1.始
私立鹿波高校という不思議な高校がある。高校という名前だが5年間通うこととなる、高専のような存在だ。異常な成長を見せる近年は、特徴を一言では表せない学校となった。様々な学部が増えるのは、鹿波というネームバリューの高さも共に高まっているからだ。
鹿波学園都市と呼ばれる巨大な街の真ん中に、巨大な学校がある。キャンパスというのが殆ど存在せず、大量にある学部、学科を一つの敷地内に治めた奇妙過ぎる学校である。
そんな私立鹿波高校の変な部活の一つである新聞部は、過去50年以上の実績を持つ、鹿波の小説部と並んで有名な「体育会系文化部」だ。当然小説部も変な部活の一つである。
入学式も終わり、新聞部からは新年度初の「鹿波週刊新聞」が発行される。年度初の特別新聞である全16ページの内容は全て鹿波高校や学園都市鹿波の情報である。大体普通の朝刊の半分程度の量に鹿波の情報が満載されている。ちょっとした情報誌だ。私はその中の「鹿波の噂」という記事を任された。
毎年この記事は新聞の片隅にあるが、「鹿波のUMA、かなっしーに迫る」とか、「鹿波高校の宇宙対話」とか、どうも50年前から変わらずSFチックな記事が書かれている。真実を求める私としては、納豆のように臭いおはなしは載せたくないものである。味わってみたらおいしいという意味じゃなく、中まで腐ってるという意味である。
しかしながら、この記事は毎年所詮「二番手」が書く記事であり、そこまで重要視されていないのも現実である。ただでさえ「鹿波週刊新聞」というものは120人を超える新聞部の部員の中でごく一部しか書くことができない。今回は年度が変わって一番最初に発行するものである。年度最初の新聞の記事担当者は前年度の精鋭が書くのが通例となっている。5学年存在するうちの真ん中、三年の中からは私一人だけが新年度初の新聞を任されている。だから記事を任されるだけで十分すごいんだが、やはりこの「鹿波の噂」はあまり相手にされないのである。
そうは言っても手を抜いていいわけではなく、例年通りの記事では私のプライドにかかわる。
「今何時だと思ってんだ」
黒い泥水を目の前に置くのは、私の同級生の住谷ミチル。考えにふけっている内に部屋の中に入ってきたのだろう。私は差し出された泥水に、私がいつも机に置いているチョコを二つ入れる。色は変わらないがだいぶましになる。
「午前七時三十二分、秒は三十を少し回ったところ」
「お前の懐中時計は二分遅れているぞ。新年度早々というのにはえぇなぁ。八時半に家でても間に合うところだろお前の家」
ミチルは私が一目置いている新聞部仲間で、今回の鹿波週刊新聞の記事作成に携わっていないのが不思議なぐらい、記事を書く力も、呼び寄せる力も強い。
「というかさ、なんで懐中時計使ってんの。今どき電波時計を使わない理由はないだろ。あれか、金持ちが無駄に高いクラシックカーに乗るのと一緒か」
あたりを見回すと、私とミチル以外誰もいなかった。いつもはこの時間から結構人がいるんだが。
「ねぇミチル、なんで誰もいないんだ」
「多分、一年の勧誘じゃないか? 大体上の人たちが書く記事は毎年同じようなものか、去年の有名な話だからもうまとまってるぐらいだし、ここに来る意味はあんまりないしな。むしろ記事のネタが決まってすらいないのお前だけだろ。ま、勧誘するのもあんまり意味がなさそうだし、先輩たちはゆっくりしてるのかもな」
泥水をすすりながら「アツッ」と声を出すミチル。
「で、お前は何してんだ? 地底怪獣とか、UFO連れ去り事件とかは、外に出た方がまだ本当っぽく書けると思うぜ」
「あなたをバラバラにして、鹿波バラバラ殺人とでも題うって特集組もうか?」
「冗談冗談。どうせ、嘘は書きたくないからって何か調べものに来たんだろ?」
「半分正解。調べるんじゃなくて、何かないか瞑想にふけってるの」
ミチルもまた私の実力を認めてくれて、真実を探る私の心を強くわかってくれている。
「調べものをするのも外に出た方が見つかりやすいぞ」
「それはそうだけど、放課後ならまだしも朝じゃどこかに行くにも時間はないからね……」
私は元泥水に口をつける。チョコレートが溶け出して、ちょうどいい感じだ。
「じゃあ放課後ぶらつこうぜ。なんかいいもの見つかるかもよ」
「あらデートのお誘い? 申し訳ないけど私はそういうの募集はしてないの」
「お前をデートに誘う男がいたら、精神科の受診をお勧めすることにしてるんだ」
