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【戦えユリア!】


 ただひたすらに鬱蒼とした森を当てもなく走っている。イートさんは先程オルレントに連れてこられた時と同様に地を盛大に揺らしながら付いてくる。だが、その体が巨体だからか動きはノーマルサイズのイートさんより遅い。それが私にとってせめてもの救いだった。


“どうやって倒せばいいんだろう…!通常時だって魔法を発動させられないのに、こんな状況じゃ魔法を発動するための集中だってできないし!!”


走ることに酸素を使っているのでお得意の独り言を言う余裕はなく、脳内で呟く。このまま走り続けても体力が減るだけでイートさんを討伐などできないことはわかっているが、現状討伐方法がわからない。オルレントは魔法を使っての討伐をお望みのようだが、走りながら魔法を発動させるほど自分が器用ではないとよくわかっていた。


“そもそも魔法発動できないと分かっていて立ち止まったらそれこそ万事休すだ!魔法以外で倒す方法を考えないと…”


走っている先に川が木々の間から見えてきた。そのまま走ると大きな川が目の前に現れた。幅が広くて流れも早そうなので渡ることは厳しいだろうと瞬時に判断し、スピードを若干緩めて直角に曲がって川を避けた。その少し後でバジャンッと何かが水に落ちたような音が聞こえた。瞬間的に振り返ると、イートさんが川に落ちていた。


“来た!!作戦はこれでいこう!”


見た瞬間に思い付いた。その思い付きはあとから考えれば大変幼稚なものでなぜそう考えたのかわからないが、きっとそこまで余裕がなかったのだろう。

その作戦はこうだ。

①イートさんに追い付かれない程度のスピードで走る。

②大きな壁の直前で私が直角に曲がる。

③イートさん壁に激突した後に撃沈!

以上の三工程だ、とっても簡単。それをやると決めたのならやらねばならぬ最も重要なことがある。それは巨大なイートさんが衝突してもびくともしない壁だ。


“大岩でもいいけれど岩壁があればベストだ。でもこの森にあるのか!?”


考えながらもひたすら走る。川に落ちたイートさんをちらっと見たが川が深いのか抜け出すのに若干手間取っているように見える。しかし、あの程度でイートさんが怯むわけがないのは分かっている。そんなに現実は甘くないと只今も実感中だ。だが、川に落ちてくれたお陰で距離が少し差が開いた。それを好機だと判断して、走りつつ周囲へ視線を巡らせる。探しているのはイートさんを倒せる場所。猪突猛進のイートさんを岩壁にぶつけるか、ああ崖から落とすのもありか。


「グヴォォォォ」


後ろから響く咆哮。イートさんだ。再び後ろへ視線を向けると、イートさんは止まってこちらへ口を大きく開けている。何してんだ、欠伸かと思わず立ち止まってイートさんへ体を向ける。


「!!!」


カァァッとイートさんの口から光が溢れてきた。見た瞬間に“ヤバい”、そう思ったら体は勝手に右へ向かって走り出した。そのすぐ後に耳を襲う高音のせいで耳と頭が痛くなったが今度は立ち止まらずに音がしたと思われる方向に一瞬目を向けた。一瞬見ただけでもわかるほど、そこには大きく焼け焦げた道のようなものが出来ていた。


「…うわっ…ま、まさか…イートさん、魔法使えて…」


あまりの衝撃に声が出た。イートさんへ視線を向けると、目が合った。


“逃がさぬ”


まるでそう言われているかのような視線だ。猪のように体の割りに小さな目だが、その目はしっかりと私を捉えて追っている。その姿からイートさんが私を逃がす気などないのだと理解した。


“これは早くしないと真面目に…本気でやられる!!急げ、急げよ私!!!”


