9 後半
【師匠の名案】
「うわわっ、ど、どどどどうしよ!逃げた方がいいのか!?」
「ユリア!!…こと…つ、た!!」
混乱して一人で叫んでいたそんな時、オルレントの声が聞こえて来た。地響きで良く聞こえないけれど名前が呼ばれたことだけは分かった。オルレントの声を聞いてちょっと落ち着いた。それで、お師匠様は一体何て言っているんだろうか?
「ユリア!戦闘準備だ!!」
今度は明確に声が聞こえたのとほぼ同時に、目の前の木々がドォーンッと勢い良く弾け飛んで来たので反射で頭を覆った。そのすぐ後に後方で何かが落ちる音が聞こえた。
「怪我はしていないと思うが、大丈夫か」
落ちるような音が先程の木であったと理解するのには少し時間が必要だった。そっと手を外したところで頃合いを見計らったかのように良く知る声がかけられた。その声に反応して閉じていた目をゆっくりと開けると、目の前にいたのは黒く巨大なイートさん。以前見たものは猪サイズだったのに今目の前にいるのは見上げるほど大きくまるで象のようだ。しかも二体もいる。私と対面したイートさんはじーっとこちらを睨んでいる。あ、目は可愛い(現実逃避)。
「うむ、問題なさそうだな。それよりユリア、俺はとてもいいことを思い付いた」
イートさんの上からオルレントの声が聞こえた気がしたので見上げるとイートさんの上に乗っているドラゴン姿のオルレントが見えた。その姿にようやく安心した。しかし先程の衝撃で心臓を打つ回数は多くなり、息が荒くなっている。が、極めて普通を装い声をかける。
「オルレント一体これどういう状況なんですか…心臓が潰れるかと思いましたよ。そしてオルレントの言う“いいこと”ってなんです?私は全く良いことじゃない気が、むしろ悪い予感しかしないのですが」
一気に言葉を吐き出す。オルレントは「良いことで間違いない」と言い切ってイートさんの上から飛んで私の前に停滞した。
「狩りの最中に俺が魔法を初めて使った時のことを思い出した。あの時は魔法が使えないならば実地訓練すればいいと先代に言われ森に放り込まれたのだが、あれがきっかけで俺は魔法を使わなければならない状況に追い込まれ、結果魔法を使うことに成功した。だからユリアにも同じ状況を体験させようと思ってな」
「それがオルレントのいいことですか。ですけど、ひとつ意見を言ってもいいですか」
オルレントは己の経験を当然の事のように名案だと思って言っている。しかしオルレントは完全に忘れている。私が普通の人間であることを。だからそれをオルレントにきちんと言わなければならない。意見を言うと宣言した私を見てオルレントは「なんだ言ってみろ」と意見を許してくれた。よし、言うぞ。
「オルレント達リューニアってこの世界で最強ですよね?最強の理由は魔法を上手く使えることと体が固いこと丈夫だからっていうのも理由ですよね?」
「ああ、その通りだな」
オルレントはこくんと頷いた。
「ではそれを考慮した上で聞きますが、オルレントは私のような人間がリューニアよりかなり弱いってことも知っていますか。」
「そのようなこと当たり前に知っているが、それがなんだと言うのだ?」
やんわりと説明したがこれでは伝わらないらしい。ドラゴン姿で首を傾げている様子は「結局何が言いたいんだ?」と言っているように見える。ハッキリ言わねば通じないのか?なぜそんなところは大雑把なんだ、お師匠よ。
「いいですか、オルレント。人間はちょっとしたことで怪我をするんです。私も例外ではありません。もし魔法が発動できなかったら最悪の場合私は死にますよ。それに万が一魔法が撃てたとしても私の力ではイートさんに勝てないってオルレントだって分かっているでしょう?」
半分は自虐だ。それは私自身にそういった才能がないと自分で思っているからだ。この世界の「英雄」と呼ばれる者達ならばオルレントと同じ状況に陥っても魔法を発動してかつ相手を倒すこともできるかもしれないが、私には無理だ。だけど、それをわかっていれさえすれば別の方法での訓練ができるはずである。私はそう考えながら言ったが、オルレントは「重要なことは勝ち負けではない」と私を真っ直ぐに見つめた。
「お前に魔法を使う感覚を思い出させてそれを掴んでもらうことが第一目的であって、イートを倒すことではない。むしろこのイートを倒せるほどユリアが強ければ訓練を実施する必要すらない。イートとの戦闘はお前の能力強化のための手段だと思え」
「イートさんとの戦闘が手段なんて…そんなことオルレントだから言えるんですよ」
「そうであろうな。しかし、これでも一応お前には若干ではあるが期待しているのだぞ?狩りが成功した暁には食事を豪華にしてやる」
「え!?本当ですか!?」
なんだか話が脱線してきた。それに気がついて冷静になってオルレントを見つめる。オルレントは自身の意見を変えるつもりはないようだし、ブンブン尻尾を振って「早くやろうぜ!」的な雰囲気を醸し出している。それを見ていて結果私の方が折れた。
「わかりましたよ、やればいいんでしょ。でも魔法が使えなくて私が倒れたって知りませんからね!」
言い捨てるとオルレントは「倒れる前提で話をするな」と尻尾で頭を叩いてきた。
「いったぁ!!その尻尾攻撃めっちゃ痛いんですからやめてくださいよ!!」
大層痛かったので叫んで頭を擦る。オルレントは牙を見せて「渇を入れただけだ」と言った。いや、絶対私の反応を見て楽しんでいるでしょその表情!
