表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/74

12

ここまで読んでくださっている方々に感謝です。

【褒賞金】


 町長の屋敷に着いてからは「あっ」という間に屋敷の最も奥に位置する部屋へと通された。屋敷の内装を見ている暇はなかったが、通されたこの部屋ならばゆっくり見られると意気込んで静かに部屋を見回す。町長の執務室であるらしいここは、複雑な模様のカーペットが敷かれ、心地よさそうなソファーやテーブル、椅子が置かれたなんとも上品な空間だ。それなのに「俺は金持ちだ!」という印象を受けないのが不思議だ。


「こちらの都合で呼び立ててしまい、大変申し訳ございません。無礼をお許しください」


部屋に通された私たちを迎えてくれたのは長身の男性だった。彼は部屋の扉が閉まった直後に、オルレントの前で片膝を床につけて頭を垂れた。その姿はまるでオルレントが王族かのような振る舞いに見えた。


「よい。面を上げよ」


オルレント自身もそれを特に指摘することなく町長に許可を出している。その古風な言い方といい、これは一体なんなんだろうか。そんなことを思いつつ二人を見守っていたら、町長が顔を上げた。町長の顔を見た感じだと、年齢は40歳代前半くらいかな。白髪の混じる茶髪と薄緑の瞳が人柄の良さを表しているような男性だ。


「久しいな、サキト」


町長と視線を合わせたオルレントが言葉と共に突如跪く町長の前にストンとしゃがんだ。それに驚いた私とは違い、驚いた様子もない町長は「はい。本当に長らくぶりです」と今まで固かった表情を崩して笑った。ってか、知り合いかい!!


「サキトが町長に任命されて以来になるか。随分年を重ねたな」


「ええ、最後にお会いしたのは20年以上前ですからね。私は年をとりましたが貴方様はお変わりなく」


話しながら二人は立ち上がった。この時点で既に話についていけない私はどうすればいいのかわからないので、とりあえず気配を消すように静かにしていた。だが、町長の視線が私に向いたのでオルレントが「ああ、紹介を忘れていたな」とこちらを向いた。どうやら本当に忘れていたようだ。私の扱いが雑だよ。


「サキト、こちらはユリアだ。俺が一から指導している雛鳥同然の弟子だ」


「はじめまして、ユリアと申します」


オルレントが言った私の紹介文も気になったが、初対面の人の前で変なことを言って印象を落としてはいけないと思い、微笑みを意識して簡潔に名乗ると町長は頷いてくれた。


「ご丁寧にありがとうございます。ここの町長を勤めますサキト・キラスと申します。突然呼び出してしまい申し訳ございません」


町長は私にも大変丁寧に接してくれる。そんなに丁寧でなくてもいいんだけどと思っていると私の心情を察知したらしいオルレントが「こいつは常にこういう話し方なんだ」と言ってきた。今まで敬語キャラに会った経験がなかったが、実際に会うとなんか感慨深い。敬語キャラの町長ってなんか異世界に来たみたい…あ、ここ本当に異世界だった。


「わかりました。でも私は一般人なので気軽に接していただいて構いませんから。それで、お二人は旧知の仲なのですね?」


心中のボケとツッコミを表に出さぬように言葉を続ける。オルレントと町長の仲がちょっと気になったので話題にいいなとこのタイミングで聞いてみると町長は「そうですね」とにっこりと答えてくれた。


「幼少期からお世話になっております。ですが、古来よりこの町はリューニア族のお陰で成り立っておりますので、それを考慮すると私が生まれるよりずっと昔からお世話になっていることになりますね」


「古来からですか?そのお話とても気になります!それに町長はオルレントがリューニアだとご存じなんですね?」


キラスの町がリューニアと古くから親交があることも気になったが、それ以上に町長がオルレントをリューニア族だと知っていることに興味が湧いた。先程の臨時講義でリューニア族が人間姿になっても気付く者がいないこと、リューニアが人間に化ける能力があること自体を知っている人間がほとんどいないと教わったばかりだからだ。いや、もっと前に教わっていたようなんだけど、なんせ爆睡していたもので。


「それについては俺が説明する。それより」


オルレントがそう言って町長を見上げた。町長は頷いて「どうぞ席にお掛けになってください」と中央のテーブルを手で示した。そこには美味しそうなお菓子が並んでいた。そういえば昼御飯がまだだったと思い出した。


