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9 前半

【魔法が使えない】


 本日の私はキラスの町に近い森の中におります。今は木陰に座って己の手のひらを凝視中であります。

初めて魔法を使えてから数日経ったが、今はまた以前のように魔法が放てなくなっていた。試験の後に何回か試してみたがなぜかどうしても出来ず、見兼ねたオルレントが辺りを気にせずに魔法練習を行えるようにと今日町から近い森に連れてきてくれた。肝心のオルレントはというと、イートさんを食べたいとのことで只今狩りに出掛けている。なのでその間私はこの前魔法を使った時の感覚を思い出そうと手に意識を向けていた。決してサボっている訳ではない。


「自分が器用とは思っていなかったけれど、これは器用不器用のレベルの話じゃない気がするのは私だけか!?もしかしなくても魔法適応ゼロなんじゃあ…」


何度も失敗をしているので完全にマイナス思考になっていた。それほど魔法の訓練は芳しくない。今日森に来て最初にオルレントが「感覚さえつかめば使用は容易い」なんて言っていたがそういう問題じゃない気がする。


「でも一回は使えたんだし。うー、なんで魔法使えないのかな…」


「そこのお方、魔法の扱いにお困りか」


独り言を盛大に口にした時に後ろから急に声をかけられた。あまりにも驚いたため一瞬息が止まったがすぐに後ろを振り返った。自分達しかいないだろう森で急に声をかけられれば誰だって驚くし警戒もする。例に漏れず驚いた後に私も警戒したわけだが、そこにはフードを深く被ったマント姿の人物が一人立っていた。マントが黒色であることもあり一層怪しく見える。


「何者ですか?」


訊ねながらオルレントの言葉を思い出す。この森は一般人には危険だから人間はまず立ち寄らないこと、人がいないから訓練地としては適していると師匠は言った。そんな場所にいる人物だ、ヤバイ人以外に思い付かない。


「警戒しないでほしい。ただの通りすがりだ」


私が警戒しているのに感づいたのかマントの人が言う。私はそっと立ち上がって謎の人物と距離を取って対面する。


「危険人物が自分のことを“警戒するな”っていうのは常套句でしょうよ。悪いけどあなた見た目がかなり怪しいよ」


そう言うと相手は「だが」と言葉を返してきた。この状況で言い訳してくるとは、怪しくないと言い切れる自信があちらさんにはあるようだ。それならばその自信を打ち砕いてやろうではないか。


「仮に、私が貴女の命、または身柄を狙っているとしよう。本気で狙うならばまず声はかけない。成功率を高めるならばどちらの場合でも奇襲が一番有効だからだ」


「た、確かに…」


冷静に説明されるから私は納得してしまうが、いや騙されないぞ。


「第二に貴女の懐柔が目的だとした場合、懐疑…不安にさせる、または怪しまれる姿はしないで友好的な表情や服装を心がけるだろう」


「それはたしかに!!」


強く、強く頷いてしまう。ハッ、ダメだ!騙されるな、私よ。自分に渇を入れていると目の前の人物は最後に、と口を開いた。


「魔法が使えない上、女性としての魅力が皆無な貴女に利用価値などない」


「はぁぁ!?何その言い方!!初対面なのに酷くない!?でもめっちゃ痛いところを突かれてるし、本当のことすぎるから否定できない!!!まいりました!!」


あっけなく論破されて勝敗が決まった。最後の言葉は普通ならば失礼極まりなかったので思わず叫んだが、自分のことは女子というより男子っぽいって内心で思っていたから一番強く同意してしまった。私が論破されたと分かったマントの人はくすっと笑った。勝利の笑みか!?