「さて、雑談はここまでだ。先に俺が実戦して見せる。よぉーく見ておけ」
「え、ちょっ…!!」
私が「まって!」と口を挟む隙もなく、オルレントは手前にいるイートさんに向かって飛んでいく。小さなドラゴン姿のオルレントだが、彼らをここに連れてきたのはオルレント。だからか、彼らがオルレントへ向けるのは恐れ。怖いのか微動だにしない。
「手始めに足止めをする。これを行うと魔法が当てやすい」
解説付き戦闘が始まった。その言葉の後にズドドドドドドドと魔物一体の回りに巨大な氷の杭が突き刺さった。もとより動かないイートさんはこれにより完全に逃げ場を失った。隣にいたもう一体がこれに驚き逃げようとしたが、それに気がついたオルレントに尻尾で素早く攻撃されてあえなく気絶した。ここでも尻尾が武器として大活躍だ。
「足止めをした後は少しずつ体力を削るといい。魔法でもいいし、尻尾のような武器でも良い」
足止めをしたイートさんへ再び視線を戻したオルレントは尻尾でバシバシと攻撃し始めた。大切なことなので一度言っておこう。オルレントの尻尾をただの尻尾だと思うことなかれ。あれは立派な凶器である。自身でも武器だと言っているあの尻尾に叩かれると相当痛いし、手加減されていても時々気を失いそうになる程だ。そして、ここで魔法使ってないじゃんと突っ込んではならない。こういう時弟子は静かに師匠の技を見て学ばなければならないからだ。もちろん、それをせずにオルレントに叱られたのは既に経験済みである!
「ある程度体力を削って相手が怯んできたのならば、最後に止めを刺す。心臓か首が急所だからそこを的確に狙え」
オルレントの声で思考から抜け出した瞬間、嫌な音が辺りに響き渡った。オルレントの氷魔法が宣言通りイートさんの心臓を貫通したのだ、といえばどのような状況かお分かりだろう。パァンッと弾けるように周りに飛び散るものから逃れる術のない私は全身真っ赤に染まった。
「簡単ではあるが以上だ。今ので大まか理解し…、少々豪快にやりすぎたか」
そう言いながら私を振り返ったオルレントは途中で私の惨状に気がついたご様子で、何とも言えないような声を出した。自身が何をしたのか分かったようである。私の現状を見て多少は思うところがあったようで何より。これで何も思わないようなら絶対にキレていた。
「避ければよ…ああ、なるほど。避けられなかったのだな」
目の前に飛んできたオルレントが「避ければよかったのに」と言い切る前に睨んでやった。その言葉は酷いと思ったので「今の状況でできるとお思いですか!?」とちょっと強めに言うと「すまない」と謝ってくれた。
「とまあ、このように魔法を使って仕留めてみるといい」
「ちょっと簡単に言ってくれますがこれ結構難易度高くないですか?イートさん巨大だし、しかも途中尻尾攻撃入っているし。そもそも私尻尾ないし。魔法発動する前にイートさんにやられたらどうしてくれるんです?!」
「反論は受け付けぬ。それに物は試し、という言葉を知っているか?四の五の言わずにとにかくやってみろ」
「うっわぁっっ!!」
最後はオルレントに尻尾に背中をバシィッと叩かれ、強制的にもう一体のイートさんの前に躍り出る形になった。未だ気絶していたもう一頭だったが、私を叩いた後にオルレントが治癒魔法で回復させるとすぐに意識を取り戻した。そんなもう一頭のイートさん、心中穏やかなはずがないし、自分を気絶させたオルレントではなく私を睨んでいるのはオルレントには勝てないと理解したからだろう。そんな鋭い目で見つめないでほしい。
「生き抜けよ、ユリア」
「はあぁぁ!?縁起でもないこと言うなぁぁぁ!!!」
オルレントの言葉に思いっきり叫んでから、私は逃げるように全速力で走り出した。対面していた方向とは逆の森へ向かって。要はイートさんに背を向けたのだ。もちろん、完全回復したイートさんも追ってくる。それでも私はとにかく力の限り走るしかない。作戦はまだ浮かんでいない。とりあえずイートさんに捕まらないことを大前提として倒す作戦を練るための時間を稼ぐことに集中することにした。
「安心しろ、お前の骨は一欠片だって見逃すことなく拾ってやるから」
全くもって嬉しくない言葉が後ろから聞こえた気がした。だが、私はそれに答える余裕などあるはずもなく、とにかくひたすら走り続けた。