「お腹が空いているのを思い出しました!!」


席に案内されて町長自らに椅子を引かれるなんて恐縮すぎるが、空腹を思い出したら何も気にならなくなって言ってしまった。同じく町長に椅子を引かれて隣の席に座ったオルレントは笑い「サキト、こいつにたくさん食わせてやってくれ」と言った。言ってくれるのは大層ありがたいが、女心をちょっとは理解しようよオルレント。こう見えても恥じらいくらいあるんだよ。


「わかりました。食事を用意しますので、それまではお菓子とお茶で凌いでください」


町長はテーブルにおいてあるベルを鳴らして侍女を呼び昼食を頼んでくれた。その後に丁寧にお茶を淹れてくださった。せっかく町長が用意してくれたお茶とお菓子。こうなったら恥を捨てて食べよう。町長が「召し上がってください」と言ったので手を合わせていただきますをして手近な焼き菓子を食べた。うわぁ!さっくさくしていてすっごくおいしい!これクッキーに似ているけど、なんていうお菓子だろう。


「ご用意したのはキラス伝統の焼き菓子ですが…ふふ、その様子ですと気に入っていただけたようですね」


何枚ものクッキーもどきを口に詰めこんでいたら町長に笑われた。言葉で返せないのでこくりと頷くと町長は「それは何よりです」とまた微笑む。その優しい笑顔に心が洗われるような思いだ。なんか目一杯お菓子を詰め込んでいてごめんなさい。


「ユリア、先程説明すると言ったがその前に、古代勇者の話を覚えているか?」


お菓子をようやく飲み込んでお茶を啜った後にタイミングを見計らったオルレントが聞いてきた。お菓子を食べて若干癒された私はそれがすぐに双子とルティアの詩のことだとわかったので「もちろんです」と答えると、オルレントは「よし」と満足気に言った。


「サキトは古代勇者カザレントの、友人の子孫なのだ」


「ええっと、リューニア建国に一役かったというあの白銀の青年でしたっけ?」


記憶を辿って呟くが、まさかあの時聞いた勇者たちのうちの一人の子孫が目の前にいるなんて。なんかすごいな。


「はい。翼の勇者と我が先祖は大層仲が良く、その頃からリューニア族とは親しくさせていただいております。なので、他の方々が知らない事を私が知っているのです」


他の方々というのは他の人間ということか。なるほど、双子の話では翼の勇者と白銀青年の関係は明らかにされていなかったがやはり友人関係にあったようだ。


「へー…でもそれって古代の時代からその関係が今までずっと続いているってことですよね?…んえ、実はそれってすごいことですよね??」


ちょっと実感がわかなかったが、良く考えるとすごいことであると気がついた。変な言葉になったが、町長は意に返した様子もなくクスリと笑った。


「確かに寿命が短い人間にとってこの関係が続くことは稀ではありますね。それだけ先祖は魔王を討伐してくれた友人に感謝と愛の気持ちを持っていて、子孫である私たちにその思いを忘れぬよう代々努めてきたのです」


愛とか言っているよ町長、とはとても突っ込めなかった。以前の世界ならばもしかしたら冗談で言えたかもしれないが、なぜかここでは馬鹿にはできなかった。私が無言で話を聞いているので町長はそのまま話を続けた。


「そんな先祖が翼の勇者のために作った集落が今のキラスの始まりです。先祖の勇者への愛の大きさを理解いただけますか?」


「待てサキト、気持ちの大きさならカザレントも負けていないぞ。カザレントはキラスを大層大切に思っていたから直々に代々ここを守るように遺言を残したんだ。カザレントの思いも強いだろう?」


町長の先祖とカザレントが大の仲良しだということが良くわかったよ、二人とも。なんで先祖達の愛の大きさを言い合っているんだろうか、この二人は。それよりも、大好きな友人のために代々キラスの町を守れっていうことを遺言で残すとかカザレント様ってとっても素敵な方だったんだな。


「…ナンカスゴイデスネ」


自分の思いとは裏腹に、なぜか棒読みのような言葉が出てきた。オルレントはそんな私を残念なものを見るかのような目で見てから、はぁっとため息をついた。


「あまりわかっていないだろう。この土地はな、他の人間の町とは違ってリューニアの加護という最強の後ろ楯があるんだ。それがどれ程のことだか…おまえはわかっていないのだろうな」


