疾走
ストリーキング―――
公共の場、衆目の中を全裸で走り抜ける行為。端的に言えば犯罪である
何故敢えてこんな物を書くのか、と問われれば、笑ってしまったからだ
物書きとは狂気を御せる人間にとっての天職の一つである
私は駄文書きの一人に過ぎないが、そんな人間の作品が増えるよう願っている
「本当にやるのか?」
「ああ。約束を破らないことだけが、私にある只一つの美徳だ」
話しながら、男は衣服を脱ぎ続ける
一つ脱ぐ度に、その鋼のように引き締まった肢体が露になっていく
遂に、男は最後の一枚に手をかけた
まるで躊躇することなく、その一枚を膝の下まで一気に下ろす
男の覚悟が、その姿を現した
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男の脱いだ衣服を纏めつつ、その友が言う
「じゃあ、俺はここまでだ。捕まるなよ」
「ああ。力の限り私は走り続ける。どうか見ていてくれ」
最後に友へと微笑むと、男は振り返る事無くビルの谷間から歩み出ていった
最初の悲鳴が、響き渡った
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男が最初に行ったのは、入念なストレッチであった
ぶら下げたその姿のまま、アキレス腱を伸ばし、ハムストリングを伸ばす
そうこうしているうちに、制服姿の警官達が物々しくも駆けつけてきた
何と話しかければ良いものか
怒鳴りつけて逃げ出されては面倒だ。被害も拡大する
手にした毛布で覆わんと、じりじり距離を詰めながら言葉を発する
「何故、君はこんな真似をしたのかね?騒ぎになる前に大人しくしなさい」
一瞬、男は沈痛な面持ちをして俯いた。そして顔を上げ、フッ、と笑った
「私は世界選手権二位の男だ。話を聞きたくば、まず捕まえるがいい」
言うや否や、男は振り返って走り出した
警官達は、追いかける
男のスピードは、次元を超えて上がってゆく
彼を止められる者は、いない
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路上を、人の隙間を、駆け抜ける
驚きのあまり尻餅をつく女性もいる。目を剥く、とはこの表情を指すのだろう
どうか安心して頂きたい。私は人畜無害だ
人の隙間を縫って走るうちに、制服達と車で作ったバリケードが目についた
どうやら何があっても通さない腹づもりらしい
押し寄せる制服の人垣を、フェイントと手を駆使して掻い潜る
車の前でロンダートから踏み切り、車に手をついて高く跳ぶ
前方伸身宙返り3/2ひねり―――
身を擦る風に、息子がはためく
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「捕まらなかったのは流石だが、少々騒ぎになってしまったようだな」
「ああ。この後、自首しようと思っている」
一枚ずつ、衣服をその身に纏いながら男が答える
全てを着終えた後、男は少し考えてチャックを開いた。これは今日の勲章だ
七月の空はどこまでも澄み渡り、遠く飛行機が雲を曳いてゆく
一つを成し遂げた男は、躊躇することなくビルの隙間から歩み出ていった
飽くまで、架空の話である。どうか真似をしないで頂きたい
くだらない怒りを忘れる為には、くだらない冗談が最も適している
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