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CASE.1 こっくりさん (4)

ケース1なのにまだ続きます、我ながら長いな。。。

ジャリ、とガラス片を踏み付ける音がする。

もう何十年も使われなくなった古びた校舎の中は荒れ果てており、かつて子供たちの学舎だったはずのその場所は既にその面影を残していない。


残っているのはところどころにある落書きと、散乱したガラスやゴミ……当時使われていたであろう机やイスばかり。



こっくりさんに取り憑かれたと思われる友人を救って欲しいと赤毛のポニーテール少女〈大空 真白〉に助けを求められ、シャードはかつては高校だったという廃墟へとやって来ていた。


初めは大人達を頼り助けを求めながらも、子供の言うことだからと信じてもらえなかった彼女に同情しなかったといえば嘘になる。それでも、必死になって自分に助けを求めに来た彼女を冷たく追い払えるほど、シャードは冷酷になりきれなかった。


「つ、つつつつ月神センパァイ!置いていかないでくださ……ひぃいいッ!?!?」

『うるせぇな声が響くだろッ!』


────現在、若干その事を後悔しつつあるが。


『お前が《証拠は現場に残ってるものです!》とか言うから来たんだろ、お前が一番びびってどうすんだ……

ってか、前にもここに来てんだよな?』

「ま、前は"お化けなんていないさ精神"で来たものですから……」


ビクビクと蒼白な顔でシャードの腕にしがみつく真白は、案内役を任されているにも関わらず怖がるばかりで、正直全く役に立たない。なんなら、ちょっと邪魔なくらいだ。


侵入者の悪戯なのか元からそうだったのかは分からないが、廊下には足の折れたイスやら落書きの走った机やらが出しっぱなしになっており、時にバリケードのようなって立ち塞がっている。引っ付かれながら歩かれてはたまったものでは無い。


『だぁー鬱陶しい!!歩きにくいだろ離せよ!』

「いやいや、こういうのって離れた人が一番最初に襲われるっていうお決まりパターンなんですよ!?私が"こっくりさん"に襲われでもしたらどうするんですか!?」

『いや、離れた人って言ったって……そもそも2人しかいないだろ……』


こんな調子なものだから、屋上に向かうまでの校内の調査なんてあったものじゃない。

時折割れた窓から吹き付ける風の音に悲鳴をあげ、教室から見える棚の影に怯え、何も無くても恐怖で立ち止まる。おまけには……


「せ、センパイ……トイレに行きたいんですけど……」

『お前マジでいい加減にしろよ……』


えへへ〜と笑顔を浮かべてそんなことを言い出すものだから、女子相手に思わず頭をひっぱたきそうになった。


『本当に友達助ける気あんのか?』

「あるに決まってるじゃないですか!!

た、ただ、緊張するとどうしても近くなるって言うか……女の子にそんなこと言わせないでくださいよ!!」

『勝手に喋ったんだろうが……』


だんだん痛くなってきた頭を抑えながら、シャードは大きなため息をつく。本当に大丈夫なんだろうな……と先が思いやられながらも、仕方が無いので近くのトイレまでついて行ってやることにした。



「ぜ、絶対にそこから動かないでくださいね!?」

『わかったって……早く済ませてこい……』


女子トイレの前で待機しながら、シャードは既に疲弊しきった頭でぼんやりと今日のことを思い返す。


なし崩しというか情に流されてというか……結局ここまで着いてきてしまったのだから、自分にできることをやらなければならない。

とはいいつつも、正直解決策が全く頭にないまま来てしまったのも事実である。


『……かと言って、手ぶらで父さんや母さんに相談するのもな……』


頭では理解している。

これは自分たち〈子供〉だけでは手に負えない事件だ。


相手が霊障相手となると、警察は動くことはまずないだろう。

となれば、ここは"そういう事"に詳しい父のイクスや母の百合根に相談するのが一番正しい。そうすることが解決への近道だし、一番良い方法だ。


けれど……



────本当に他に頼るところがなくて!