「失礼を承知の上で話をした。だが、これで私が危険人物でないことを理解していただけたのならば何よりだ」


目の前の人物がゆっくりとこちらに近づいてきた。負けたことが悔しくて私はじーっと相手を睨んだが、こちらからあちらの目が見えないのならば向こうも私の目が見えていないだろう。要は睨んでも無意味だということだが、睨んでしまう。


「それで最初の話に戻るが、魔法が使えないのならばお主は師匠がおらぬのだろう。私の元で魔法の扱い方を学ばないか」


声の低さから判断するとこの人物はきっと男性だ。しかも魔法を扱うことができるらしい。向こうが名乗る様子もないので仮にマントマンと呼ぶが、マントマンの親切心に疑問を持った。まさか先程の言葉の応酬で完全に疑念が晴れるわけはないし、それは向こうも分かっているだろう。だからお互い名乗らないのだ。とりあえず対面上は普通にしていて質問に答えるだけにしておく。


「師匠はいますよ。只今イートさん狩りに出掛けております」


「狩りだと?魔法が使えない者をこの森に一人残して狩りとは随分薄情な師匠だな」


「薄情って、そんなことはないとは思うのですが…この森って実は結構危険なんですか?」


マントマンの言葉に驚いたので質問をする。マントマンはこくんと静かに頷いてから己の右手を上げて何かを呟いた。すると彼の手の平の上に大きな水の膜が現れた。それが気になってじっと見つめると徐々に水の膜に何かが写し出されていくのがわかった。ぼんやりとした何かが動いているように見えるが、一体これは…。


「この水鏡を見てみろ。これがこの森に住まう者達だ」


「住まう者って。そんな大袈裟な言い方しなく…っうっわあぁー…」


マントマンに一旦視線を向けてから改めて水鏡を見て言葉が途中で変わった。そこには先程のぼんやりとした光景はなく、鮮明に写し出されている動物が何頭かいた。目を細めてよくよく見る。一角を持つ大きな火吹きトカゲや、三つ足の鋭い牙を持つ馬っぽい動物、スライムのような柔らかそうな見た目なのに色は赤黒くて不気味だし手に剣のような武器を持っている謎の生物が蠢いているのが見てわかる。これらの姿を見て私は彼らが何者かを理解した。


「まさかこれって魔物!?しかもこんな見た目が危険そうなものばかりって…。イートさんも危険だけど、もっとヤバイのいるじゃん…全然知らなかった。」


あまりの恐ろしい事実を知って今まで平気だった足が震えてきた。こんな危険な生物達がいる森でなにも知らずに一人でくつろいでいたのか、今この瞬間までなにもなくて本当によかったと安堵する。マントマンは「森の危険性は理解したか」と水鏡を消した。


「これ程危険な森だと知らせなかった師匠を貴女は信頼し続けることができるのか。」


マントマンに今度は問いかけられた。まさかそんな問いかけをされるとは思っていなかったので思わず動きを停止させてしまったが、私の中ではすでに答えなんて決まっていた。


「はい。だって師匠は、こんな普通の人間である私の存在を初めて受け入れてくれた人ですから」


オルレントを信じているというよりは信じていたいという気持ちが今は強い気がするがそれは言わずにはっきりと答えると、マントマンが今度は動きを止めた。なぜ動きを止めたのか分からずマントマンを見ていたら、少しして意識が戻ってきたのか彼は肩で息をしてからこほんと咳払いをした。


「貴女がそう主張するのならば弟子への勧誘するのは止めるが、魔法を使う要点くらいは教えてもよい」


動き出したと思ったら今度は違う案を提示してきた。なぜそれほどまでして私に魔法を教えようとするのだろうか。


「魔法使いってあまり他人に魔法を教えたがらないって聞いたんですけれど、なんで初対面の私にそんな親切にしようとしてくれるんですか。利用価値もない人間に魔法を教えてなんの利益があるっていうんです?利用価値がないと言いながら本当はなにか後ろ暗いことでもあるんじゃないですか?」


あれ、疑問に思ったことをそのままストレートに訊ねちゃった。まあいいか。訊ねた後の事を考えて言いながら反射的に足を後ろに下げたら、マントマンは少し焦ったように「裏はない!」と少し強めに言った。逃げようとしたことがバレたらしいので、足をそっと元の位置に戻しておく。


「…言いたくはないが白状すると、私も駆け出しの魔法使いだったときに貴女と同じような状況に立たされたことがあった。その際に人から魔法の使い方を教えてもらって命拾いをした。それを思い出したから助力しようと思ったのだ」


