神様気取りで夜の帳
真っ暗闇で私は一人。
静寂だけ。それだけが、そこにはあった
手を前に伸ばす。
掴める物は無く、空間だけが広がっている。
私はここをこの世の始まりと定義してみる
きっと神様も最初は今の私と同じで。
独りぼっちで真っ暗闇の静寂にいたのだろう。
そりゃあ生き物を作りたくなる気持ちも分かる。
私は目を閉じて、想像する。
目の前に広がるのは、、
そう街だ。
人が行き交う繁華街。
お酒を飲んでべろべろになった会社員が2人。肩を組みあってふらふらと私の横を通り過ぎる。
居酒屋の看板、店内から洩れる光、さまざまな喧噪。
いらっしゃいませと声を上げる店員、他愛のない話で笑いあう大学生のカップル、ソフトクリームを舐める子供とその両脇で笑いあう両親
私は想像する。
創造する。
目を開ける。
そこには相も変わらず静寂と暗闇。
私は少し哀しくなって、あとは安心。
結局私は神様では無かった。
私は目を閉じる。
そこは教室。
私は高校生だった。
懐かしい黒板や机。
深呼吸をすると、当時の匂いがそこにはあった。
「ねえ、***さん」
振り返ると、女の子がいた。
私はこの子を知っている。
白いカーディガンを着て、三つ編みのツインテール。
顔立ちは整っていて、誰からも愛される。愛くるしい笑顔を見せた。
いつもこの子の周りには沢山の友達が集まっていた。
私は一度しか話したことがないのだけれど、
「高橋さん、、、」
私は声を出した。声を出したのは数か月ぶりだった。
「ちょっとお話しない?」
高橋さんは、近くにあった机に腰かけた。
私はどうしていいか分からず立ち尽くした
高橋さんはにっこりと笑いかける
「そんなに固くならなくたっていいのに」
「そこ、座って」
高橋さんに言われた通り、私は高橋さんの隣の机に腰かけた。
「久しぶりだね。髪伸びたね」
「...あんまり髪切らないから。多分この前切ったのは...ずっと前...」
「だめだよ、ちゃんと切らないと。女の子なんだから、」
高橋さんが私の髪の毛に触った。
私は驚いて、身を縮こまらせた。
高橋さんが私の髪を梳くように手を滑らせる。
引っかかると両手を使って丁寧に、髪を梳かしていた。
「最近は何してるの?」
高橋さんが私の髪を梳きながら尋ねてくる
「...別に、何も...」
「えー、うふふ。何もってことはないでしょ。...教えてよ」
「...本当に...何も...」
私は実際、本当に何もしていなかった。
カーテンの閉め切った部屋で天井を眺めていることもあれば、ベッドの上に腰かけてただ暗がりを見つめていることもあった。
お腹が空いたら、部屋の前に置かれたご飯に手を付ける。
そして、朝なのか昼なのか夜なのか分からないまま、眠ったり起きたりを繰り返していた。
今が何年の何月の何日なのかも覚えていないし、
自分がいつからこうしているのかも分からない。
私が黙り込んでいると、高橋さんは私の頭を優しく撫でた。
そして、私の耳元に顔を近づけ、囁いた。
「もう、戻っておいでよ。寂しいんでしょ?」
私は首を横に振った。
寂しくなどない。
私は、寧ろ安心していた。
ここには、私を非難したり、否定したり、私に期待したりするものは何も無かった。
私はこの狭くて、静かで、暗闇だけの世界でも十分だ。
それに、こうして高橋さんとも会えるのだから。
高橋さんは寂しそうに俯いている。
さて、そろそろまた別の想像に行くとしよう。
私は高橋さんのことを名残惜しく思いながらも、目を開いた。
しかし、高橋さんはそこにいた。
私は困惑し、何度も瞬きを繰り返すが、静寂と暗闇で出来た世界には戻ることは無かった。
高橋さんは私に手を差し伸べる。
「行こう。***。私はあなたをここから出してあげる」
私は何故か涙を流す、理由はさっぱり分からない。
ただ私は、高橋さんの差し伸べる手を強く握った
神様気取りで夜の帳 -終-