────……したには、したんですけど。お母さん……私のお母さんと担任の先生、それから……香織ちゃんのお母さんにも……でも……



必死に縋られた。

見ず知らずの少女、名前も知らぬ少女が、自分に助けを求めにあそこまで必死に食い下がってきたのだ。


シャードは窓に映る己の姿を見つめながら、右手でそっと自分の目に触れてみる。父親譲りの緑色の目。ずっとずっとこの目が嫌いだった。

見たくもないものを見せられる……そのくせ、肝心の見たいものは見えていないような気がして。


そんな目が、いま、誰かの助けに……必要とされるかもしれないと。


そう思ったら、誰にも相談することなくここまで来てしまった。もちろん真白にはまだこの目のことを話してはいないが、彼女には適当な説明をしておけばいいだろう。ざっくりと霊能力だとか何とか言って。



『(父さんや母さんには……あとでめちゃくちゃ怒られるんだろーな)』


電話の1本でも入れようかとも思ったが、言ったら最後絶対に反対されることは容易に想像がついた。

あの人たちは過保護だからな……とつい苦笑いをする。


いや……当然か。いま、自分たちがやっているのは立派な不法侵入なのだし。心配とかそれ以前の話だ。


『(…………とにかく!まずは現場を見てみて、手がかりになりそうなことを探す、父さんと母さんに相談するのはその後でもいいだろ)』


頭の中を整理出来たところでヨシ!と気合を入れ直すと、ちょうどトイレから水の流れる音がする。少ししてから、慌ただしい足音と共に真白が女子トイレから飛び出してきた。


『おー、早かったな』

「よ、よかった、センパイちゃんといてくれたんですね……」


ほーっ……!と安堵したように息をつく彼女に向かって「失礼なやつだな」と眉をひそめる。


『お前がここにいろって言ったんだろ』

「いや〜そうなんですけど!いてくれなきゃ困るんですけど!だってセンパイ、意地悪で置いて行っちゃいそうだったから」

『……あぁ』

「なんですかその《その手があったか》みたいな顔!本当にやめてくださいね!?」


必死の形相でぎゃいぎゃいと騒ぐ真白の顔を見て、シャードは思わず吹き出してしまった。冗談のつもりだったのに、彼女はすぐ本気にしてしまうタイプのようだ。


『冗談だって、冗談……こんな時に女の子を置いていくわけないだろ』

「えっ」

『そんなことしたら、ライトに兄さん最低!って叱られちまう』

「えぇ……」


ちょっとだけときめいた自分の気持ちを返してほしい。


真白はそんなことを思いながら、不貞腐れたように口を尖らせる。いや、こんなことを頼んでおいて不躾なことを言える立場ではないのだけれども。


……と、考えている途中で先程のシャードから耳に新しい名前が出てきたことに気がついて、おやと首を捻る。


「センパイ、その……"ライト"?っていうのは一体──」

『おぉ!よくぞ聞いてくれました!!』


真白が口を開きかけた瞬間、待ってましたとばかりにシャードの瞳が輝いた。声色は先程よりも明らかにワントーン上がっているし、何やら興奮気味だ。


「えっ、え?なんです急に」

『ライトはなぁ!!

聞いて驚け!俺の可愛い可愛い妹だッ!』


シャードはそう言うと、ポケットの中からスマートフォンを取り出し手慣れた手つきでスワイプしたかと思うと、突然ずいっと画面を真白に向けて突き出した。


『見ろ!この美少女を!!

21世紀……いや、この世が始まって以来の愛らしさを持った俺の妹!!真面目でしっかり者な上に、優しくて可愛くてもはや天使としか思えない』

「え、えぇと?」

『今年で14歳になるんだけど、最近俺に構ってくれなくなったんだよな……思春期なのかな……いやでも、大人の階段を登っていくライトもめちゃくちゃ可愛いけどな!』

「センパ」

『あ、これ見ろよライトの中学の入学式の時の写真!

この時はまだ制服も着慣れてなくてさ、緊張して表情硬くなっちゃってて〜……あー何度見ても可愛いなぁ!な!可愛いよな!?』

「…………は、はい」


そう食い気味に熱弁されては、真白もただただ頷く事しか出来ない。どうしよう、ある意味で地雷を踏んでしまったかもしれない。


だらだらと冷や汗を書きながら目の前で妹について熱く語り始めてしまった男に、真白はどうしたものかと頭を悩ませる。


『1番新しいのだと、花見の時の写真かな〜!

