Monologue-輪姦を語らう
「ねえ、輪姦ってどう思うかしら」
「俺は海の方が好きだナ」
「林間じゃないわ。それに海と対比すべきは山でしょう?」
「エブラハム?」
「アブラハムでしょう。人民による人民のための大統領のことじゃないの。サークル。その輪っかの輪に、女が三つ。山の形象文字のように重ねて姦。輪姦。分かるかしら」
「あー、うんうん。強姦の強いのをなくして、輪にしたんだネ」
「そうよ。因みに意味は理解している?なんだか、早々に嫌な予感がしてきたわ。いい?輪と言っても、ちっとも平和ではないの。輪姦って」
「『和姦』」
「それはただの性交渉だわ。ごく平和的な。それに、『りんかん』とは読まない。それは大丈夫?」
「おっけい。大丈夫」
「それで、輪姦ってどう思う?」
「質問の意図がよく分かんないだけど。あっ別に和姦と『分かん』ないをかけたわけじゃないヨ」
「大丈夫よ。話を進めましょう。わたくしの聞き方が悪かったわ………輪姦ってすなわち、一人の女の人を複数の男の人で犯すことだけど。犯すとはすなわち、膣の中に陰茎を挿入すること。不同意で。女の人の与り知らぬ意思によって。ここまではおっけい?」
「あのネ、結城さん。俺は男子高校生だヨ?清純な女子中学生じゃないんだから、一周回って過激な保健体育の授業をしてくれなくて結構だから」
「保健体育の授業というより、社会科かしら。現代社会。意に沿わない性交渉を法的に訴えられる事由。挿入の有無で、だいぶ罪の重さが変わるはずだけど。あ、挿入といっても肛門への挿入はまた扱い軽くなるはず。男が男へした強姦が、いまいち罪に問いにくいのはそういうこと」
「へぇ。やっぱり妊娠できるか否かが重要なんだネ。それって、不妊症とかも拘わってくるわけかナ」
「そこまでは調べないでしょう。ねえ、安西くん。あなたさっきから、意図的に話をそらしてないかしら」
「………」
「わたくしの話題提起をなかったことにしようなんて、安西くんのくせに生意気。あら、失礼。忘れてちょうだい。ともかく、もう一度聞くわ。安西くん、輪姦ってどう思う?」
「童貞の俺に聞くなんて理解できないヨ………」
「あら」
「へぇ?」
「童貞だったの、あなた」
「そんなに意外?別に俺、チャラ男って見た目でもないでしょうに」
「なんとなく女子に慣れているように見えたから。ほらあなたって、平気で女の子だけの輪の中に入ってくるし、普段から女の子にちやほやされているじゃない。あの子に対してだって、平気でべたべた触るでしょう」
「おーっと、それは違うぜ、結城さん」
「ちょっと………立ち聞きはよしてちょうだい」
「立ち聞きじゃねえって。聞こえたんだ。猥談となると、とりわけ女子がする猥談となると、俺の耳はいつもの五倍はよくなるんだって」
「もう」
「まあまあ、頬を膨らませんな。あのな、結城さん。平気で女子の輪の中に入ったり、普段から女子にちやほやされているのは、女慣れしたモテ男か、悪意のない子供だ」
「子供」
「child」
「おうっ、つーか安西、急に英語って。お前発音いいな。まあ、この場合はチャイルドより、キッドの方が合っているかもしれない。無邪気千万」
「なるほど。分かったわ。かねてより不思議だったのよ。安西くんは決してイケメンじゃないのに」
「ええー」
「イケメンじゃないのに」
「二回も言わなくても」
「イケメンじゃないのに、どうして女子たちから高評価なのか」
「ならば結城さん。輪姦のことが聞きたいのなら、どうぞ俺に聞いて」
「はあ。じゃああなた、輪姦したことある?」
「いやフツーにないけど」
「じゃあ童貞?」
「この場に出張っている時点で、答えは出てるんじゃない?」
「じゃあ経験は―――」
「ないでーす!!!」
「わたくしはあなたとコントをしたくはないわ。議論をそらさないでくれないかしら」
「議論?うっそだ。まだ議論にも達しているように見えないんだけど」
