8 後半
まるで物語のように美しく輝くガラスの世界。始めはそれを遠くから見ているようであったが映像が動きその世界が徐々に近くなってきた。と、映像の動きが止まりビル群の端の小さな家に視点が移動する。まるで自分が鳥になって空を飛んで移動しているみたいな感覚だ。家の窓から中を覗き込むとそこにいたのは金髪碧眼の青年。本やガラクタに囲まれた小さな部屋に佇む彼は手に一冊の本を持っており、内容を熟読している様だ。
『この世界の発展はかつてないほどの高みへと達した。これ以降の発展は現実厳しいだろう。だが、方法はある。更なる進歩を目指すためには、通常と同じことをしていては変わらない』
青年が口を開く。その声は多少テンションが高いように感じで、口の動きも滑らかだ。
『かつて世界は混沌としていてそれが文明の進化を促した。それならば、同じ状況を作ればいい。俺ならば、その状況を、その存在を産み出すことができる』
青年がそう言い放った瞬間、目の前が一気に闇と化した。そして聞こえてくるのは人々の悲鳴。徐々に目が暗闇に慣れると、あちらこちらで火が上がっているのが見えた。あの綺麗だった世界が燃えている。
「学者は己の探求心に逆らえず、恐ろしい存在を作り上げてしまいました。それは“魔王”」
シルビアの声に誘われる様に暗闇の中に現れたのは二本の角を持ち、闇に混ざらないような長く美しい白髪の人物。後ろ姿だが、その恐ろしさ、不自然さ、歪さを肌で感じた。思わず息を飲む。するとそれに気がついたかのように青年がこちらを振り返った。その表情は無表情なのに口許だけ笑っている。そして見てしまった。魔王の腕に抱かれている金髪が赤く染まった青年の姿を。
『愚かな学者には感謝せねばなるまい。こいつがいなければ我は生まれなかったのだからな。』
魔王は口許に笑みをたたえ、なんの躊躇いもなく青年を手放した。暗闇に落ちる青年。闇に飲まれ姿が見えなくなった瞬間、落ちたと思われる場所から光が溢れる。それを見て魔王は高笑いをした。
『我は産みの親の願いを叶え続けなければならない。そのためには我に対抗できる者が必要だ』
光が溢れた場所がアップされる。そこには数人の人間の姿があった。だが先程の美しい世界で見た人たちとは何かが違う、気がする。気だけだ、何が違うのか全くわからない。
「魔王はすべての人間を滅ぼさず、わずかながらの人間を残しました。しかもただ生き残らせただけではなく、特別な力を与えました。それはとても不思議な力でした」
また場面が変わった。厚い雲に覆われた暗い世界だった。乾燥しているのか地面がひび割れ、枯れた木々が立ち並ぶ荒れた土地。そこに立つのは色とりどりの髪色を持つ青年たち。剣や杖を持っているところから彼らが勇者一行だろうと推測する。
「魔王は人間に“魔法”と後に言われる力を与え、人間に己を倒すよう仕向けました。何も知らない人間は何度も何度も魔王に立ち向かいました。しかし、魔王はとても強く、人間では歯が立ちませんでした」
バタバタと目の前の青年たちが倒れた。倒れた先にいるのは白髪の青年。魔王だ。魔王はとても退屈そうに口を動かした。まるで「つまらん」と言っているようだ。
「多くの人間が倒され、絶体絶命かと思われたそんな時です。ついに天から救世主が現れたのです」
雲に覆われていた空が割れ、日の光が差し込む。そこから誰かが地上に降りてきた。
魔王の目の前に可憐に着地したのは、長い黒髪を風に靡かせる青年。こちらに背を向けているが、その逞しい背中には黒く大きな翼が。まさか天使か?
『古き時代の忌み子よ、今さらここへ何をしに来たのだ』
魔王がひどく退屈そうに言う。「忌み子」と言われた青年は何も言わず腕を魔王へと伸ばした。その伸ばされた手が微かに光っている。青年が何をしているのか、それだけは分かった。あれは手に魔力を集めている。しかも、かなり高密度だ。
『お前を倒しに来た』
黒髪の青年が言った瞬間、彼の手から強烈な光が放たれた。あまりの眩さに目を閉じると同時に魔王の断末魔が聞こえた。一体何が起きたんだ。
「こうして魔王は倒されました。魔王を倒したのは人間ではなく、かつて人間に忌み嫌われていた者達の進化した姿でした」
目を開けてみる。場面は先程と同じ荒れた土地だが、日が差し込み始めて明るくなってきている。その場所で一際大きな存在感を示しているのは黒い翼の黒髪青年。彼は地面から少し浮いており、目の前の人間達を見下ろしている。目の前の人間は先程魔王に倒されていた者達だ。どうやら一命をとりとめていたようだ。
『その御姿は伝承より語られる古き時代に世界を治めていたという神の姿そのもの。もしや貴方様は神なのですか』
「魔王を討伐した真の勇者を見て人間は言いました。ですが、真の勇者は首を横に振り否定し、人間達を見下ろしたままこう言いました」
『我らはかつて人間に縁起の悪いものとされて嫌悪されていた一族の末裔である。神ではない』
「翼の勇者は人間の言葉を真っ向から否定し、続けます」
『魔王を倒したのは我らの土地が脅かされる恐れを拭い去るためであり、人間のために討伐したのではない』
人間サイドを見る。今の言葉で彼らの表情がどのようになるのか見たくて視線を移したが、黒髪青年に厳しい事を言われても人間達は感謝の表情を捨てていないようだった。しかし、真の勇者は無表情だ。
『今回は我が倒したが、魔王は時を経て再び姿を現すだろう。その際は人間だけで対応しろ、お前達人間が魔王を作り上げたのだからな。我らは手を貸さぬ』
そう真の勇者に言われて人間達の表情に落胆の色が広がった。中でも最も落ち込んでいるのは短い白銀の髪を持つ青年。青年は下を向いて涙を隠している。なぜあの人は泣いているのだろうか?
