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【これからの旅は】
「あーー!!おわったぁー!」
今日分の地獄の書き取り課題が終わって椅子に座ったまま背伸びをする。実はあの非情な試験以降、地獄の書き取りは毎日の日課となっていた。おかげで少しではあるが自力で文字が読めるようになってきたのには助かっている。なんといってこの世界は想像していた以上に識字率が高く、そこかしこに文字が使われている。読めなくて本当に困っていたので結果万々歳だ。
「あ、日がもう高いんだぁ。そろそろお昼近いのかな」
目の休憩のため窓の外へ向けると日はほぼ真上に登っているのが見えた。眩しさに目を細めて光を避けるように次に下方へ目を向けると、町を走り回る子どもたちの姿が見える。
「ここでも子どもは元気だなー」
「俺からしたらお前も十分子どもなんだけどな」
のほほんとしていたら横槍が入る。声のかけられた方へ顔を向けると、その先にはテーブルがありその前の椅子に座っているイケメン少年が。足を組んで手に持つ書類を眺めている姿は大人のようだ。
「その姿でそんなことを言われても全く説得力ないんですけど」
大人のようでも姿が子どもなのでそう言うと、オルレントは顔をこちらに向けることなく「しかし事実だ」と言った。
「あ、そういえば」
年齢の話で思い出した。機会があったらオルレントが何歳であるか聞こうと思っていたのだった。今がチャンスじゃないですか。
「オルレントって一体何歳なんです?」
「お、興味があるのか?」
私の質問にオルレントは珍しく好反応を示した。書類から顔を上げてこちらへ向ける視線はニヤニヤしてる。んー、ニヤニヤしてるのは果たして好反応と言っていいのか??
「お前には俺が何歳に見える?」
まさかの定番の返しが来た。見た目で年齢を判断するのは苦手だ。特に目の前のお師匠様は見た目は子どもだけど実年齢は絶対に子どもの年齢ではない。想像出来ないから聞いているのにと思いつつ返答する。
「少年姿だとまるで10代に見えますが、絶対私より年上ですよね!?」
「さーぁて、どうでしょうかっ!?」
質問を質問で返された。もしやこれが続くのだろうか?しかしここで対抗しても意味がなさそうなのでとりあえず無難に回答を述べてみる。
「43歳!」
「中途半端な年齢だな!なんだよ、その一のくらいの三は。本気で言っているのか?」
無難に回答したつもりだったがオルレントには引かれてしまった。「本気ですよ」と言うとすぐに考え込むような仕草を見せて「そうか、異世界から来たユリアには俺がその年齢に見えるのか」と呟いた。
「あ~っと、異世界から来たからっていうわけではなくて…それと見た目で判断しただけではなくて」
オルレントが誤解をしているようなので、見た目だけでは判断していないんだということを伝えたくて言葉を足す。
「口調がちょっと古風だから40歳代って言っただけで本当の年齢はあまり考えていなくって…本当はもう少し若いんですよね?」
「見た目で判断したわけではないということか?だが、それであの年齢を言うとはどういう…」
言葉を足したらオルレントに今度は首を傾げられた。少し不思議そうな表情をしていたが、急に険しい表情に変化して手に持っていた書類をテーブルに置いてこちらへ歩いてきた。
「…お前その講義も寝ていたな?」
「え、その講義ってどの講義ですか??」
今度は私が首を傾げた。そんな講義が今までにあっただろうか。そもそもオルレントの年齢の話ならば以前にしていればこのような問いかけかしないし、と思っていると、オルレントは「各種族の平均年齢の話だ」と無表情に言った。
「そもそも俺の年齢単位が十なのがおかしい。お前の講義を受ける姿勢は本当に悪すぎる。ここで一回お前を絞める必要があるな、俺」
「うっわあ、絞めるとか物騒な!それはやめてくだされ!」
「なんだそのふざけた言葉遣いは!」
「あっ、ごめんなさい!つい!」
わーわーと言い合うことしばし、先に落ち着きを取り戻したオルレントがもう一度教えてくれると言ったので臨時講習会が始まった。お腹が空いていたが、そこはなんとか我慢した。
「お疲れ」
講義が終わり内容の濃さに撃沈して机に突っ伏していた私にオルレントの声がかかった。それと同時に頬に冷たい物を感じて横を向くと、グラスに入った水を渡させた。
「ありがとうございます。…オルレント、500歳越えていたんですね」
体を起こして水を受け取りながら言うとオルレントは「まあな」と自身が持っている水を飲み干した。その姿はやはり少年そのものなのに実年齢が全く違うなんて詐欺じゃんと思っても言えないが。
「ちなみに今リューニアで最高齢は俺の親父で二千歳だな」
そのオルレントの告白に飲んでいた水を吹き出しそうになってむせた。
「ごほごほ!!にに、にせん…!?二世紀も生きていらっしゃる…??もはやレジェンド!!」
その高年齢に興奮して言ったら平静のオルレントは首を傾げた。
「れじぇんどってなに?」
「あ、はい。伝説という意味ですっ!!」
片仮名言葉が通じないことを忘れていた。オルレントはこうやって時々私の言葉の意味を聞いてくるからなるべく片仮名は使わないようにしているが、なかなか難しい。私が使っていた日本語という言語は他の言語が複雑に混じった独特のものだったから。これに慣れていないと大変らしいというのは余談だ。