立あがり、グッと伸びをする。全身がほぐれる感じが気持ちいい。
パソコンがばかり立ち並ぶ新聞部の部室。実際はA棟のパソコン室1って名前だった気がする。かなり広く感じるが、個人用のデスクが20個、共用のデスクが何十個か。デスクといっても特に大きな仕切りがあるわけではない。現在は完全に新聞部専用の部室だが、元はといえばここも授業で使われていた部屋であるから仕切りは存在するはずがない。
私とミチルが三年生で個人用のデスクを持っている。デスクを持てるのは実力のある人たちであり、年齢が上だからと言って全員がもらっているわけではない。鹿波小説部と一緒で実力派主義である。とは言っても、ある程度年上が優遇される点が小説部より色濃い。新聞は経験やカンが重要になる、というのがこの新聞部でのセオリーであり、長年新聞部に在籍する人は当然経験もカンも育つ。そういう理由からだ。
「あんたのデスクは散らかってるよね」
「望月が綺麗すぎるだけで、俺は普通だぜ」
ミチルの机の上には、記事を書くパソコン。外や家で書くこともあるためかなり軽い(はずである)。机の上のある、いかにもというカメラは彼の持ち物である。彼は取材用にとプロのようなカメラを持っているが、私はスマートフォンに付属しているカメラを使っている。結局印刷するときは白黒なので画質が良いからと言ってそこまで得はない。最近は新聞部でSNSやホームページを作る際にミチルが撮った写真が使われてるので、プロのようなカメラが活躍していないわけではない。後はペン立てやノート、さまざまなものが置いてあるがだいたい取材に使うものである。
私はそういうものは全部ミチルに借りて、自分の身の回りには執筆用のパソコンとチョコと最低限の文房具しか置いていない。ちょっとした引出しの中にはハードディスクとUSBメモリが入っていて、そこに必要な情報などは入れている。分厚いファイルを持っているよりはよっぽどコンパクトで経済的である。メモ帳は常に肌身離さず持っているのでここにおいておく理由もない。
東側に窓があるせいで、朝は陽射しが強いのだが、今日は少し曇ってるみたいであまり明るくはない。
「そろそろ教室行くか。ちょっと早いけど、まぁここで煮詰まるよりはよっぽどましだろ」
私は返答をうなづきに変え荷物が入ったリュックを背負う。
「そういや、今年から学科ごとにクラスが決まるから、望月と一緒か」
「アンタが芸能学部って笑えるわね」
鹿波の歴史の最初は工学部だけであったが、年が重なるごとに学部は増えていき、最近では芸能学部、医療学部なんてのも新設された。私達は芸能学部の五期生であり、巨大なスポンサーのおかげで未来はかなり安心できるものである。その代わりとしては、入試はアイドル事務所よろしくかなり厳しい上に、毎年決まって同じ人数が入るのではなく、実力が一定以上の人しか入れないので割と狭き門である。私の同級生もミチル含めたった15人である。これでもまぁまぁ多い方なのか、一個上の先輩は9人しかいない。芸能学部全体で見ても、一学年平均50人程度である。1学科にすると10人と少し程度か。
芸能学部は演技、歌、声、踊りの四つに学科が分類していて、それぞれ専門的に学んでいくが、全学科全てにある程度の容姿の要素も加わっているので、相当演技がうまかったり、歌がうまくない限りは容姿の良し悪しも関わってきてしまう中々変な学部ではある。つまるところ、だいたい顔が良いのである。
ちなみに私とミチルは演技を専門に学ぶ俳優学科である。俳優学科というネーミングのセンスはなかなかにいただけない。ちなみに、普通の勉強もする。多分だが鹿波出身のアイドルたちはみんな頭がいい。
「そういや、工学部のプリンセスってのがいるんだよな。顔は山口と戦えるぐらい可愛いって評判だぜ」
山口というのは俳優学部で一番可愛いともてはやされる女である。まぁ確かに私が戦っても勝てはしないが、性格も根性も腐ってるので大嫌いだ。
「しかもそいつは頭がいいらしい。今は三年なのに鹿波警察に技術提供してるとか、どっかの大学と共同研究でなんかやってるとかもっぱらの噂だし、現に新聞部の先輩はそれに関しての記事を書いてたしな」
「ふぅん」
興味ない。
その気持ちが伝わったのかミチルは「あぁ、そういえば……」と今日の昼飯のメニューについて話し始めた。どちらかといえば興味はこっちの方があるかもしれないが、お弁当を作っている私にとっては、その二つの話題の興味はの違いはどんぐりのせいくらべもいいところである。