白状すると言ったマントマンの声は、あまり言いたくないことを言っているからか小さかった。それに直感だが、その話は嘘ではないような気がした。あくまで、直感だけどね。


「…なるほど。それならば見知らぬ人を助ける行動に納得できます」


相変わらず自分は人に甘いなと思ったが、まあいいさ。私は彼のその話を信じることにした。そうだと判断したのならばマントマンにきちんと魔法の要点を教わろう。


「危険人物だと疑ってごめんなさい。ぜひ魔法の扱い方を教えてください」


今まで疑ってきたことを詫びてから自分なりに丁寧に頭を下げた。ここまで疑われて怒るかと思いきや、マントマンは全く怒ることもなく逆に安堵したように見えたのは私の目の錯覚かな。まあ顔は変わらず見えないんだけど。


「気にしてはいない。では早速教えるがその前に一点。もし貴女の師匠が戻る気配があったら私は直ぐに退散するが、その理由は魔法使い同士の決まりだと了承してくれ。」


「了解しました」


魔法使い同士の決まりってなんだろうかと思ったが詳しくは聞かないで頷く。そもそもオルレントは魔法は使うが魔法使いじゃなくてドラゴンだし、私がその事をマントマンにあえて言う必要もない。ここにいない人のプライバシーは守らないといけないしね。


「それでは魔法を指南する前に確認だが、今までに魔法は使えたことはあるか?」


マントマンが聞いてきた。思考から現実に戻り「一回だけ」と言うとマントマンは「一回でも使えたのか」と関心したような声を出した。余程私って不器用に見えるのか、まあ当たりだけど。


「はい。でもたった一回だけでそのあとは全く使えなくて。その時と何が違うのかわかれば対処のしようがあると思うんですけど」


「なるほど。では、その時実際に行った魔法を放つ動作を見せてもらえるか?」


正直に話した私にマントマンが言ってきた。断る理由はゼロなので、「わかりました」と以前試験でやった通りに手の平を前に突き出すポーズをする。その状態のまま黒の魔力を連想し、手の平へ魔力を集めるイメージを描いて最後に魔力を手の平から放つことを想像する。しかし、やっぱり手の平からは何も現れなかった。


「…一応、今のが一連の流れです」


魔法が放てなかったのでなんとなく恥ずかしくなり小声で伝える。マントマンは「うーん」と手を顎に当てて考える仕草を見せた。


「見ただけでは判断を下し難い。更に詳しく調査を…」


マントマンが私に訊ねようとしたその時だ。突如凄まじい地響きと揺れを感じて私達は動きを止めた。いきなりだったので地震かと思ったが揺れは止まることはなく、しかも時が経つにつれて少しずつ酷くなってくる。その地響きと揺れに耐えられずついに私は思わずその場にしゃがみ込んだ。なんだろうかこれは。地震ではなさそうだ。


「ねえ、聞こえますかこの音?これって、地震じゃないですよね…?なんだかすごくすっごく嫌な予感しかしないんですが…」


しゃがんだまま私はマントマンを見上げた。マントマンは両足で上手にバランスを取って立っていられるようだったが、大きくマントが揺れている。


「聞こえている。これは大型生物が発する地響きと揺れだ。貴女の師匠は奇想天外な人物であるようだな。何をしようとしているかは皆目検討がつかぬが、こちらに一直線に向かってきている。」


マントマンは一瞬こちらへ視線を向けた。その瞬間にフードの奥で目が光ったのが見えた。あれは美しい緑の瞳…。


「ここに留まっていると鉢合わせしてしまう。約束通り私は退散させてもらうぞ」


「あ、まっ…いなくなるのはやっ!!」


待って、と言う前にマントマンは一瞬で消えてしまった。あれって転移魔法か?転移って結構高度な気がするんですが、あの人ホント何者だったんだ…とか思っている場合じゃない!!地響きが、地響きが!!どんどん近くなっている。マントマンは音が、大型生物がこちらに一直線に向かってきていると言っていた。どうしていいのか思い付かないのでおろおろする私は完全にパニックに陥ってしまった。


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