないか?」
「確かにそうですが大御所様のやりようが豊臣方の疑心を買うような事にも原因がありましょう。関が原から今日まで、大御所様は豊臣家を日向に陰に挑発されてこられた。その事も御汲み取り下され」
「隼人、其方は何を考えて居る。儂を討たなかった事と関係があるのか?」
「勿論でございます」
隼人の提案に秀忠は眼を白黒させるのであった。
◆
「大御所様、伊達政宗は捕らえて尋問を済ませました。前田利常は負傷しておりまもなく息が絶えましてございます」
「うむ、奴らの兵は引き上げさせたのだろうな」
「侍大将等は捕らえ、寺に集めておりますが領地より集めた百姓上がりの兵は返しました」
「奴らは何と言っておった」
「我々は謀られたのであって大御所様・上様に弓引くことはござらんと申しております」
「そなたはどう思う?」
「何者かが流言を用い味方である伊達・前田そして越前少将を離反させようとしたのでしょう、こうなれば徹底的に究明し何者が謀ったのか調べて……」
「今更誰が謀ったのか知ってどうする?豊臣方の誰かの仕業か判らぬがここはこの機会を生かすことじゃ」
「どうなさるので?」
「先ず伊達・前田は敵との内通の廉で両者とも取潰し。政宗は切腹じゃな。越前少将は噂に惑わされたことを叱責し、この後の城攻めで挽回せよと伝える」
「転んでも只起きないというわけですな」
「そうよ、御蔭で百八十万石が手に入ったわ、特に政宗は秀忠が死ねば娘婿にしている松平忠輝を将軍家に押すであろうからな、動機は十分と言うわけだ」
「流石は大御所様、素晴らしい策でございます」
「ふん、それにしても秀忠め、旗本数万を付けてもらってまともに戦も出来ぬのか、やはり信康が生きて居ればの、こんな事にはならなかったのに」
家康の愚痴はしばらく続き本多正純は付き合わされるのであった。
◇
大阪城 秀頼の間
「隼人よ、よくやってくれた、将軍家を生かして捕えてくれた事、感謝いたす。これで戦を止める交渉が出来れば良いのであるが」
秀頼がそう言っているがそうはならないだろう。
「徳川勢が将軍家は負傷したが後方に下がっていると言っております。真田丸の人物は本当に将軍家なのでしょうか?」
密かに包囲している大名に接触して情報を集めた後藤隠岐、又兵衛と言ったほうが有名な人物が疑問を呈す。
「恐らく影武者を立てて誤魔化しているのでしょう。将軍家が虜になったとすれば幕府軍の威信は丸潰れ。ここはそれで乗り切りこの戦を勝つ事を狙っているのでしょう」
「成る程な、では交渉をしても無駄であると?」
残念そうにしている秀頼には気の毒だが家康はそんな甘い男ではない。
「お忘れですか? 家康は嘗て自分の嫡男を切腹させた男であると。それも家康に不満を持った家臣が嫡男を当主にしようとしたのを察して行ったのです。某はその頃主家が信長殿に仕えていたのでいきさつを良く知っております。信長殿は其処まで苛烈に動いた家康に驚いておいででした」
「そうか、てっきり信長殿の命によるものかと思っていたが」
「又兵衛殿、それは家康が世間に流した風説にございます。おそらく配下の伊賀者に流させたのでしょう」
「成る程、だが今回は隼人殿が忍びを使った策が見事に嵌った。感服いたしましたぞ」
「真田殿の配下の忍びが優秀でしたので助かりました。お陰で伊達・前田を排除できましたし」
そう、予め敵部隊に忍びたちをもぐりこませて風説を流布させて疑心を生じさせ、後は伊達・前田勢に化けた部隊を本陣襲撃に使う。無論本気ではなく挑発させる為だ。いい具合に家康も秀忠の配下の旗本たちが実戦経験が無くて簡単に騙されて同士討ちを演じてくれた。後は秀忠本陣に一度下がらせた襲撃部隊を送り込み秀忠を虜にしたのだ。
「家康は伊達・前田勢に代わって浅野・仙波を陣替させて正面に置きました。仙波家は隼人殿の元主家、やりづらくはありませんか?」
「問題はありません。すでに構えにされていますし、参陣している家臣たちは多くが徳川から送り込まれた者たちです」
問題は分家の方も一緒に居る事だが、監物がうまくやるだろう。
さて第二幕の始まりだ。
■
寄せ手を再編成した徳川勢が動き出す前に大阪城から攻撃が始まった。密かに作られていた大砲が火を噴き其の合間を縫うようにして城方から打って出てきた。
徳川方は鉄砲を揃えて討ち取ろうとするも又も煙幕を焚かれて視界が取れなくなり戦いは接近戦の様相を呈している。
前田勢に代わって真田丸に対していた仙波勢であったが戦を知る譜代の家臣の殆どが分家に行くか構えになった隼人を追って出奔してしまった為、経験不足を表してしまう。
「真田の赤備えが来たぞ! 鉄砲撃て!」 「煙で狙いが定まりません! 」
混乱の中、赤備えの中にいた一団が別れ殿様の居る陣に迫った。
「隼人推参! 押し通る!」
黒鹿毛の馬に騎乗した隼人は部下を引き連れ陣を踏みにじり突き進む。
隼人の視界の端に陣幕の影で縮こまる若殿の姿が見えた。
「討ちますか?」
構え以来隼人に付き従っていた家臣が問いかける。
「価値のない首などいらぬ、荷物になるだけだ。我々はこれから大物を仕留めるのだ」
「承知! 参りましょうぞ」
彼らは一陣の風となって過ぎ去った。其の後分家の部隊を率いた監物がやってきて隼人の向かった先を眺める。