「そうなのよ。なかなか本題に入れず、深められず、広げられず困っているの。だからそろそろ、いいかしら。余計な口上抜きで、わたくしの考えを述べます。わたくし、輪姦ってずっと、気持ち悪くないのかしらって思っていたのよ」
「そりゃあ、気持ち悪いヨ」
「当たり前じゃない?」
「まあ、当たり前なのだけどね。被害者側にとっても加害者側にとっても」
「加害者?」
「そうよ、加害者。だって自分の前に複数名、その穴に性器を突っ込んでいるの。中で射精もしているかもしれない。更にその中に自分の性器を挿入するのよ。不潔じゃない?」
「不潔………?」
「不潔清潔の問題じゃないと思うヨ」
「被害者目線にならないで。性犯罪はとことん被害者に寄り添うべきだけれど、ここは世間ではないし、私たちは被害者側の弁護士ではないのだから」
「間接キスがキモいって言っているようなものかナ」
「間接キスでは落差が激しいわね。間接キスと言うと『唇が触れたところに別の人の唇が触れる』『口の中に含んだものを別の人もまた口に含む』………そんなの、全然足りないわ。だって性器よ?おしっこが出てくるところよ?」
「いやいや結城さん、性器を擦り合わせるのが不潔だって言うなら、そもそもセックス事態が不潔ってことになるじゃん。本末転倒じゃん?」
「男女一対一の性交はいいのよ。強姦か和姦は度外視して、男女一対一の性交は、生物として正しい交尾の在り方なのだから」
「男女多数対一は生物として正しくないって?」
「交尾は本来種の保存のためにすることよ。女一人に子宮は多くても一つしかないのだし、一度に受精できる精子は限られているのだから、一度に中に射精しても無意味だわ。精子大渋滞の末、玉突き事故の挙句ほとんどが死ぬのよ」
「精子大渋滞………」
「玉突き事故………」
「男女一対多数なら、効率的だけれど。だから一夫多妻制はある程度権勢を誇っていられるの」
「話題逸れてない?」
「そうね。ご指摘ありがとう、東条くん。話を戻しましょう」
「清潔不潔の話だネ。俺は、唾液が持つ菌の量と、おしっこが持つ菌の量って、そんなに差はないと思うんだけどネ」
「そういう話じゃないの、安西くん。またさりげなく話題を逸らそうとしているのね。そうはさせないわ」
「………」
「それで、ぶっちゃけ聞きたいのだけど、男の人同士、性器が触れ合うのって不快じゃないのかしら」
「あれ。もしかして、俺に聞いちゃっている感じ?」
「正しく、東条くんに聞いているわ。一応、安西くんにも聞いているけれど」
「うーん。それは難しい質問だなあ。逆に聞くけど、女子はどうなの」
「質問に質問で返すのは、議論のタブー。でも、色々とぎりぎりの質問をした失礼の贖罪として答えるわ。そもそも女子の性器同士は、触れ合うのがとても難しいわ」
「出っ張ってないもんネ」
「なるほど」
「補足して言うと、触れ合うどころか他の人の性器を見る機会もないわ。意図的に、変態的に、見せ合いっこなんてしないと」
「してるの?」
「へぇええェ」
「しているわけないでしょう。お馬鹿なこと言わないで」
「言ったのは結城さんじゃァ」
「はい、黙って。安西くん黙りなさい。議論の本筋とは関係ない細部を、いちいち拾って広げようとしないで。触れ合う。そうね、見せ合う………一人の女性を複数で犯す場面っていうと、やっぱりその場に性器を露にした男性が数人いるわけじゃない。他人の性器を見るのは、不快じゃないの?」
「それを言っちゃうなら、銭湯もプールの更衣室もアウトじゃん」
「あら、言われればそうね」
「それに、トイレ」
「トイレ?」
「なあ、安西」
「そうだネ」
「小便するとき、男子は個室じゃないんだよ結城さん。それにうちの学校には、小便器ごとの衝立もない。丸見えも丸見え。性器どころか、おしっこの色すらも放尿の音すらもありありと」
「そんなにまじまじとは見やしないけどネ………」
