理事長からの呼び出し
ここから本編がスタートです。
ピンポーンパンポーン
『理事長からのお知らせです。1年A組神崎湊くん、1年B組琴岡花恋さん、西原貴雅くん、1年C組大倉直哉くん、結城紡くん、1年D組三宅友雪くん、1年E組立花悠人くん、片山蛍くん、お話があるそうなので放課後、理事長室に来てください』
ピンポーンパンポーン
「「え?」」
その放送が流れたのは、五限が終わり、後はHRのみとなった短い休み時間のことだった。
隣の席で友人である灰塚エレンと話している途中だったが、自分の名前――琴岡花恋の名前――がでて、思わずツインテールに結った黒い髪を揺らして顔を上げた。
放送が終わり、視線を戻してエレンと顔を合わせれば、エレンの灰色の目が困惑を映していて、花恋のブーゲンビリアのような目にも動揺が浮ぶ。
「理事長からだよね?なんかあったの?」
「いやー…、身に覚えないけどー…」
入学してから1ヶ月程。
特に目立って悪い事も良い事もした覚えがなく、呼び出された理由が分からず、首を傾げた。
「入学書類に不備があったかな…」
「それなら、さすがにもっと前に分かっていると思うけど」
「だよね。なんなんだろ」
1番呼び出される可能性がありそうなことを言ってみたがあっさり否定される。確かにそれなら入学式前に発覚しそうだと納得し、なら何故だろうと再び悩む。
「西原くんは呼び出される理由知っているかな…?」
「さあ?どうだろ。
西原も呼び出されているんだし、悪い理由ではないと思うけど……」
同じく呼び出されているクラスメイトの西原貴雅とは、花恋は数度話したことがあるのみだ。
だが、外部生の花恋と違い同じ内部生だったエレンは、彼のことを結構知っているらしく、
成績が良かった、中等部で生徒会長をしていた、先生うけが良かった等のことをエレンの口から聞いたことが何度もある。
真面目なのか、花恋との話の内容も高等部から入ってきた花恋が馴染めるかどうか気にかけるようなものだった。
彼が悪い事をして呼び出されるようには見えない。
「まあ聞いてみればわかるかな」
そう花恋がエレンに言った直後、担任の先生が教室に入ってきて、花恋たちはさっと黒板の方に体を向けた。
HRが終わり理事長室に向かえば、もう花恋以外の呼び出された生徒たち全員が理事長室の前で揃っていた。
花恋はその中で一際背の高い黒髪の男子を見つけそっと近づく。
「西原くん」
「ああ、琴岡さん」
やや視線を俯いでいて何か思いつめているような表情を浮かべていた貴雅だったが、花恋に声をかけるとぱっと顔を上げ、眼鏡をかけた明るい青緑の目をやや細め、いつものように微笑んだ。
「もう来てたんだね」
「うん」
「そういえば、実はわたし、呼び出された理由を知らなくて……。
西原くんは知ってるの?」
その言葉に一瞬貴雅は目を見開いたが、なるほど、と何かに気づいたように呟いた。
「実は俺もよく知らないないんだ」
「そう、なんだ……」
「うん。ごめんね。役に立てなくて」
「ううん。ちょっと気になっただけだし……、気にしないで。
……他の人も知らないみたいなのかな」
「そうだと思うよ」
その言葉にそっと集まった他の人に目を向けてみれば、先ほどの貴雅のように思いつめたような表情や悲壮感が漂うような表情、ふてくされたような表情を浮かべている人だらけで、
花恋のように呼び出された理由を知らないんだろうなと窺い知れるのは疑問が顔に出ている黒に近い紺色の髪をした男子のみだった。
(そんな感じではないようだけど……)
全員が全員本当に知らないのか疑問に感じまた貴雅と話そうとしたとき、理事長室の扉が開いた。
「全員集まっている?……集まっているわね。では、中に入ってもらっていい?」
扉から出てきたのは30代前後であろう女性だった。
顎のラインで切り揃えられた、ベージュに近い色の真っ直ぐであるけれど柔らかそうな髪と、同色のたれ目を持つ彼女は、入学式で一度見たことがある理事長に間違いないだろう。
扉から近い人から順々に入ると、奥のほうにある机に移動した理事長から、机の目の前にある向かい合わせのソファに座るように言われた。
全員がソファに座った後に周りに視線を巡らせると、花恋は理事長がいる机の横の壁にある椅子に人が座っていることに気付いた。
その人物に視線を向けて見るとその人は男子生徒だった。
上履きのラインの色が花恋たちと同じ赤なので1年なのだろう。
ややはねたオレンジの短髪の彼ははっきりイケメンだと断言できる顔立ちだが、ぱっちりとしているくすんだ緑青の目は何故か憎々しげに花恋を見つめており、不快感を覚えた。
(何あの人……)
「ここに集まってもらった理由、なんとなく気づいている人もいると思う」
理事長が側にある机にも椅子があるにもかかわらず、集まった全員が座ったことを確認した理事長は、立ったまま話し始めた。
「あなたたちに集まってもらったのは、説明しなければならないことがあったからなの。
この学園であなたたちがしなければいけないこと、あなたたちの身に起こっていること、そして、
あなたたちの前世で起きたこと」
一瞬何を言われたのか分からなかった。
耳から聞こえた言葉の意味が分からず、何度も頭の中でその言葉を反芻する。
そして、やっと何を言われたか気づき、
「「は?」」
そんな言葉が口から洩れてしまったが、仕方ないことだろう。