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推理少女  作者: 悠(はるか)
第一章「探偵の事務所は古アパート」
2/4

2.調

 今日の学食の一押しメニューの三食焼きそばパンを頬張るミチルを連れて、私は学園都市鹿波内の散策に出かけた。ちなみに三色焼きそばとは塩焼きそば、ソース焼きそば、カレー焼きそばの三つであり、ソース焼きそばとカレー焼きそばは大体色が一緒なので実際には二色焼きそばパンである。

 私とミチルが並ぶと、私が言うのもなんだが、二人とも一応芸能学部であるため注目の的となる。カップルなどと噂されるのは割と慣れている。

「今まで行ったことないようなところに行けば何か見つかるかな」

 風が私たちを抜く。暖かい日差しを和らげる涼しい風は随分と爽やかに感じる。

「そうはいっても、鹿波のはずれのはずれぐらいしかないだろそんなの」

「あぁ、あのスラム街みたいな……」

 スラム街という俗称はついているが、実際にはだれも住んでいない場所が鹿波には存在する。何故存在し続けているかは鹿波七不思議のうちの一つである。

「E棟のあたりはここから近いのにあんまり行ったことないから何かあるかも」

 学園都市鹿波は、A棟からF棟までの学園寮が存在する。学園寮とは名ばかりでマンションである。そのほかにも一般の入居者も住めるマンション群もあるし、住宅街もある。

「ここから歩いてどれぐらいだろ、E棟まで」

「十分ぐらいじゃない?」

 かなりボリューミー、なのに220円という値段の安さが好評な、不定期発売の三色焼きそばパンを食べきったミチルは腕時計を見る。焼きそばの麺、そしてソース、カレー、塩、さらにはパンにまで頑固な親父がこだわった三色焼きそばパンを腹に収めたミチルは元気そうである。ちなみに私は三色焼きそばパンが大好物にもかかわらず、今日は目の前で売り切れて、食べたさと怒りで震えているのは内緒である。興味ない、とミチルの話を聞いていなかった私を恨む。

 E棟の前まで歩いた。鹿波高校も授業は終わり、結構早くから帰る人たちが多く、このE棟にも人の波が流れていく。

 比較的背の低いマンションが立ち並ぶ。全体的にマンションというかアパート的なサイズではあるが、それでも何百人とここに住んでいる。

「どっち行く?」

 ミチルは右、左と首を動かしながら私に尋ねる。私はE棟入口の車止めを椅子代わりにミチルと同じように首を動かす。

「人がいなさそうな……左」「全然人いるだろ左」「私から見て左だから、あんたから見たら右よ」

 ヨッと車止めから降りて私から見て左に向かう。

「はえぇ、こんなところあるんだね」

 人のいない、まだ太陽も高いというのに不気味さすら感じる通り。右にも左にも高い建物が建っているからだろうが、それにしてもかなり暗い。両側の建物の古さも不気味さを助長させる一要素だ。

「なんか少し寒さすら感じるな」

 私はこの不気味さを変えようと話題を変えた。

「そういえばミチル再来週あたり発表会に出なかったっけ?」

「発表会じゃなくて、鹿波発表会の劇のオーディション。逆になんで望月が出ないのか不思議だよ。興味ぐらいは持とうな」

 鹿波発表会、「Recital of Kanami」というのが鹿波高校には存在する。RoKと書いて「ロック」とも呼ばれるこの発表会は9月あたりにある鹿波の文化祭の中のイベントである。各学科各学年がさまざまなものを発表するのだが、芸能学部の各学科の発表はお昼の一大イベントとなっている。私達俳優学科は毎年有名な劇のパロディを行っているらしい。

 実をいうと私はこの学科に入りたくて入ったわけではなく、父親が日本では知らない人はいないというほど有名な俳優なため、この学校のこの学科に入れさせてもらった。父親が有名だからといって贔屓はされないので、オーディションを通れたということはそこそこ実力があったということなのだ……。

 興味が無いわけではないが、新聞部の活動がメインになっている節があるのは自覚している。お父さんはそんな私を見て「俺の若いころみてぇだな」と嬉しくもない言葉を呟いている。

「私は新聞学科所属、演劇部として活動してるようなものだから」

「はいはいそうですね……」

 しばらく無言で歩いていると、急に空気が変わった。ミチルもそれがわかったようで、二人で立ち止まる。

「なんか、静かだな」

「あ、あれ、なんか面白そうじゃない」

 私が見つけたのは赤いアパートだ。鉄筋がむき出しになり、さびれた、誰もいないようなアパートだった。しかしながら、二階の一つのドアに、真新しい木の看板が飾ってあった。看板に何か書いてあることはわかるが、何が書いてあるかは遠くてわからない。

「あれなんて読むかわかる?」

「星野……探偵事務所だ」

 ミチルの目は2.0を超えているから、多分間違いない。星野探偵事務所……探偵事務所という響きが、何とも心をくすぐるのだった。決めた、私の心の記者魂がそう叫んでいた。

