前編
※この小説は架空の世界のお話であり登場人物によく似た歴史上の人物が居ても同一人物ではないとお断りしておきます。
「隼人! そなたを構えにいたす! 何処へなりと失せるがよい」
物凄いどや顔で若殿が宣言する。居並ぶ家臣たちの顔は驚きで蒼白になっている者、怒りで頭に血が上り真っ赤になっている者、政敵の失脚が嬉しくて仕方ない者と完全に色分けされている。ま、一人だけどれにも属さない奴が居るけどな。流石だと思う。
若殿の言う構えとは正式には奉公構といって簡単に言えば追放刑だ。ただの追放でないところは他の大名家などに回状が回されてここを追い出されても他で仕官出来ないという事だ。いわばやくざの破門と同じと言うわけだ。
「ははっ!」
俺は平伏して其の命を受けるのであった。
△
「良いのか隼人正、此の侭構いになって」
先ほどの茶番劇でどれにも属さない人物だった片藤監物が問うてくる。ここは俺の屋敷の中の茶室。帰宅した俺の元には日ごろから付き合いのあった者達が押し寄せたが、体調不良を理由に面会は謝絶した。唯一裏門から尋ねてきた監物だけがこの屋敷に入ってここに居る。
「仕方あるまい、あの若殿には何を言っても無駄だ。これまでの苦労も水の泡、この藩も長くないぞ」
俺の言葉に監物は苦笑いで応じる。
「まあそうなるな、馬鹿の取り巻き共はどうなっても構わんが他の家臣たちが哀れゆえ動くとするぞ」
こいつは俺が仙波家に仕えてからの同僚で友人である。普段は口も聞かず目も合わさないので不仲とされているがそれは演技である。
お互い望んでいなかったがこのような時に備えていたのだ。当ってしまったのは残念だ。
「で、どうする積りなんだ?」
「殿がああなったのは輿入れしてきた淑の方が来てからだ。徳川殿の養女として輿入れしてきたときに御付の家臣たちの中には殿に媚び諂い重役になった者たちが居る、奴らが裏で殿を煽ったのであろう。{隼人は先君の寵臣として専横を尽くしてきた。あ奴を何とかしないと藩がつぶれる}とな。 それを裏も取らずに専断する殿にも愛想が尽きたが元を糺せば徳川家康の狙いだな。我ら仙波家が織田・豊臣家の譜代であるから怖いのであろう。大坂の豊臣を討つつもりだろうからな」
「流石だな、俺もそう思っていた。淑の方との間に世継ぎが出来ればそのまま親徳川大名として使い、隙あらば取潰す。後は淑の方とその子を徳川の縁戚であるとして再度大名に取り立てる。だがその時には元々の家臣たちは捨てられるというわけだな」
流石監物は良く判っていた。伊達に先代の殿の傍で長く仕えていただけの事はある。今は無口な老臣として俺とも距離を置いた形を取っているが共に戦場を駆けた想いは同じであったようだ。
「先君の弟君である成俊殿が別家されておる、その世継ぎに殿の子を養子にする事になっている」
「亡くなられた先の御方様のか、成程な、豊臣に近い家から嫁してきた方との子故邪魔になったか」
「そなたが知らなかったのは知れば諫言するであろうとな、口止めされていたのよ」
「ふん、当然だな」
「そして俺はその若君に仕える者としてついていくことになっておる。勿論他にも古くから仕える家臣が付いていくが」
「厄介払いか」
「表向きはな、だが残るも地獄になるであろうよ」
「全くだな」
「そういうお主はどうするのだ?構えでは再仕官できぬぞ」
「ふん、もうあては付いている」
「やはり、大坂か?」
「流石だな、まあ構えになって居ようと受け入れてくれるのはあそこしかないからな」
「そうなると戦場で相まみえるか」
「そうなりたいか?」
「時に貴公と戦ったらどうだろうと思う事もないからな」
「では、大坂で再会する事を願って一杯やるか、別れの酒を飲むくらいの時間は呉れるだろう?あの馬鹿殿でもな」
其の晩は二人で酒を酌み交わした。話すのは先の殿に御仕えし手居たときの事。美濃の小領主であった先の殿に拾ってもらった事。監物は貧しい神主の子でおれは未来の日本から迷い込んだ者だ。同じ時期に殿に仕え、美濃を押さえた織田信長についた先の殿と共に天下統一に繋がる数々の戦に従軍した事。
僅かな未来の知識で領地を豊かにしたのもこの頃だ。
本能寺の変で信長が横死した時の混乱もなんとか乗り切り秀吉について賤ヶ岳の戦いで柴田勢と戦った時の事。その後九州の役・北條征伐に参加した時の事。その後天下分け目の戦となった関が原。先の殿を支えた年月を語り合った。
そして諸々の処分を終えて屋敷を出て行く。