俺んちの敷地にある桜が毎年結構綺麗に咲くんだけど、そこでおにぎりを頬張ってるこのライトがすげぇ可愛くて〜…………』


と、突然話の途中でシャードの口がピタリと止まった。

真白が不思議そうに「センパイ?」と困惑気味に呼びかけると、彼の視線がゆっくりと真白の方へ向く。


『……そういや、大空は俺ん()が神社だって知ってたよな……誰から聞いたんだ?』


別の話題に切り替わったことに内心ガッツポーズを決めながら、真白はにこやかに「ええとですね」と返す。


「実は私、生まれはこの町じゃないんですよ。

小6の時くらいにこっちに引っ越してきたんです」

『へぇ、この辺りだと珍しいな』


シャード達の住むこの町は、新しい人間が次々と入れ替わる都市部よりはどちらかと言えば、引っ越してくる家族はあまりいなく、幼少から顔見知りと一緒に大きくなっていく事の方が多い。


「そうらしいですね。そのせいか、最初の頃はなかなか友達ができなくて……元々、腰を悪くしたおばあちゃんと一緒に住むためにここに越してきたので、その頃はずっとおばあちゃんと一緒に過ごしてました」


真白はそう言って、どこか懐かしそうに目を細める。


「その時、おばあちゃんが言っていたんです。


《この町は昔から不思議なことが起こりやすい町だから、もしも困ったことがあったら"月神神社"の神主さんを頼りなさい》って」

『へぇ、おばあちゃんが……』


よくもまぁ、余計な事を。

そう思わなくもなかったが、彼女と祖母の大切な思い出なのだろうし、そんなことを言うのは野暮というものだろう。


「まぁ正直、直前まで忘れていたんですけどね、あはは……」


不意に彼女がピタリと止まった。

俯いた視線の先にある空き缶を軽く蹴飛ばすと、カランッと軽い音を立てて転がっていく。


「……本当にどうしていいか分からなくて。

誰も私の話を信じてくれなくて、香織ちゃんの様子は悪化するばかりで……本当に、どうしようかと思いました。


藁にもすがる思いっていうか……気がついたらおばあちゃんの仏壇の前で手を合わせていました。

その時、ふと思い出したんです。おばあちゃんの言っていた事……月神神社の話」

『……ふーん』


転がっていった空き缶を見つめる真白の背から、心寂しさの影が滲み出すのが見えて、シャードは何となく視線を逸らす。

けれどそんなことはつゆ知らず、真白は精一杯の笑顔を浮かべてシャードの方を振り返った。


「だから私、本当に嬉しかったんですよ!センパイが私の話をちゃんと聞いてくれたことも、信じてくれたことも、こうして一緒に来てくれていることも……


────ありがとうございます、月神センパイ。

センパイがいなかったら私、今ごろ家に帰って泣き寝入りするしかなかった」


……その言葉に他意もなければ、嘘もない。シャードにはそれが分かった、何も"視えないから"。

純粋な感謝の形、言葉、それでも自分には何故か、その言葉を素直に受け取る資格がないように思えてしまう。


『……ばーか』


何となく返す言葉が思いつかなくて、何となくの照れくささで真白の額を指で弾く。ピシッと小気味の良い音がすると同時に「あいたァ!」と悲鳴が上がった。


「な、なにするんですかぁ!?」

『ありがとうもなにも、まだ何も解決できてねぇだろ』


呆れたようにそう返せば、真白は不思議そうにきょとんと目を丸くして……少ししてから、プッと小さく吹き出した。


『なに笑ってんだよ』

「いいえ〜なんでもありません!……センパイは分かってませんねぇ」


コツン……と靴のなる音がして、二人同時に立ち止まる。

目の前には1枚の扉があり、ドアノブには〈この先屋上、立ち入り禁止〉の札が掛けられてある。しかしながら、それすらも落書きやキズまみれで既にボロボロだ。気持ち程度の南京錠すら、とうの昔に壊されて床に転がっている。


「────それくらい、嬉しかったってことです!」


真白はドアノブに手を掛けながら、シャードを振り返ってにへらと笑った。今日、これまで見た彼女の笑顔の中で、一番"彼女らしい"と思える笑顔だった。

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