体力がないとか、もう走れないとか前の世界ではよく思っていたし弱音を吐いた。しかし今はいくら辛くてもそんなことを言ってはいられない。立ち止まった瞬間、私の人生は終焉だ。全速力で走り続けることはかなりの苦痛だ。だが、それ以上に私は死にたくない。そんな時だ、目の前の森の先に明るい景色が見えた。咄嗟に“森が終わる”、そう思って力を足に込めて地を蹴る。


「っ!?ここって…さっきの…」


森の終わりだと思っていた先は、先程オルレントと別れた場所であった。地面に突き刺さったままの氷の柱、それに囲われた中で串刺しになっているイートさんもそのままで状況はあまり変わっていないようではあったが、唯一違うのは地面が一面赤く染まっていること。イートさんの体から溢れるそれで、地面はぬかるんでいた。


「グオオオオオオオオォォォォォ」


後ろからイートさんの咆哮だろうか、まるで怒っているかのような凄まじい鳴き声が聞こえる。聞いた瞬間に体がビクッとなったが、止まっていてはならないことは分かった。素早く辺りを見回し、ある一点で目が止まった。


「とりあえずこの中に入って隠れよう…」


先程オルレントが地面へ突き立てた氷の檻が目に入った。咄嗟にその中へ入り込んで隠れようと思って近づくと、私の体くらいなら通れそうな隙間が空いていた。地面がぬかるんで大変歩きづらかったが素早く身を横にして中に入り込むと丁度私に追い付いたのだろうイートさんが氷の柱に盛大に衝突して地面を抉りながらその場に倒れた。


“あんな魔物が激突しても倒れないってさすがオルレントの魔法だな。しばらくはここでなんとかなる!とりあえず…駄目元で魔法使ってみるか”


イートさんがこちらに入って来ることが出来ない事を確認して試しにイートさんへ放つ魔法を想像して放とうとした。だが、やはり魔法は放てなかった。私は落ち込んだ。


“いや、落ち込んだって仕方がない!どうせ打てないと思っていたから次の手は決めているんだ。もう魔法で倒すとか言ってられない!!”


始めから魔法で倒す気はなかったがそこは気にしない。氷の檻の中には未だ倒れたままのイートさんが地面に血を広げているが、その姿を見て私は魔法以外の手段を思い付いていた。足元が濡れて歩きづらいままではあるが目的であるイートさんの元へ歩いてその巨体によじ登る。その先にあるのは先程オルレントがイートさんを串刺しにした氷の刃が溶けることなく輝いていた。


「これが使えれば勝機は…いや、もうこの状況だとこれしか手段がない」


呼吸を整えてから氷の刃を両手で掴み、“お願いだから抜けてくれ”と念じながら引き抜こうと力を込めた。かなり力を使うだろうと思っていたのが、思いの外あっさり氷が抜けたので勢い余ってイートさんの体から地面へと転げ落ちた。その時手にしていた刃が手から滑って地面に倒れた私のすぐ横にグサッと刺さって一瞬にして肝が冷えた。


「ううっ…怖っ…」


背中は痛いし足はパンパン、それでもなんとかぬかるむ地面から起き上がって刃を掴む。刃が手に持てるほど細くて助かったなと思いつつ外のイートさんへ視線を移すと、起き上がってこちらへ大きく口を開いている。このままだとまた魔法を放たれる。しかし、口を開いているのはこちらにとっては好都合だ。氷の刃を両手でしっかりと持ち、最後の力を腕に込める。


「おりゃあああぁぁぁぁぁっっ!!」


持てる力と「刺され!」との強い思いを込めて氷の刃をイートさんの口に向かって投げつけた。投げた反動で視線がイートさんからずれたが、そのすぐ後にグザザザッと嫌な音と後にブジャアッと液体が飛び散る音が聞こえた。咄嗟に閉じていたのだろう目を開けて様子を見ようとしてすぐに後悔した。目を開けた瞬間に赤い液体がこちらに勢いよく飛んできたからだ。結果は先程と同じで、私はまた血塗れになった。しかも真正面、間近で浴びたため先程以上に真っ赤に染まった。


「…ゲボッゴボ…、まっず…」


液体は口の中まで入ってきた。味は最悪だったが、鉄の味を感じて血の成分は同じなんだなとどうでもいいようなことを思って袖口で口を拭った。しかし袖も濡れていたためまた口に液体が入り込んでむせた。