「うまくやれよ、隼人」
そう言って未だ震えている若殿を一瞥した監物は混乱している仙波本家の部隊を鎮めに向かったのであった。
☆
伊達家に代わって布陣した浅野勢には後藤又兵衛と毛利勝永勢が攻め掛かり押しまくっていた。浅野勢は後ろの家康本陣がいつ自分たちを豊臣に内通したと責めてくるのではないかとの憶測が流れていて戦意が振るわず腰砕けになっていた。これも予め潜っていた忍び達が噂を流したからである。
「頃合は良し! 一時引くぞ!」
後藤・毛利勢が引き始めるとそれに引きずられるように浅野勢は前に出て大阪場外に作られた空堀のそばまで引き寄せられる。そこに達したときに堀の周りから激しい爆発が起こり、浅野勢は大混乱となり空堀に落ちる者が続出した。
そこに引き返した後藤たちが攻め寄せたから堪らない。浅野勢は完全に崩壊し家康本陣を遮る部隊が居なくなった。
浅野勢の横に居た藤堂・井伊勢は木村重成と明石全登の猛攻を凌ぐのが精一杯であった。
家康本陣に後藤勢が迫ると旗本たちは恐怖に駆られながらも防戦に努める。
「何をやって居るか! 数は我等の方が倍は居るのだ、押し返せ! 其処とそこの部隊も回せ!」
家康は不甲斐ない味方に怒り大声を出していた。
「大御所様、陣を下げては如何でしょう?」
本多正純の提案に家康は怒鳴りつける。
「ここで下がれば徳川弱しと大名共が馬鹿にするわ! 此処に徳川の旗を立て続けることが幕府の力を示すことになる、何故それがわからぬのだ!」
「ですが側面の部隊も回してしまっては」
「心配するな、敵は正面からしか来ぬ、岡山の陣に利勝が篭って居るのだ。其処を抜けてくるなどありえぬ」
そこに使番が現れて岡山の陣より援護の部隊が向かっていると言う知らせが来る。
「見よ、流石は利勝よ!」
ご機嫌な家康に整然と進む部隊が右手に見えた。其の部隊が指呼の間になった時、正純は異常に気がついた。
「あのような者達が岡山の本陣にいたであろうか? ! まさかこいつらは!」
其の時其の部隊を率いる隼人は悠然と右手を上げた。
「掛かれ!」
振り下ろされた手に合わせるように喚声が上がり家康本陣に殺到する手勢たち。
この時実質的に大阪の陣は終わったのであった。
▲
「まさか家康殿まで生け捕りにするとは思わなかったぞ」
船着場に見送りにきた監物が苦笑いをする。
「いくら見捨てたと言っても親は親だ。秀忠殿もああすれば此方の願いを聞くだろう?」
「違いないな」
あの後家康を捕らえて俺たちは大阪の陣の終結を宣言した。意外だったのはそれに反発する奴らが思っていたより少なかった事だ。松平忠直とか一部の連中が騒いでいたがその他大勢に抗しきれる物では無い。
結局忠直も乱心として押し込められたからな。
簡単にだがその後を記そう。
豊臣家は徳川家と和睦し領地換えする事で決着。
旧前田領と旧越前松平領を得て合計二百万石位になった。
伊達と前田は一度取り潰しになった後仲良く紀州に移り石高を下げられた浅野と分け合う形となった。
福島正則は自発的に領地を返上して川中島へ捨扶持を貰った。秀忠は豊臣家を徳川の{制外の家}として遇することを約束し、秀頼と千姫の間に生まれた子に徳川家と縁組させる事、庶子の豊臣国松も別家させ徳川の姫を縁組として両家を固く結ぶ事で諍いが起きないようにした。
関が原で徳川に付いた豊臣大名たちが取り潰しや領地削減された事を考えれば実は徳川幕府としてはメリットが無い話ではない。どうせ今後は難癖つけて潰す手間が省けたからだ。黒田家も殆ど取り潰しになり代わりに大名に取り立てられた後藤が大半の家臣を引き取った。浪人が増えるのは治安上良く無いので秀忠と秀頼に特にお願いした所だ。
仙波家は若殿は強制隠居して出家、分家の成俊殿が後を継いだ。其の後は先の殿の孫だからまあ義理は立てたと言うところだ。監物が頑張って馬鹿殿にならないように教育して欲しい。
旧伊達領には真田たちが封じられた。働きが認められて良かったな。長宗我部盛親は土佐に戻る事が出来て泣いていた。俺も貰い泣きしてしまったよ。
「結局行くのか?」
「ああ、もう遣り残す事は無いからな」
俺は秀頼や秀忠の誘いを蹴って新天地を目指すことにした。この平和になった日本に居辛い連中を率いてである。
北に行くか、南に行くか、それとも太平洋を越えて新大陸に行くのもいいな。知識チートで歴史を変えてやろう。
え? 家康はどうなったかって?
当然あの後一発殴ってから積年の恨みを晴らし、駿河の久能山に豊国神社を建立してそこの宮司になってるよ、今後は秀吉に詫びながら奉仕してもらいたいものだ。
健康的な生活になるから長生きしてくれればいいけどな。
「さて、行くとするか」
「また会えるといいな」
「ああ、そうだな」
親友との最後の別れになるかも知れないと思いながら、俺はこれからの日々を考えるのであった。
~終わり~
ご意見・感想ありましたらよろしくお願いいたします。
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あくまで娯楽的なものでありますので多少史実から逸脱した事がありますが飽くまでも{架空}の時代であるとご理解願います。
読んでいただくと励みになります。
※感想返しが遅れております、申し訳ございません。