振り返り城を見上げる。
「最後に面白き戦にしたいものよ」
そう言って後にした。
▲
大坂城
大坂城に拠る豊臣家に対し幕府を開いた徳川家は圧力を強めてきていた。方広寺の梵鐘の銘の問題を巡って両者は対立し、戦は避けられない勢いとなりつつあった。
その中で俺は昔の伝てで大坂城に上がり豊臣秀頼の御前に居た。
「仙波家にその人ありと言われた隼人が来てくれたのは嬉しく思う」
秀頼は上座で大きな体を揺すり上機嫌であった。
「ですが、仙波家は関ケ原では徳川に付き大領を得ました。その時に軍を指揮したのは隼人殿のはず。隼人殿その事どう釈明される」
傍に並んでいる豊臣家臣たちの中で大野修理大夫治長が癇の触るような声で詰問してくる。
「されば、あれは徳川と豊臣の戦に非ず。石田殿が豊臣の名を借りて勝手に起こしたもの、当時石田殿は奉行職など全て辞任されており豊臣の重臣に非ず。その言葉に誘われて御味方した者はその事に気が付かなかったか知って加担した者たちでござる。当時の徳川殿は豊臣家の内府として上杉征伐に向かう所。それに従うのは道理でござる。その後徳川殿が逆心を抱きし事見破れなかったことについては亡き我が殿と共に不明を詫びる次第でござる」
「修理よその事は咎める事はあるまい、内府の逆心を見破れなかった事は我らも同じところ。我らの挙兵に馳せて来てくれた事こそ喜ぶべきところであろう」
「ハッハハー!」
大野治長が平伏する。秀頼は中々の器量のようだ。惜しむらくはもう少し経験を積んで欲しかったが致し方の無い事だな。
「我らは兵を集めこの大坂城に籠城することにしたのじゃが其方と同じく馳せ参じた後藤隠岐や真田左衛門佐が打って出よと申すのじゃ、其方ならばどうするか聞いてみようと思うての」
「大坂城は亡き太閤殿下の御造りに成った天下の堅城、守りを固めていれば負ける事はありませぬ。そして徳川の兵を釘付けにしておけば恩顧の大名たちが我らに付き状況が変わって来るのだ」
大野治長が説明する。全く俺の前世での知識そのままの展開だな。
「確かにこの堅城に籠っておれば関ケ原での借りを返そうと島津や毛利が動くやもしれません。伊達も加増に不満を持っているかも知れませんな」
それににんまりとする大野と苦虫を噛んだような後藤と真田が見える。
「ですがそれには{呼び水}が必要なのです。彼らが兵を起こす気になる事を我らは自らの手で得なくてはいけませぬ」
「それは如何な物で?」
「それはですな……」
△
時は満ち遂に豊臣と徳川は直接矛を交える事となる。 徳川方は諸大名に動員を行い二十万の兵力で大坂城を包囲した。
対する大坂方は約十万と号する兵力で城に篭り迎え撃つ姿勢を見せた。 其の中で大坂城の南に当る平野口の更に南に真田左衛門佐が真田丸を築き其処に手勢と篭っていた。
この方面の徳川方は伊達・藤堂・前田等の大名と越前松平家が先鋒となり後方の茶臼山に徳川家康がそして岡山に徳川秀忠が布陣していた。
茶臼山の家康は総攻めの合図を送る機会をうかがっていた所に使番が慌てて注進に駆けてきた。
「伊達家が豊臣と内通だと?」
「はっ、兵たちの間で噂になっておりました。総攻めが始まると城を攻めると見せかけて城に駆け込むつもりとか」
其の言葉を聞いた家康の側近である本多忠純が顔色を変える。
「大御所様、嘗て出雲の尼子と周防の大内が争い大内が周辺の国人達を従えて尼子の月山富田城攻めをした時に内通していた国人衆が城攻めと見せかけて城内に入り形勢が逆転したことがあります。まさか伊達政宗はこの故事にちなんで先鋒を望んだのでは?」
「馬鹿な! その様な事をしても藤堂や忠直が居るのだぞ。その様な事が判らぬ政宗ではあるまい」
押し問答をしている間に先鋒衆が突撃を告げる法螺貝の音が響き動き出した。やがて互いが鉄砲を撃ち始めたところで異変が起こる。
「あの一団は何じゃ? 此方に向かってくるぞ」
「あの旗印は伊達ではないか! 何故この本陣に迫ってくるのじゃ!」
鬨の声を上げて迫りくる一団に顔色を変える家康達。彼らは知らないがこの時先鋒を務めていた大名たちの軍勢の中では{伊達が寝返り大御所様の首を取ることを条件にして豊臣家に東北切り取り勝手を願った}という流言が流されていた。
その報を聞いた藤堂高虎は隣の伊達の陣を見ていたが配下の者たちに城攻めを中止させた。
「伊達勢が大御所様の陣を襲うのならば我ら藤堂勢がその背後を襲う。支度いたせ」
