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CASE.1 こっくりさん (3)

※こっくりさんの説明などが出てきますが、ざっくりしてるので間違えていてもあまり深く考えずに頭を空っぽにして読んでください※




そもそも、事の発端は香織が持ち出してきた《とある噂話》がきっかけだった。


「ねぇ、こっくりさんってあるじゃん?」

「こっくりさん?……あの、紙の上に10円玉を乗せてやるやつ?」

「そうそう。最近、うちの学校で流行ってるんだって」


流行に敏感な女子高生にとって、「みんながやっている」というだけでどんな事も魅力的な何かに聞こえる。

二人も例外ではなかったと言うだけのこと。



こっくりさん……「キューピッド」やら「キラキラさま」やら「エンジェルさま」やら、呼び方を変えて世代を越えて、それでも元の大筋は同じだろう。大抵の人が一度は学校で聞いたことがあるような、よくある怪談。


紙の上に鳥居の絵を描き、五十音や性別、「はい」と「いいえ」、0~9までの数字などを書き、10円玉を載せてその上に指を添える。

呼び掛け方は様々だが、定番なのは「こっくりさん、こっくりさん、おいで下さい」だろうか。その掛け声に引き寄せられた霊が、紙の上の10円玉を動かし参加者のどんな質問にも答えてくれるという。



「流行ってるって……つまり、こっくりさんが本当に出るってこと?」

「そうらしいよ」

「嘘だぁ!」


冗談でしょと笑えば、香織が不意に真剣な顔をして「それがね」と続ける。


「本当に出るらしいよ、そのこっくりさんの正体も判明してるんだって」

「……"こっくりさんの正体"?」


その言葉自体にどこか引っ掛かりを覚える。

昔どこかで聞いた話では、こっくりさんというのは狐の神様とか言う話ではなかったのか?


「それがね、私もそう思って調べて見たら……そもそもこっくりさんって(きつね)(いぬ)(たぬき)って書いて〈狐狗狸(こっくり)さん〉って言うんだって」

「へぇ!狐だけじゃないんだ」

「それどころか、実際は動物だけじゃなくて、その辺に彷徨いてる適当な幽霊とかが現れる場合が多いみたい」


そう話す香織に、ただ「へぇ〜」と興味深げに返事をする。オカルト系統の話は聞く分には好きだけれど、自分から調べてみるということはなかなかしないから知らなかった。


「……ん?じゃあつまり、その流行ってるこっくりさんの正体って言うのは?」

「……うん、それがね……ここから30分くらいの所に、うちの学校の旧校舎があるのは知ってる?」

「え、そんなのがあるの?」


驚いて目を見開けば、香織は「うん」と頷く。しかし、それとこっくりさんに何か関係があるのだろうか?その表情はどこか堅い気がするのも気になった。


不思議に思って首を傾げると、香織があのね、と再び口を開く。


「あそこが使われなくなった理由って、校舎自体が古くなったっていうのもあるんだけど……出るらしいんだ」

「出るって?」

「あそこがまだ学校だった頃、いじめられて自殺した女子生徒の霊がね……出るらしいよ」

「えぇ〜?ほんとでござるか〜?」


自分を怖がらせてからかいたいんだ、と思った。

そんな取ってつけたような噂話が、身近にあるとはその時の自分には到底思えなかったから。


けれど、香織の表情が変わらないことに気がついて思わず息を呑む。


「……え、本当なの?」

「…………うん」


どこか俯きがちだった香織はそう頷くと、パッと顔を上げてこちらを見つめる。


「私のお母さんがね、そこの学校出身だったんだって」

「おばさんが?」

「そう。それでね……その、自殺した女子生徒って言うのが……お母さんのクラスメイトだったって」

「…………嘘だぁ」

「本当だよ。写真だって見せてもらったんだから……卒業アルバム」


そこまで言われてしまっては、彼女の言葉を嘘だと否定することが出来なくて思わず黙り込む。

そして、先程の話からどうしてその自殺した女子生徒へと移行したのか、何となく分かった気がした。


「……もしかして、さっきのこっくりさんの正体って」

「うん……その女子生徒らしいよ。

誰かが確かめたって訳じゃないみたいだし、ただの噂なのかもしれないけど……」



二人の間に、微妙な空気が漂っているのを感じた。

先程までの楽しい雰囲気が一変して、どこか気まずいような……そんな雰囲気。


香織がどんな気持ちでその話をしたのかはよく分からなかった。香織自身、そのいじめの首謀者や加害者だった訳では無いのだし、自分を責めるようなことはしなくてもいいだろう。


……彼女の母親がその立場にあったのかは、分からないけれど。


「…………確かめてみる?」


気がつくと、そう口を開いていた。


「え?確かめるって……」

「その、こっくりさん。

本当にその自殺した女子生徒なのかどうか」


自分の言葉に香織は驚きに目を見開いて……一瞬の沈黙の後、慌てた様子で首を横に振る。


「だ、ダメだって!流石にそれはやばいよ!もし万が一のことがあったら」

「大丈夫だよ!だってみんなやってるんでしょッ?