「以前から気になっていたのだけど、男子トイレの小便器って、肩が触れ合う距離で並んでいるじゃない?」
「そんなに櫛比していないけど、狭いところだとそうなるな」
「気持ち悪くないの?だって、隣で用を足している人が、貧血か何かでふらりと倒れたら、おしっこがかかる距離にいるってことでしょ?」
「それはそうだけど、生まれた時からトイレは個室だけの女子らしい意見だね。小学生の時はふざけて、ほーれかけるぞーなんて言い合ったこともあるけれど」
「俺はないヨ」
「はっはー、さては安西、小学生のとき友達いなかったな?」
「………」
「言い合ったことあるけれど、何?」
「隣の住人の尿がかかるなんて発想、道を歩いていたら通行人に包丁で刺されるとか、車が突っ込んでくるとか、隕石が落ちてくるとかっていう発想とよく似ている」
「可能性としてはありえるけれど、リスクアセスメントを網羅するほどのトラブルではないということね」
「そゆこと。ていうか結城さん、結城さんの発言を皮切りに、議論が逸れてるけど。いいの?」
「あら、嫌だわ。わたくしったら」
「あはははは、結城さんったら」
「おほほほほほほ、嫌だわ。わたくしったら」
「………」
「つまり男子は、トイレという生活の場で、日常的に他人の性器を目にしているから、輪姦の際にも平気だってことね」
「目にするのと触れ合うのじゃ、やっぱり天と地ほどの差があるけれど。やっぱり人によるんじゃないか。平気かどうかは」
「人によるって。それを持ち出すのも、議論のタブーだわ。人による。個人の自由。気分の問題。複雑な論理に耳を塞ぐ、大衆の必殺技よ」
「そうは言っても。快・不快は果てしなく個人の問題だから。ねえ、結城さん。俺の手、握れる?」
「握れるわ。ほら」
「ありがとう。結城さん、手すべすべしているね。じゃあ、安西の手は?」
「平気よ。ほら。あら嫌だ。ちょっと手汗が」
「………ごめんネ」
「いいのよ。不快というほどじゃないから」
「じゃあ結城さん、金田先生の手は握れる?」
「嫌よ」
「きっぱりだね。どうして?」
「だってあの脂汗禿げ………じゃなかったわ。あの豚」
「言い直す必要あったノ?」
「あの豚、テスト返すときにいつも唾つけるし、いつも脂汗だし、加齢臭はするし、指毛は茂っているし………」
「でもね、金田先生は一時間ごとに手を丁寧に石鹸で洗った上に消毒している、ちょっとした潔癖症なんだよ」
「へぇェ」
「信じられないわ」
「一時間ごとに、洗口液で口内を洗っているし、食後は勿論歯も磨いている。もしかしたら唾液の菌の量は、俺たちより少ないかもしれない」
「信じられないけれど、それが今の議論と何か関係あるのかしら」
「因みに俺は、さっき用を足してきて、手を洗っていない」
「えェー」
「………それ本当?」
「嘘」
「何なのよ。意図が分からないわ」
「俺が手を洗ってないって聞いて、その一瞬どう思った?」
「その手に触れてしまったことに、ちょっとだけぞっとしたわ。本当に洗っていないの?嘘なの?どっちなの?」
「それは神のみぞ知るだよ。んじゃあ改めて聞くけど、十秒間手を握り続けるなら、俺と金田先生、どっちを選ぶ?」
「………東条くんだわ」
「なぜ。俺は手を洗っていないかもしれない。金田先生は手を常にアルコール除菌しているかもしれない」
「かもしれないで論じられても、答えは変わらないわ。わたくしは金田先生が、手を清潔にしている場面を目撃したわけではなく、東条くんが手を洗っていない蓋然性を推測できる材料もない。あなたの手からも、あなたを握った私の手からも、嫌な匂いがするわけでもない。真と偽が五分五分なら、わたくしはあなたを選びます」
「なぜなら?」
「あなたのことは、不快に思わないから。金田先生が本当に潔癖症でも、幾ばくかは好感を持てるようになるでしょうけど、やっぱりあの豚は嫌いよ。見た目がキモい」
「結城さん辛辣ゥ」
