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辻ノ家  作者: 沖田 サナコ
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第4主 アニーリ

 アニーリは一つのところに留まるのは、あまり好きじゃなかった。世界を旅して、色んなところに泊まり、色んな村や町を訪ねて三日も経たないうちにまた旅に出ていた。飽きることもなく、自分の足で道を踏んでいた。夜になると宿りを見つける、朝になるといっぱい休んて旅を続ける。

 彼女は世界のあらゆる場所を訪ね、その美しさに憧れて、それこそ生きる意味だと、いつも思っていた。アニーリは風の吹くままに世界を彷徨っていた。

 そしてある日、その風が彼女をどんな町からも離れた場所にいた家に導いた。アニーリはその家に泊まることにした。

 小門にノックして少し待ったら、家から主である若い女性が出た。アニーリは彼女に挨拶した。


「私はアニーリ。今夜、ここに泊まってもいいですか?」


 若い主が笑顔で答えました。


「もちろん!どうぞ、入ってお寛ぎください。長い旅でしたか?」

「生涯の旅と言ってもいいくらいね。そういえば、名前、教えて」

「好きな名前を付けてもいいです。ここに来る旅人はみんな、そうしていますから」


 その言葉に伴う笑顔をみて、アニーリは名前を決めました。


「それなら、レイラと名付けます。君に相応しい、綺麗で優しい名前、でしょう?」

「レイラにしましょう、ね」


 この名前に承諾してレイラは飯を用意した。女子たちが満腹に食って、夜はまだ遠かったから、二人は話に花を咲かせた。アニーリは世界で見たことを話題にして、色んなものを語っていた。そのかわりにレイラはアニーリに負けないほどに面白く、彼女の家に訪れた人々の話をしていた。


「で、君はいつからそうやって一人で暮らしているの?」

「そうですね… 物心がついてから、この家にいたのよね。自分で色んなものを学んでやれるようになったんです。誰かに教わったわけではない。今まで誰もが何も気にしていなかったのだから、きっと、全てをうまくやっています。何か必要なものがあれば、森と谷でとることも出来ますし、時にはここに来る旅人たちも私に何かあげてくれる。お礼に、ね」


 アニーリはそれを聞いてそう答えました。


「実は、私は最初、君がここにすごく退屈していると思ったが。でも君はそんなに面白い話をいっぱい教えたんだから、そうでもないみたい」

「そういう生活で退屈していないよ。だって、ある日、また誰かが来てくれるから、何か新しいことも起こるでしょう。私はいつもそれを待っている」

「新しくないものだって、あるんじゃない?人だって、帰ってくる」


 レイラは頭を横に振った。


「ここには帰ってこない。だけど、帰ってきた人は多分、もう、新しい人のになると思っていますよ。時が人を変える、って」

「そうね。時はときに無情すぎるからな」


 アニーリがそう呟いて、ふと訊いた。


「君のホントの名前はレイラじゃない、でしょう?」


 彼女はそれを否定せずに、ただ答えた。


「いいえ。私は自分のことを別の名前で呼びますよ。でも、今の私はレイラです」

「じゃ、君はどんな名前で自分を呼ぶの?」

「当ててみて」


 今度はアニーリが頭を横に振った。


「いいえ。もし、また来る機会があったら、その時。今度は当てるのかな?」


 太陽が沈み、空気も寒くなっていた。レイラは再びに囲炉裏に火を灯した。アニーリと彼女はその囲炉裏を囲んで話を続けた。話がこんなに盛り上がると、眠気は自然に消え失せてしまう。


「な、レイラ。君は字が読めるか?」

「分かりません。一度も試したことはないです。ここには時々本を持った人も来ていましたけど、私にそれを読ませることはなかったんです」


 それを聞いてアニーリは自分のカバンから少し古っぽい本を取り出した。


「じゃ、今やってみたら?読めないなら、私が教えてやる」


 アニーリから本を受け取り、レイラは破さないようにその本を大切に開けた。何も読めないと心配していたが、初ページに書かれていた文字はまるで自分たちが読ませたがって言葉になった。