目を細められた。最後はちょっと諦めたような言い方だったが私は気にしない。まだこの世界に来たばかりの私にはリューニアの凄さはあまり分からないし、それよりクッキー美味しいし!もぐもぐしながら首を傾げると「あとでしっかり教えてやる」とオルレントに言い渡された。ああ、無情。


「あ、でもそれならリューニア族はここに来たりするのですか?」


クッキーを飲み込みふと思い付いたことを聞いてみると、町長は「いいえ」とあっさりと首を横へ振った。


「今この町はクリスタス王国の町なのでリューニア族は公の滞在と訪問は避けています。ですが、古からの縁を私たちは続けていきたいと思っているので国には内緒で交流を続けております。リューニア族は人間に化けているので、民も例え王族であろうともリューニアのことを人間だと信じて接しております。」


「なるほど!よくわかりました。人間は色々とめんどくさいってことですね」


途中「私が聞いていい話なのか?」とも思ったが、最後には正直な感想が言葉となった。するとオルレントからバシッと頭を叩かれた。


「言葉を選べユリア。サキトも人間なんだぞ」


強く叩かれ危うくカップを落としそうになった。高そうなカップだから割らずに済んでよかったと思いつつ、町長へ謝罪する。


「ごめんなさい、町長さん。失言でした」


「いいえ、気になさらないでください」


町長の慈悲深い笑みを見て、この人は天使か何かかと思った。その優しさと懐の深さをオルレントにぜひ見習ってほしいぞ。


「でも、国を偽っていて大丈夫なんですか?もし、国にそれが露見してしまった場合キラスはどうなるんですか?それにそうなってもリューニアは公には姿は現せないしどうやって守るんですか?」


「一気にきたな、質問が出ることは良いことだ。」


オルレントがククッと笑い、私の質問に答える。


「まず、リューニアと裏で交流している事実を把握しているのはサキトとサキトの側近のみ。といってもリューニア族が出入りしていることは町民も知ってはいるが、口には出さないな。サキトを始めキラスの民は口が固いらしく国に情報漏洩したことはない。」


「ああっ!だから宿屋の受付嬢が少年オルレントに大人のような対応をしていたってわけですね?!」


話を聞いて宿屋の受付嬢がすぐに思い浮かんだ。少年オルレントへの対応が丁寧だったから勝手に教育が行き届いた宿とか思っていたけれど、彼女はオルレントをリューニアだと認識していたのだろう。言われてみれば受付嬢だけじゃなく宿の従業員はオルレントに大人と同じ対応しているな。さすがオルレントが選ぶ宿屋…って、結局は教育が行き届いているのは変わらないじゃん!


「ユリアにしては察しがいいな。」


オルレントが褒めたように言うが、それ結構失礼ですからね?


「次に二つ目の質問だが、仮に露見しそうになった場合はリューニア族が先手を打つ。守備に関しては、この町にいるリューニアが隠密に対応するので問題はない。説明はこんなところだが、理解できたか」


オルレントが締め括る。ざっくりとした説明ではあったが、警備上言えないこともあるのだろうから文句を言わずに感謝の言葉を述べてからお菓子をまた食べ始める。本当においしいな、このお菓子。


「それにしても、あの巨大イートを倒したのがお二人だと知った時には正直驚きました」


町長はお茶を飲みながら先日私達が倒したイートのことを話し始めた。よく知っているなーと思っていたらオルレントは納得したかのように「もしやその件で呼んだのか」と言っている。はて、なんの話だろうか。


「ええ、巨大イートは町を訪れる行商人たちを襲う恐れがあったので以前から警戒していたのですが、私たちの力では討伐できなかったため本格的に対策を考えているところでした。結果お二人に討伐していただいたので頭を悩ますことがなくなり、被害が出る前であったので助かりました。」


サキトは丁寧に頭を下げた。オルレントは「意図して狩ったわけではなかったが、結果町を守ることが出来て何よりだ」と笑った。


「…ああ、あのイートさん。町の人でも討伐できなかったんだ…って!!やっぱりかなり危険だったんじゃないですか!なんて無謀なことさせてくれたんですか!!」


静かに聞いていた私だったが町長の話を遅れて理解してオルレントを睨む。オルレントは私の視線なんか全く気にせず「結果、勝てたのだからいいではないか」とお菓子を口にした。