『ただ』
勇者が言葉を続ける。その言葉に泣いていた白銀髪の青年が顔を上げると、どうやら翼の勇者と目が合ったようだ。目が合ったのがわかったのか、翼の勇者は白銀青年の前に降り立ち、彼の両肩をガシッと掴んだ。
『我が国の建国を手助けした者と同じ心を持つものが現れた場合には、知恵は貸してやろう』
『っ!!カザレント…!!』
白銀の青年が翼の勇者に抱きついた。勇者はそれを受け止め、今まで固かった表情が嘘のように優しさで溢れている。それを見ていて分かった。翼の勇者が言う“建国を手伝った者”が白銀髪の青年であるということ、そして彼らが友達なんだということが。そう思ったらなぜか涙が溢れそうになった。
「こうして魔王は倒され、世界に再び安寧がもたらされました。魔王を倒した翼の勇者は古の神の名から“リューニア”と呼ばれるようになり、彼が率いる一族は以後“リューニア族”として世界最強の種族へと位置付けられました。」
また場面が切り替わった。写し出されたのは先程の翼の勇者で、場所は岩山の頂きだろうか。頂きに立つ勇者はオルレントの少年姿と似たような民族衣装っぽい服を着ている。空は快晴で、まるで勇者を守るように何体ものドラゴンが周りを飛んでいる。きっとあれが勇者が率いているリューニア達なのだろう。
「しかし初代勇者・カザレントが言ったように魔王は時を経て定期的に復活を果たします。人間達は初代勇者の言葉を語り継ぎ、魔王が現れた際は初代勇者の友人と同じ心を持つ者を探しリューニアの知恵を借りて魔王に立ち向かうようになります。」
場面が変わる。大理石で出来た王宮のような場所で王座らしき場所にいるのは黒く大きなドラゴン。あのドラゴン、オルレントにとても良く似ている。ただいつもより大きい気がするからもしかしたら他竜の空似かもしれない。そしてオルレント(仮)の前にいるのは人間の勇者一行とおぼしき者達。結構な人数がいるが、特に目を引くのは茶色のロングヘアの美少女と金髪ショートの美少年。声は聞こえないがその二人がオルレント(仮)と会話しているようだ。
「人間と魔王の長きに渡る戦いはいまだ終わりません。」
場面は変わり、今度は立派な城が写し出された。その後はパッパッと場面がどんどん変化して城の内部や城の人たち、人間の勇者と思われる人々が次々に写し出される。テンポのよい切り替えはすぐに終わり、どこかの薔薇園が写し出される。この場面になったら素早い切り替えは終わった。写ったのは一面に咲き乱れる薔薇。その花弁は全てオレンジに彩られとても美しい。そんな美しい風景の中にその存在感を隠しもせずに立っているのは黒髪の青年。背中を向けているのに、なぜか目が釘つけになる。
「初代勇者の時代からリューニア族は、人間と魔王の果てのない戦いの歴史をずっとずっと見つめているのでした」
『 』
まるで何かに呼ばれたかのように勢い良く青年が振り返った。振り返った瞬間の青年と目が合う。金の瞳が、私の目を捕らえたかに感じたその瞬間だ。パッと目の前が黒くなり、その次の瞬間に上から光が差し込んだ。急激に視界が変わって光に照らされて、思わず目を閉じた。
「「おしまい」」
双子の声が重なって聞こえた。それに促されるようにゆっくりと目を開けると、そこは先程の広場。きょろきょろと回りを見ると、隣の椅子には相も変わらず餅のような小鳥がぽつんと座っている。目の前に目を向けるとシルビアとオリビア、ルティアもが可憐にお辞儀をしている。それを見てようやく詩が終わったのだと実感した。
「お姉ちゃん!!どうだった!?」
お辞儀を終えてすぐにシルビアとオリビアが駆け寄ってきた。二人に勢い良く迫られたが、先程の詩のリアルさにテンションが上がっていて全く臆することもなく「すごかった!」と言った。
「臨場感溢れてまるでそこにいるかのような感覚だったよ!あの映像も魔法なの?」
「そうだよ!映像はオリビア担当なんだ~!すごいでしょ!!」
シルビアが嬉しそうに答えながらオリビアを誉めた。対してオリビアは恥ずかしそうに顔を赤くしている。照れている姿は可愛いな。
「そういうシルビアの語りもすごかった!!台詞覚えるの大変だったでしょうに」
シルビアも照れるのかと思って誉めてみる。するとシルビアは「誉められた!嬉しい!!」ときゃっきゃしている。あ、はい。双子でも反応が違うのね。
「小鳥さんはどうだった!?」