「『興し魂の伝説』」

「ほら、読めるんじゃない!」


 アニーリはにやりと笑った。


「この本には伝説がいっぱい詰まっているの。君にあげる」

「でも…」

「断わるなよ、私からのお礼じゃ。さあ、読んでみて。読めないことがあったら、私が手伝ってあげる」


 レイラはもっとよく見えるように囲炉裏の火に近づき、続きを朗読した。


「『興し魂の伝説。昔々、神々が人々と一緒にこの世に住んでいた時代があった。あの時、みんながなんの苦労も知らずに、幸せに暮らしていました。

 だが時が経ち、人の心は業に覆われたことになった。そのせいで今まで明るかった世界が争いと戦いに満ちた。その業が神々にもうつり、世界が混乱に落ちかけていた。

 人々は自分たちが神々に等しいと思い込み、そのせいで神々から遠ざかってしまった。だから神々が人々の世界を去ることを決めたが、業に覆われても人々はやっぱり愛しくて、見捨てることが出来なかった。

 だから神々は人々に最後の恵みを残す為に、一つの魂にすべての業を集めた。

 集められた業はあんなに集中されて自分の重みに耐えることが出来なくて、その魂の中に自分で自分を潰した。その時人々を覆っていた業の闇も消え、光に変わった。その光を見て人々は自分の罪を気づき、神々に謝りに来た。

 神々は人々を許したが、業の闇が再び人々を襲わないようにやはりこの世界を去った。

 だがその前に神々が業を清めた魂を興した。そして、その興した魂が空に浮いて、光に変わった業を爆発のように世界に漏らした。その光が万の欠片になって地に埋めて、その所には美しい純白の花が咲いて、今でも人々の業を清めている』」


 そこで、伝説が終わった。しばらく沈黙してレイラはやっと息を吐いて呟いた。


「綺麗な伝説ですね」


 ページを捲って彼女は本を読み続けた。全ての伝説が手で書かれていても、この手書きがあまりにも美しかった。そして本の最後にいくつかの余白ページが残されていた。

 アニーリはレイラにそう教えた。


「その全てを書いたのは、私じゃ。私はね、旅をしている間に色んな伝説を集めて、気に入ったものをここに書いているの。君も何かを書いてもいいよ。筆と墨もあげようか?」

「なんか… 私は多分、そんな綺麗な字では書けないと思います」

「じゃ、やってみて」


 アニーリがカバンから白紙を一枚取り出して、墨の入っている万年筆をレイラに渡した。レイラはそれを受け取り、まずは一言だけを書きました。


「ほう、最初の言葉は私の名か?」


 レイラは少しはにかむように答えた。


「なぜかそれは一番先に浮かびましたから。ほら、みて。私はやっぱり君みたいに器用では書きませんよ」

「いや、それは練習次第だけどね。その万年筆も持ってもいいよ」


 レイラは頭を横に振った。


「いいえ。また来たら、その時にあげてください」


 そのあとアニーリはその本をどうやって書いたのこととか、どんな人が彼女にそこに詰まっている伝説を教えたのこととか、色々語り始めた。レイラはその話を聞きながら紙の上に万年筆をはしらせていた。時には言葉を書いて、時には何かを描いていた。


「伝説はね、語る人次第に形も変わる。私は気に入った形だけを、この本に記す。興し魂の伝説にだって、人はいっぱいのことを加えていく。例えば、この地を統治する帝は、興し魂は破裂せずに、宮殿に残り、選ばれた者のみにしか姿を現せない、今でも帝家に祝福を与えると、そう書いている。あと、興し魂は業から興されたのではなく、その業を持った人々を殺すために興されていた、という異形も聞いたことがあったな」


 レイラは唖然とした。


「酷い。あんな綺麗な伝説にそんなことを加えるなんて…」

「実は、ああいう魂も存在していたんだ。この本には、その伝説もあるの。でも、興し魂の伝説には続きがあるんだ。ここには書いていないが、私には気に入っているの。その魂はね、体が破裂しても、魂自身は神々と共にこの世を去って、時々には人々の世界に降りて来る。そして、あの魂の欠片なんだけど、一個の欠片だけが地よりに、ある人の心に埋められてきた、と」

「その人に何があったんですか?」

「それは言えない。ただ、その欠片は今でもあの人の子孫に継げられてこの世のどこかに残っている、そう思いませんか?そして、私はね、その欠片の名前を知っているんだ」

「凄い!どんな名前ですか?」

 アニーリは少しはにかんでそう答えた。


「未来ノ種じゃ!」

「へえ、素敵!」

「それにね」


 アニーリがウィンクして続けた。


「私はその魂の名前を知っているんだ!」

「それも知っていますか?教えて!」

「当ててみたらどうじゃ?」


 レイラはクスクス笑って答えました。


「多分、私もなんとなく分かります。でも、今はそれを言う時ではないと思います」

「私はまた来たら、言います?」

「約束です」

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