「事実だもの。それで?」
「ん?」
「あなたに言っているのよ、東条くん。今の例え話が、性器の触れ合いの快不快の可否とどのような関係があるのかしら」
「………さあ?」
「は………?」
「うーん。ごめん、適当に話していた。喋り出したときは、うまいこと結城さんを『不快でない』の結論に導くフローが頭にあったはずなんだけど、喋っている最中でどうしても帰結が見当たらなくなっちゃった。ごめんね」
「お馬鹿なのね、あなた。でもほっとしたわ。東条くんごときに丸め込まれるかもしれないって、ちょっと戦々恐々としていたから」
「ああァー。分かった。俺ちょっと分かったかもしれないヨ」
「何よ、安西くん。つまらないことを言ったら承知しないわよ」
「結城さん、俺に厳しくないィ………?」
「いいから言ってちょうだい。可及的速やかに」
「だから、愛の有無だヨ」
「あい?」
「love」
「あはは、安西はやっぱり、無駄に発音がきれいだな」
「loveって言っても、恋愛の愛じゃない。親愛の愛だヨ。結城さんは、東条くんを信頼しているよネ」
「ええ、東条くんはお友達よ」
「因みに金田先生は」
「嫌い」
「即答だネ。東条くんはトイレの後、本当に手を洗っていないかもしれない。本当に、手を洗っていなかった。これは事実」
「いやいや待って、安西。俺、ちゃんと洗っているからな」
「まあ、事実だとしてネ。その事実を、結城さんも認知済み。で、東条くんは崖から落ちそうです。断崖になんとか掴まって耐えている状態」
「え、俺どういうわけで崖から落ちそうになったの?」
「そのとき、結城さんが崖に通りかかりました。そこに居合わせているのは、結城さんだけ。結城さん、どうするヨ」
「安西くんの話の意図が読めてきたわ。ええ、手を洗ってない事実に躊躇いはするでしょうけど、その手を握って引き上げて助けようとするわ」
「そこは躊躇なく助けて欲しいな………俺、悲しい」
「とどのつまり、安西くん。輪姦の現場と崖は同じだって言いたいのね」
「全く同じとはちょっと違うと思うけどネ。でも吊橋効果的な」
「当たり前だけど、輪姦は犯罪ですものね。たとえ犯罪でも、女を犯したかったのでしょう。満員電車の痴漢じゃあるまいし、出会い頭の強制猥褻じゃあるまいし、輪姦となるとまずメンバーを集めて、場所を確保しなきゃいけないわ」
「相当細かく計画しなきゃいけないネ」
「そうね。でもいくら緻密に計画を立てても、やっぱり犯罪なのだから、それも飛び切り性犯罪なんて史上最低の行いをするのだから、それなりに大きなストレスがかかるでしょう」
「ああ、俺にも分かったよ。君らの言いたいこと。自分ひとりの犯行じゃないから、途中で止めるわけにもいかない。集団意識ってやつ。逆に集団であるからこそ、罪の意識が薄れて、ただ目の前の餌にハイテンションになって現実が見えなくなるんだ………愛はどこに行ったんだ?安西の言っていた愛は、どこへ」
「集団の中で、一緒に犯罪に加担しているという一体感が生まれるのでしょう。一緒に罪を犯して、快楽を共にする。苦楽を共にする青春の仲間のように。そこに愛が生まれるのよ。親愛の愛。信頼し合っている仲間同士、杯を交わすように、性器と精液に触れ合うのかしら。通過儀礼。そうね。一度目は気持ち悪いかもしれない。でも一度触れ合ってしまえば、後はもうストレスフルなシチュエーション、ハイパーテンションな焦燥、そして親愛の情と絆と、目の前の快楽。それらの前では、他人の性器と触れ合う不快感なんて、些細な出来事なのね。そういうことなのね?」
「いや、俺らに回答を求められても」
「困るヨ。童貞だからねェ」
「あら、そうだったわね。うーん、そうね。新たな指南役を募りましょう」
「宛があるノ?」
「ねーぇえ。この中に童貞じゃない人いるぅー?」
「結城さん、何血迷ったことを………」
「あら、嫌だわ」
「結城さん………」
「誰も手を挙げないのね」