一通りはしゃいだ二人は次に隣のオルレントへと感想を求めに行った。石畳に膝を付いて椅子に手を乗せてオルレントを見る体勢はそっくり。オルレントがどのように回答するのか気になって目を向けると、小鳥は小さな羽をピッと上げた。途端に双子がそのまま後ろにコテンと倒れ…、るその前になぜか私が倒れた。背中からどしんと石畳の上に倒れた。
「いってぇ~…何が起こったんだ?」
ついでに後頭部も打った。これは地味に痛い。椅子が低かったからまだよかったなと思いつつ椅子を起こしてから立ち上がると、私より後に倒れた双子はすでに起き上がっており先程と同じ格好でオルレントを見ているが、先程とは違い興奮しているようだ。
「追尾魔法発動後に転ばせる魔法を返された!?」
「返されたんじゃなくて書き換えられてるよ!!お姉ちゃん経由で私たちを転ばす魔法でしょこれ!?小鳥さん魔法上級者だね!?」
「ってかそんなひどい魔法かけてたんか、君たちは!!」
昨日双子にかけられた魔法が分かった。追尾魔法が解けた時に転んだのは双子の魔法が原因だったとは思ってもいなかったから思わず突っ込んだ。そして同時にオルレントが私にかけた魔法も分かった。彼女達は「私経由で転ばした」と言っていた。ということは、私が転べば彼女達も転ぶのだ。なんだその小学生のようないたずら魔法は。オルレントも酷いな!
「貴女達が先にお嬢さんに魔法をかけたのでしょう。おあいこですよ」
ルティアが微笑みながら近づいてきた。「いや、私的にはまったくおあいこじゃないんだけど!」と言いつつ見上げると彼女はくすくす笑っている。彼女的にはこのことはお遊戯のようだが、当の私は笑ってはかわせない。
「ぴーっぴ」
「ああ、そうでしたね。三人の可愛いやりとりに忘れるとことでした。お嬢さん、私たちの詩はいかがだったでしょうか。気に入っていただけましたか?」
またもや小鳥オルレントに促されこちらに質問をしてくるルティア。その声に気持ちを落ち着かせてから気を取り直して私は頷いて「聞けてよかったです」と素直に返した。
「初代勇者と銀髪青年の友情が垣間見れた場面が特によかったです!あの二人の建国の話に興味がわきました!」
「あら。お嬢さんはそちらに興味が向きましたか」
感想を述べるとルティアは意外そうな顔をした。頬に手を当てる仕草が素敵すぎるなんて思っていたら肩に小鳥が止まるのを感じた。そちらに目を向けようとする前に、トトトトトトとすごい勢いで肩を嘴でつつかれる。
「イタタタタ!なにしてんですか、オルレント!!」
小鳥を手で払おうとしたら今度はその手が餌食に。嘴で噛まれるって小鳥でも結構痛いのに!そう思って小鳥を捕まえようとしたが、その前に宙へ飛び立ちやがった。
「あの小鳥め…って、今はいいや。とりあえず、三人とも素敵な詩を聞かせてくれてありがとうございます」
とりあえずオルレントのことは放っておいて、頭を下げて三人にお礼を言う。顔を上げるとなぜか双子は固まっていて動かない。一方のルティアは「どういたしまして」と笑う。というかいきなりどうした双子よ、何があったんだ?先程までの元気どこいったよ?
「話も聞けたことだしそろそろ移動するか、ユリア」
オルレントの声が聞こえた。どこにいるのかと思ったら頭の上に若干の重みを感じた。頭に降りてきたのか。
「小鳥の真似はもういいのですか?なんでそうしていたかは聞きませんが、それより次はどこ行くんですか?」
人語になったオルレントとようやくまともに話ができる。小鳥の真似については聞かないことを宣言しておいてから行き先を聞く。
「いく場所が決まっていないのでしたら」
私たちのやりとりを見てルティアが声をかけてきた。
「まだこの時間ですし、私達の泊まっている場所に来ますか?昼食をご馳走いたします」
「うわぁ、いいんですか!?嬉しいです!行かせていただきます!!」
「おいユリア、お前図々しい事を言っているのを理解しているか?そして回答する前に俺の意見を聞け!」
小鳥がなんか言っている。けれど、せっかくルティア達と知り合えたんだ。仲良くなりたいじゃない。そう言うとオルレントはため息ながら「仕方ないな」と許可してくれた。やったね!
こうして私たちはルティアと双子が泊まる宿へと向かった。ルティア達との昼食はとても楽しくその後はおとなしく宿に戻ったが、そこで例の地獄の書き取りが待っていた。だが、余韻のお陰で勉強が捗ったことは私にとって嬉しい誤算であった。オルレントはなんとなく悔しそうだったが、私は気づいても口にしなかった。