「くううぅぅ…人…じゃなかった。竜でなし師匠め…!!」


私がぶつぶつ文句を言っている中、町長がオルレントに向き合い「それでですね」と言って話を始めた。結果私の文句がオルレントに届くことはなかった。


「お受け取りいただきたいものがあるので、お二人にこちらへ出向いていただいたのです」


町長は立ち上がって自身の机へ一旦戻り手に何かを持ってすぐに戻ってきた。布に包まれているようだが、なんだろうか。


「巨大イート二体討伐の褒賞金です。」


「褒賞金…?」


そう聞いて真っ先にオルレントへ視線を向けた。こういう場合はどう動けばいいかわからないから故であったが、オルレントが「ユリアが受け取れ」と言うものだから私は立ち上がって町長の前に立った。


「私たちの町を助けていただき、本当にありがとうございます。」


町長から言葉と共に包みを受け取った。私は「確かに受けとりました」と口にしたが果たしてこれで言葉は合っているのだろうか。


「ユリアの初手柄だ。それで好きな食物でも買うといい」


オルレントがパンパンと手を叩いた。オルレントはまるで他人事のように言うけれど、これって私だけの褒賞金じゃないんだけど。


「この褒賞金はオルレントの分も含んでますよね?私だけのものじゃないんですけれど…」


「いいから、素直に受け取っておけ」


オルレントはこれ以上言うのを許さないというような鋭い目付きを見せた。これ以上言うとお怒りを買いそうなので黙った方が良さそうだ。お礼を言って席に戻ろうとしたらオルレントに「宿に届けておく」と言われたので包みを渡した。オルレントの手に渡った瞬間に包みは消え去った。魔法で移動させたようだが本当になんでもできるなんて便利だな、と思いながら自身の席に戻った。


「それで、お話は変わるのですが…」


席について再びお菓子を食べ始めようとしたところで、町長が次の話を切り出した。まだ何かあるんだな。でも、今度は先程の感謝の表情とは異なり話しづらそうな様子だ。


「お二人はイートを魔法で倒されたのですよね。どのように倒したのですか?」


「あー、それはですね」


ここは弟子である私が答える番だと思って口を開く。その横でオルレントがお菓子をパクパク食べ始めたが、すごい勢いだ。あのペースだとすぐに菓子がなくなってしまいそうだが、そんな心配は後だ。


「オルレントは氷魔法を使ってイートさんを仕留めて、私は最初にオルレントがイートさんを仕留めた氷の刃を引き抜いてそれをイートさんへ投げて倒しました。」


私はあのときの光景を思い出しながら話した。


「といっても、私に関してはオルレントが魔法で作った刃を投げただけなので、正確には私の手柄ではないんですけど」


「おい、ユリア。あの時魔法を使えと怒りはしたが、倒したのは紛れもなくお前だぞ」


お菓子を食べる手を一旦止め、オルレントが口を挟む。


「え、だってオルレントの氷使ったんですよ?あれがないと私勝てなかったですし」


「勝ちは勝ちだ」


少しズルしたことの意味を込めて言ったらすかさずオルレントに修正させられた。自分の力で倒したと思っていないからその答えには納得できない。少々むくれていたらオルレントに「幼子のようなことをしているのではない」と軽く怒られた。


「あの氷の刃を投げたということは…もしかしてお二人は魔力の色が同色なのですか?」


町長が声をかけてきた。氷の刃だけで同色だってわかるものなんだ?それにはオルレントが「ああ、同色だぞ」と答えたが、聞いた町長は顔色を悪くした。同色だと何かあるのかな。顔色が悪くなるくらいだから良い事ではないとは思うけど、どんな問題があるのだろうか。


「サキトはあの言い伝えを信じているのか?」


オルレントが言うと、町長は肩をビクッとさせた。その言い伝えが気になりオルレントへ視線を向けるが、オルレントはこちらを見ずに町長へ視線を向けたままだ。しばし部屋が沈黙に包まれる。私は沈黙に耐えられないので、ただひたすらにお菓子を食べていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