「伝説か。それならば俺はそれ以上のれじぇんどにならないと」
「オルレントはレジェンドになりたいのですか?」
今500歳だからあと1500年以上は生きねばならないということか。私からしたらそれは果てない年月で、その期間どのように生きればいいのか想像もつかない。ぐるぐる考えていたらオルレントは「ああ」と言った。
「要は親父を越える伝説を作れば良いのだろう?それならば問題なく達成できるだろうし、現段階で達成している事もあるしな」
「ほんとその自信はどこから来るのやら…羨ましい」
水を飲み干した。オルレントはいつも自信に溢れていてそれが言葉や行動に現れている。きっと五百年という年月を生きた中でオルレント自身が培ってきたものがあるからだろうが、私からしたらその自信は羨ましい。
「そう思うのならば鍛練しないと!」
オルレントがピョンと跳ねた瞬間ドラゴン姿になった。いやそれより私的にはなぜジャンプしたかが大変気になるのですけれど、と思っているとオルレントは私の目の前の机に飛んで来て着地してお座り体勢になった。
「丁度その話もしようと思っていたのだ。これからの修行についてだ」
「うっ…修行ですか。まさかこれ以上辛くするなんて言いませんよね?」
オルレントから修行と聞いて思わず呻いて弱々しい言葉を発してしまった。巨大イートさんを討伐して以来、二日に一回は森に入って魔法の訓練をしているのだがやはり魔法は使えない。訓練が上手くいかないからなのか、その訓練以外体力トレーニングが追加になった。オルレントいわく「気分転換も必要だろう」とのことだが、この訓練がまあ厳しい。内容は限界まで走り込みをやらされて、筋力トレーニングや木登りなんかも行っている。お陰で少しは体力はついた気がするが、大変厳しく体は常に全身筋肉痛だし大変辛い。それなのにトレーニング追加なんて言われたら泣いちゃうよ。
「嫌そうな顔をするのではない。これからの訓練の方向性をだな…」
オルレントが本格的に話そうとした時だ。軽く部屋の扉を叩く音がした。瞬時にオルレントは少年姿へと変化して扉を見つめたが、少ししてもう一回扉を叩く音がしたため、私へと視線を向けた。
「あーはいはい。私が出れば良いんですね」
オルレントの視線を受けて立ち上がる。今まで誰かが尋ねてきたことはなかったので誰が来たのかは全く想像がつかない。もしかしたらルティア達かも、なんて思いながら扉の前まで歩いて扉をゆっくり開ける。開けた先にいたのは、腰に剣を携えた大きな男性だった。
「…えーどちら様でしょうか?」
想像していた姿がなく咄嗟になんと言っていいのか分からず、向こうの世界でやっていたように聞いてしまった。すると男性はビシッと頭を下げて「突然の訪問をお許しください」と言ってきた。えー、言葉のキャッチボールが出来ていないんですけど?
「町兵か」
後ろから声がする。オルレントか。少し横にずれてオルレントに男性が見えるようにしたら、男性は先程の動作よりも素早く片膝をつき頭を垂れた。
「はい、キラス町兵隊副官のビートと申します。先触れもなしの訪問をどうかお許しください」
対私以上に畏まった言い方をオルレントにしている。もしやこの人オルレントがお年だと分かっているのかな。どうやって判断してんだろうと思っていたらオルレントは「良い、許す」とか言ってる。あれ、さっきの私に話していたような少年言葉とは言い方が違う。
「副官がわざわざここまで来るにはそれなりの理由があろう。用件を申せ」
「はっ、キラス町長サキトよりお二人を茶会に招きたいと手紙を預かっております」
そう言ってビートは至極丁寧な動作でオルレントに手紙を渡した。受け取ってすぐに封を開けて目を通したオルレントは「了承した、すぐに向かおう」と言って手にしていた手紙を魔法で瞬時に燃やした。その場で処分するってことは重要な書類なんだろうか。何て書いてあったんだろう、ちょっと内容が気になるな。
「では私はここで待ってますね、いってらっしゃい」
気になるけれどオルレント宛の手紙だし私は呼ばれていないだろうと思って部屋へ戻ろうとしたらガシッと腕を捕まれた。誰にって、オルレントにですよ。オルレントは私を見上げて「お前も招待対象だ」と言った。
「ええー、なぜに私まで…?」
思わず口にするとオルレントは「ビート殿が二人を招いていると言ったのが聞こえなかったのか」と言って今度は私の背に回って押してきた。相変わらず力がお強い!!
「ちょちょっちょっと、倒れますって!自分で歩けます!むしろ歩きますんで押さないでください!」
そう主張してもオルレントは押すのを止めない。それを静観していたビートは大変困ったようにおどおどしている。まあ誰だってこんな様子見たらどうすればいいか悩むよね、ドンマイ。
「ビート殿、速やかに案内を頼むぞ」
私を押してビートより前に出たオルレントが一旦止まったので後ろを振り返る。オルレントも後ろにいるビートを見ているようでビートはビシッと腰を90度に曲げて「御意」と礼をした。引く私、満足そうに頷くオルレント。この温度差に疑問を持ちながら私たちは町長がいるという屋敷へと向かった。