それにもしもこっくりさんの正体が、その女子生徒じゃなかったとしたら?死んでからもそんな噂立てられるなんて……なんか可哀想だよ」

「そ、それは……」


たじろぐ香織の手を取って笑いかける。

こっくりさんの正体を暴くことは確かに危険なのかもしれないが、たかだか紙の上で質問をするだけ、それも成功した暁には香織と彼女の母親の心配事も無くなるのだと思えば、お安い御用だと思った。


「ね?やってみようよ、香織ちゃん!」



まさか手助けをしたい一心で持ちかけたこの話が、後に彼女自身に不幸となって降り掛かることになるとは思いもしなかったのだ。




「その後、二人で噂のある旧校舎に行きました。

話によるとその〈自殺した女子生徒〉が出るのは自殺した現場だった屋上……そこでこっくりさんをするんだそうです。


二人で校舎に忍び込んで、屋上に向かいました。香織ちゃんは途中で何度も『もうやめよう』って言ったけど……でも、私は途中でやめられないって断って……


屋上についてから、来る途中に用意した道具で手順通りにこっくりさんを呼んだんです」


浅野香織の自宅を出て、物静かな住宅街を二人並んで歩く。紫色に染まっていく空を眺めながら、シャードはただ黙って赤毛の少女の話を聞いていた。


しかし少女は話を途中で区切ると、しばしの間沈黙する。その後、ふぅーっと溜息のような、深呼吸のような長く細い息を吐いたあと、小さく呟いた。


「……こっくりさんって……幽霊って、本当にいるんですね」

『いるわけないと思ったか?』

「ちょっとだけ。それならそれでいいかなって……私は、香織ちゃんの心配事が無くなるなら、正直、こっくりさんが本当だろうと嘘だろうと、どうでもよくて」

『……それから?』


話の続きを促すシャードの言葉に、彼女は再び沈黙して……そうしてまた、観念したように語り始める。



「最初は何事もありませんでした。

……と言っても、こっくりさんが来ていたので、何事もって言うのは変ですけど。


初めのうちは無難な質問をしていました。クラスの人気者の好きな子は誰ですかとか、校長先生のカツラ説は本当なのかとか。あと……信憑性を確かめるために、私の誕生日を質問してみたり」



────カツラ説の答えはちょっと気になるが、きっと今はそれを聞く時じゃないだろう。



『……それで?

あの香織って子があんな風になったのはどうしてなんだ?』

「えぇと……変な事が起きたのは、その後なんです。



こっくりさんは、私の誕生日も血液型も、体重まで答えて見せたんです。全部当たっていました。だから、こっくりさんの言ってることは本当なんだって思って……


いよいよ正体をちゃんと暴かなくちゃって思って、こう聞いたんです。

《あなたは昔、この学校で自殺した女子生徒ですか?》って」


当時の事を思い出したのか、少女は少し青ざめた顔を俯かせる。カバンを握る手が少し震えているのが見えた。


「…………返事はありませんでした」

『……返事がなかった?』

「はい。

どうしてかそれまではどんな質問にも答えてくれたのに、なぜかその質問の時は10円玉が動かなかったんです」


彼女は「そうしたら……」と震える声で続ける。


「そうしたら、急にどこからかパンッて何かが弾けるような音がしたんです。私たち、びっくりして声を上げて…………


その時、香織ちゃんが10円玉から手を離してしまったんです」


『は?』


少女の言葉を聞いた瞬間、シャードは思わず声を上げた。その声を聞いて、少女の表情が一際悲しげに歪む。


『おま……離したって?こっくりさんの途中で10円玉から手を離したのか?』

「…………はい」

『…………』


こっくりさんには"絶対にやってはいけないこと"がある。

一人では決してやらない。

面白半分でしてはいけない。

精神状態が不安定な状態でやらない。

こっくりさんが帰るまで、絶対に途中でやめない。


それから……10円玉から決して手を離してはいけない。


『…………それで?』


話の続きを促すシャードの声には怒気の色が滲んでいた。

当然だ、こっくりさんとは本来降霊術のひとつであり、然るべき能力を持った人間が然るべき時、場所、やり方で行うものであり、ど素人がおいそれと手を出して、良いことが起きるはずがないのだ。


────ただでさえ危険な行為なのに、その上やってはいけないタブーを犯すなんて。


「……気付いた時には、香織ちゃんは目の前で倒れて気を失っていました。私、一瞬何が起きたのか全然分からなくて……


とにかく、香織ちゃんをここから連れ出さなくちゃって、それしか頭になくて……ッ」

『ッ、その時に使った道具はどうした?』


俯く彼女の肩を掴んで、自分の方へと向かせる。

その眼にはうっすらと涙が浮かんでいて、声は当時を思い出してか一層震えている。


シャードの質問に、少女は「えっと」と思い出すように声を振り絞る。


「あの時の紙は処分しました、48枚にちぎって……10円玉の方は3日以内に使わなきゃいけないと聞いていたから……」

『もうないのか?』

「先週の事なので……」

『…………そうか』


その言葉を聞いて、シャードはやるべき手順が終わっていたことに内心ほっとしつつも、そのうちのどちらかがあればそこから出ていたであろう悪意を確かめられたかもしれないなと舌打ちをする。