「終わったのか…?」


むせた後にイートさんにようやく視線が向いた。イートさんは口を大きく開けた状態で固まっていたが、少ししたら横に倒れた。その時の振動がすさまじく、足元も悪かったため私もその場に倒れた。


「仕留めたか」


終わったと思って手で体を支えるように座ってイートさんをぼーっと見ていたら声をかけられた。オルレントだ。声が上から聞こえたので上へと視線を向けると、己が出現させた氷の柱の上に乗ってこちらを見下ろしている。いつからそこにいたのだろうか。


「それにしても悲惨な姿だな。お前は自身の姿が大変おぞましい状態だと理解しているか?」


「いや…あまり」


問いかけられたがあまり状況がわかっていなかったので正直に答えるとオルレントは「だろうな」と言って何かしらを唱えた。すると勝手に足に力が入って立ち上がらせられ、その瞬間に全身に冷水を浴びせられてすぐにパンッと服に含まれていた水分が蒸発した。オルレントの洗濯魔法だ。洗濯魔法っていうのは私が勝手に命名しているだけで正式な呼び名があるらしいが、この際それはどうでもいい。汚れなどあったのかと思うほど綺麗になってよかった、これ一枚しか服ないんだから。


「まずは、よくやったと褒めてやろう」


洗濯魔法のお陰でどろどろだった髪も綺麗になり、汚れた髪で覆われていた視界がクリアになったところでオルレントが目の前にやってきた。宙に浮きながらこちらを見ていたオルレントの後方では氷の柱が溶けている。魔法を解除したようだ。


「初めての狩りにしてはまあ上出来だ」


「ほんとですか…?でも体力消費が半端ないんですが…」


オルレントに誉められたが元気に喜んでいられるほどの余裕はなかった。なんといっても全力で走って、その後にあんなに大きな氷の刃を投げたのだから体力はとっくに底をついている。実は立っているだけでやっとだ。それは体力を使っただけでなく緊張が解けたことも要因だと思うけれど、とにかくその場に座りたい、休みたかった。


「それはそうだろう。だが、休む前に俺はお前に言わなくてはならない重要な言葉がある」


体に力が入らずにゆらゆらする私に構うことなどなく。オルレントはそう言って胸を膨らませた。“あ、怒鳴られる”、そう思った瞬間にオルレントの怒号が森に響き渡った。


「魔法の訓練だと言っただろうが!!!」






* * * * * * *






 あのあとイートはキラスの町へと寄贈することになった。二人で食べる以上に大漁だったためオルレントが町の狩人に連絡し、それを受けて狩人数名が回収へ向かった。

 森を訪れた町の狩人達は全部で十一名。その全員が現場へ到着した際、その場の悲惨さと鋭利な氷の刃に恐れ戦いた。


「この氷の刃でイートを一突きして仕留めたのか?」


「あの子どもと女性が?いや、不可能だろ」


現場を見た狩人達はしばらくは作業も出来ずに呆然としていたが、少ししてようやくイート回収の準備を行う。その中でイートを口から突き刺していた氷を引き抜こうとした狩人は一人では氷が抜けないと判断してすぐさま応援を呼んだ。結局成人男性四人がかりで氷の刃を引き抜いた。本当は氷の刃も回収したかったのだがあまりの重さに断念した。この世界で氷が貴重な資源であることは人間以外の種族は知らない。だからそのような貴重な氷がそのまま放置されていることに人間は驚愕し、ひそひそと囁きあった。


「もしや他種族の者達か…?」


「だとしたらかなりの魔法の使い手だぞ」


「これほどの魔法だ、間違いなく使い手は魔法上級者だ。あの二人がこれをやったことが事実ならば、彼らは只者ではない上人間ではない可能性がある。急ぎ町長へ報告を」


 この件は町長へ速やかに報告された。それをユリアとオルレントが知るのはしばらく経ってからであった。


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