その動きはその隣に布陣していた越前松平家の忠直にも見えていた。
「おのれ政宗! 我らも伊達に向け布陣しなおすぞ!」
その言葉に傍に居た家老がぎょっとして諫言した。
「殿! 眼前の大坂城より敵勢が出てきているのですぞ。今背後に兵を向ければ後ろから叩かれまする」
「何と! 悪辣な! 政宗め、絶対に許さんぞ」
越前勢は動くに動けず、大坂城の前に釘付けになった。
更に其の隣で真田左衛門佐の守る出城を攻めていた前田勢にも奇妙な噂が流れる。
「伊達と越前少将が結託し豊臣家に内通している。城攻めをすると見せかけ大御所様のおわす茶臼山を攻める」
このうわさを聞いた前田利常が出城への攻めを一時止めさせようとした時に出城の馬出しから赤備えの一団が躍り出てきた。
「真田が動いただと! 押し返して其の侭付け入り出城を落とすのだ!」
混戦と成った戦場は土埃が舞い、視界を奪っていく。更に真田勢の進んだ背後から白い煙が立ち上る。
「なんだ、この煙は!前が見えんぞ」
前田勢がうろたえている隙に赤備えの真田勢が引き上げていく。
「敵勢が逃げたぞ! 追え!出城に迫るのだ!」
前田勢は急追し陣形は乱れた。其の騒ぎを他所に密かに動く一団に気付く事も無しに。
▲
岡山 徳川秀忠本陣
「上様、先陣が乱れて居ります。使番が聞いた話では、伊達と越前少将が裏切ったとか言っているそうで」
秀忠の側近に納まっている本多正信が報告する。
「本当ならば由々しき事じゃ。大御所様の下に馳せ参じねば」
「お待ちを、此れは罠でござる。伊達程の男がこのような短慮はしますまい。まして越前少将はお身内ですぞ。それに両者の間には藤堂と井伊が布陣しております。それらがそれを許すとも思えませぬ」
秀忠に正信が意見していると使番が陣幕の向こうから駆け込んできた。
「注進でございます! この本陣に迫ってくる一団がございます。旗印から前田家と思われます」
「なんと! まさか前田までも……」
「ありえぬ、これは豊臣方の策の筈、使番! 数はいかほどじゃ!」
「見たところ数は多くはありませぬ、精々千程かと」
「本陣には旗本衆数万が居るゆえ心配はありませぬ、上様! 御下知を!」
「うむ、前田勢を押し返せ!」
鉄砲を撃ちかけ向かっていく旗本たちを前に前田の旗印を持った一団は狼狽し踵を返して逃げ出した。
「たわいもない、だがこの煙はなんじゃ?」
前田勢らしき一団が去った後には白い煙を出す藁束のような物が残されて視界を遮っていた。
「本多佐渡様! 又も前田勢が寄せて参りました。今度は多勢でございます」
「前田め! 血迷いおったか! 構わん、追い返せ!」
先ほどの勢いのままに秀忠の軍勢は前田勢に襲い掛かった。
▲
少し前
真田勢を追って出城に攻めかかった前田勢であったが、出撃した真田勢は何時の間にか消え失せており出城からの矢玉の前に攻めあぐねていた。
其処に徳川本陣からという使者が駆けつける。
「何と! いつの間にか真田勢が本陣に迫っていると申すのか!」
「はっ! 上様は酷く御怒りであり、直ちに前田殿の軍勢を戻し真田勢を挟み撃ちにせよとの命でございます」
「あい判った! 直ちに戻すぞ!」
こうして戻った前田勢は待ち受けていた徳川本陣の兵に襲い掛かられた。味方と信じていた相手に襲い掛かられた前田勢は壊乱し散りじりになって行く。
それを見た本陣では正信が秀忠に言上していた。
「おかしいですな、前田勢が弱すぎる。まるで我々に攻撃をされると思っても居なかったような……」
其処に鬨の声が沸き起こり俄かに慌しくなる。
「何事じゃ! いかがいたした!」
「新手の敵が!」
其の声と同時に響き渡る鉄砲の一斉射撃の音に浮き足立つ旗本たち。彼らは関が原より十数年戦が無い時代を過ごしており大半がこの戦が初陣であった。其の為無我夢中で戦った後の虚脱した所を突かれたのである。
そうなるともはや押さえは利かない。
「かかれ! かかれぃ! 将軍の御首頂戴いたすのだ!」
そう言って突貫してくる敵に為す術も無く突破され本陣内に敵を入れてしまう。
「御覚悟!!!」
こうして将軍の本陣は壊滅するのであった。
ご意見・感想ありましたらよろしくお願いいたします。
ブックマーク・評価の方をしただければ幸いです。
あくまで娯楽的なものでありますので多少史実から逸脱した事がありますが飽くまでも{架空}の時代であるとご理解願います。
読んでいただくと励みになります。
※感想返しが遅れております、申し訳ございません。