「…………えっと、」

『……なんでもない。それで、その後は?誰かに相談したのか?』


ここに来る前、彼女は「他に頼るところがない」と言っていた。つまり、自分の元へ来る前に他の誰かに相談を持ちかけたということだ。


しかし、シャードの予想とは裏腹に少女の顔には暗い影がかかる。


「…………したには、したんですけど」

『誰に?』

「お母さん……私のお母さんと担任の先生、それから……香織ちゃんのお母さんにも……でも……」


口篭る彼女の背から、感情のもやが漏れ出すのが"視えた"。



それを見た途端、シャードはすぐにそれらが何を意味しているのかを理解した、いや、〈理解してしまった〉。



『(あぁ、こいつ……)』



────信じてもらえなかったんだ。


先ほど、彼女が自分に約束させた「絶対に笑わないで」という言葉は、きっと、そういう意味なんだろう。


必死に説明したんだろう、たった今自分そうにしたように、起こったことをありのまま伝えたに違いない。彼女の気持ちが真っ直ぐすぎるくらいに真っ直ぐなところは、ほんのさっき知り合ったばかりの自分にも分かっていた。


それでも、心霊現象やら幽霊やら、目に見えないものをそのまま鵜呑みにする大人というのは、ほんのひと握りしかいないのだ。

それも、子供が言うこととなれば、尚更。



────こいつ、人の考えてることが分かるんだってさ。


────なんだそれ、あるわけねぇじゃんそんなの!


────やーい、嘘つき!あははは……!!



『なぁ、あんた名前は?』


シャードが彼女の肩を掴んだまま顔を覗き込めば、少女はきょとんと目を丸くしてこちらを見つめた。

やや茶色がかった、黒い瞳。日本人ならば珍しくもなんともないその目の色が……いつかの自分にとって、どれだけ羨ましかったか。


「え?えぇと……"ましろ"。

"大空(おおぞら) 真白(ましろ)"、です。大きな空に真っ白と書いて」

『なんだそれ』


それを聞いた瞬間に、思わずプッと吹き出した。

彼女の持つ色鮮やかな赤毛に、その名前はあまりにも不釣り合いに思えたから。


『全然白くねぇじゃん』

「そ、それは……うぅ、これは地毛なんです!私でも気にしてるんですよッ!?」


頭を押さえながら少し悔しげに顔を赤らめた真白の顔を見て、シャードは『よし』と頷く。



『じゃあ……大空』

「は、はいっ?」

『話は聞いた、正直言ってただの自業自得だと思うし、その上友達巻き込んであんなことになって、救えないほど馬鹿だと思うし阿呆だと思う』

「うっ……」


シャードの言葉に、真白は途端にしゅんっと項垂れる。自分でも自覚はしているらしく、文句は返ってこない。


『……でも、俺はあんたの話を信じる』

「……月神先輩」

『信じてやるよ。ここまで強引に連れてこられて事情も洗いざらい話されて……あんなもの見せられたら。あぁそーですかって放っておくわけにもいかねぇし』

「そ、それじゃあ!」


先程までとは打って変わって、パァッと表情を明るくした真白に『ただし』とシャードが釘を刺す。


『当然あんたにも協力してもらう。

そんでもってついでに言うと、正直俺には幽霊とかそういう類の対処方法はあんまりわからねぇ!なんなら霊感もそれほど強くねぇしな』

「え、えぇ!?」


神社の息子といえども、みんながみんな恵まれた霊感体質な訳では無い。シャードの母である百合音が霊感のある家系なこともあり、妹の方はそういう力があるようだがシャードにはほとんどない。


せいぜいそれっぽい気配を感じるか、たまに姿が見える程度だ。


『……でも、やってみるだけやってみないと分かんないだろ?』

「…………」

『できるだけのことはしてやる、なんなら、様子を見て俺の親にも聞いてやる。だから……』


シャードは真白の肩から手を離すと、空いた片方の手で今度は彼女の頭をポンッと撫でる。


『────過ぎたことを後悔するのは、今は一旦おしまいだ。


まずはやれることをやろうぜ。悩んだり悔やんだりするのはその後でもいい……そうだろ?』


そう今できる精一杯の笑顔でそう言って、頭に乗せていた手を離す。



真白はしばらくの間、何かを考え込むように俯き……それから、勢いよく顔を上げた。


その顔つきは、先程までの暗いものとは違い決意に満ちている。彼女は「はい」と返事をすると、シャードに向かって深々と頭を下げた。


「────改めて、どうかお願いします。

友達を助けるために、手を貸してください!」

『おう。……まぁ、あんまり期待はすんなよ?』


そう言って苦笑いを浮かべながら後ろ頭を掻くシャードの表情は、それでもどこか柔らかかった。

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