 目の前にすると、そのボロアパートのボロさは一層際立つ。ところどころ塗装がはげ、赤色の塗装の中に錆びた茶色の斑点が散っている。一階には人の住んでいる気配はない。

 目をあげるとやはり木の看板が目に付く。確かに「星野探偵事務所」と書かれている。

「ミチル、先」

「……わかったよ」

 不服そうなミチルだったが、一歩一歩目の前の階段を進んでいった。石橋をたたいて渡るということわざが似合うぐらい、一歩一歩確かめながら階段を上っていく。いつ崩れるかわからないボロさだからである。

 なんとか一番上にまでたどり着く。そよ風が私たちを歓迎してくれている。階段を上った目の前のドアが、ちょうど看板が飾ってあるドアだ。ドアにも、ドアの付近にもインターフォンがないこと以外、あまり変わったところはない。

「おし、行くか」

 ミチルは覚悟を決めたみたいだが、私はそこまで決まってはいない。しかしながら、彼はすでにドアをノックしていた。

「……反応がないぞ」

 首から下げた重そうなカメラのせいか、窮屈そうに振り返る。狭い通路だと、二人が一つのドアを前にするだけでも窮屈である。

 もう一回ミチルがノックする。

「やっぱりないね。鍵はかかってる?」

 ミチルはドアノブをゆっくりと回す。……ガチャと音がして、ギィッと錆びた金属音と共に扉があく。鍵は、かかってないのか。

 私を見つめ返すミチルに私は首と顎を使って中へ入るように催促する。ミチルの背中に続いて中へと入る。

「すいません!」

 ミチルの声が響く室内は、アンティーク調とでもいえば良いか、外からは信じられないぐらい綺麗な部屋だった。

 木目が綺麗な柱と天井、自分の顔が写りそうなぐらい綺麗なフローリング、分厚い本がいくつも並んでる重厚そうな本棚。少し大きな木の時計の振り子の音が耳によく響く。探偵事務所という名前がよく映える部屋だった。

 前に視線を移すと、部屋の真ん中にカーペットが敷かれ、ガラスのテーブルを真ん中に黒にも近い濃い紺色のソファーが囲む。その奥には、漆黒の名が似合う机。机の上は割とさっぱりしていて、文房具が置いてあるだけだった。その奥には、向かって右側に棚が、左側には扉があった。そして、その扉に目を向けた時ゆっくりとドアが開いた。……この部屋の持ち主だろうか。

「誰でぇすかぁ?」

 あくび混じりの声だった。上にTシャツ、下がジャージというこの部屋の持ち主にしては異様にも思えるファッション、寝起きのようなボサボサの髪、眠そうな顔は少し童顔であった。濁った琥珀色の目が私たちをとらえる。正面から見ても私たちと同い年と言われても全然驚かない風貌だ。

「申し訳ない、ちょっと寝ていたんだ」

「あ、あの、急にお邪魔してすみません。ここを通りかかったときに星野探偵事務所の名前を拝見したので、少し興味があると、こいつが」

 先に声を出したのはミチルだった。私を盾にしたのは許されないが、多分、彼も私と一緒で彼に疑いの目を向けているはずだ。――彼は星野探偵事務所の持ち主なのか?

「私に何か用があるんですか? 少なくとも探偵の私を頼りに来たようには見えないけどなぁ」

 ドンピシャであった。

「私たちは鹿波高校新聞部です。色々とお話を聞かせていただきたいと思い、お邪魔をさせていただきました」

 あぁ、なるほど、といったようにうなづく男。多分だが、ミチルの大きなカメラを見たからだろう。

「別にいいけど、今日はなんか事件のにおいがするんだよなぁ? 推理小説家が作ったような、かぐわしい事件が」

 フフフ……と奇妙な笑みを見せる彼を、私は探偵とは思えなかった。

「あぁ……望月、あとは任せた。一時間程度なら開けられるがそれ以上かかりそうだしな」

「え、ちょ、無責任な!」

 いきなりミチルは耳元に話しかけた。ただでさえ不気味な雰囲気なのに、私ひとりとなってしまうのか。

「悪い悪い、好きなだけ三色やきそばパンおごってやるからさ」

「絶対、絶対だぞ!」

 そしてミチルは男に一言ほど謝罪、そして一言ほど私の紹介をして本当に出て行ってしまった。まぁ、ここまでついてきてくれただけ、感謝しなければならないのは私の方だ。

「すみません、紹介が遅れてしまいました。私は望月 京と申します」

 新聞部に入ったときに作った名刺を差し出す。

「僕はこの星野探偵事務所の探偵、星野 湊だ」

 彼もまた名刺を差し出す。彼の名刺は星野探偵事務所という名前、住所、連絡先、星野 湊という名前が書いてあるシンプルなものであった。

「すみませんアポも取らずにいきなり来てしまい」

「僕は全然構わないよ。時間はあるしね」

「ありがとうございます」

 探偵は私をソファに座らせる。探偵は私の前に座るかと思いきや、漆黒の机に向かって右側の棚でがさがさと何かをしはじめる。紅茶を入れているようだ。

「あぁ、お構いなく」

 できれば早く取材を終えたい。不気味でしかないのだ。

「この紅茶は君にじゃないよ――」

 彼は振り返ってにっこりする。

「――今からくる事件のためだ」

 ノックの音が、事務所中に広がった。

「ほぉら、やってきた」

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