記憶
大人になったらどんな風な未来が待っているのだろうか?
毎日汗水垂らしながら働き、彼氏がいて、同棲したり女友達と旅行に行ったり、美味しい物を食べたり、、、。
私の周りは20代で結婚するのが当たり前だったし、20代後半だと遅いという風に扱われていた。
私の現実は、幼き日に思い描いた理想を全てぶち壊していた。
私にとって不必要な記憶だけが鮮明に残り、その時の会話や声は忘れたことが無い。
要するに嫌な思い出だ。
当たり前だと思って過ごしていた日常や生活が、世間からすれば〝異常″だったということ。
普通と思っていた自分が〝変″だったということ。
常に人の顔色伺いながら言葉を選び、作り物の笑顔に大人達は喜び、可愛いといって玩具を与えて来た。
どこに行っても借りた猫のように行儀よく畏まり、我儘を言っても許される存在だった。
兄弟も近しい親戚もいなかった為、父方の親戚にとことん甘やかされた。
母も父も本当の愛情の与え方を知らない。
何故なら、2人共自分たちが愛されてこなかったからだ。
手探り状態での子育て。待望の一人っ子は
残念な事に内気な私だった。
母からの期待も、父からの希望も、私は応える事が出来なかった。
両親は、私を一般的な能力で、ごくごく普通の人間に育てたかったのだろう。反面、私への可能性に賭け、英才教育を受けさせた。
2歳からピアノを習い、3歳から公文で算数と英語、4歳からはリトミック、、、一週間の内に習い事が無い日は2日だった。
周りが英才教育を受けている子供ばかりだったからか、私は特別忙しいとは思わなかった。
共働きだったため、私は4歳の頃から鍵っ子だった。
もう一つの理由は
母が浮気をしていたから。
3歳までは一緒に連れて行かれ、浮気相手に猫被っていたが
あることがきっかけで、私は一人で留守番するのが日常になった。
リトミックも、公文も家から徒歩で15分以上かかる場所にある。夏でも冬でもてくてく鞄を背負って、歩いて通っていた。
夏の暑い日、公文が終わり、いつものように家のドアの前に着き、鞄に結び付けた赤い紐のカギをだそうと肩から降ろす。
ふと、背後に影が。
物音もせず何か気配を感じ、後ろを振り返ろうとした瞬間
すっ と後ろから手が伸びる。
ぞくっ!!と全身の鳥肌が一瞬で立ち
「駄目だよ、こんな事しちゃ、、、、」
言葉と共に私の手に何者かの男の手が添えられ、鞄から出した鍵を再び男によって、ランドセルに戻された。
冷静に私は
(ここ私の家なのにこの人は何を言ってるんだ)
と心の中で突っ込んでいた。
そこから何を思ったのか、鞄と背中の小さな隙間に手を入れ、サロペットスカートのTシャツとスカートの隙間からも触ってきた。
所謂痴漢というやつだ。
2度目の鳥肌がぶわっと立ち、先程とは違う恐怖を感じた。
(この人は危ない、振り返ったら殺される!!)
普段から母への暴力で、身の危険を察知して行動していた為、咄嗟に振り返るのを止めた。
マンションの共同廊下だが、昼下がりに誰一人として通らなかった。
それからどれだけの時間が経ったのだろうか、、、とてつもなく長く感じた。
男は触るだけ触って満足したのだろう、声一つ出さない私に触る以外、何もしてこなかった。
静かに去って行き、足音が消えるまで体が動かなかった。
音が無くなった瞬間、私は勢いよく扉を開けて鍵をかけ、チェーンをし、玄関で泣き崩れた。
あの時の恐怖が蘇った瞬間だった。
後で聞いた話だが、同じマンションの上の階に住む幼馴染が、内階段で隠れてその男の姿を見ていたらしいのだが、その男は刃渡り10数センチのナイフを持っていたらしい。
私が振り返ったり、声を出していたら、、、、私は殺されていたのだろう。
その日に母に泣きながら相談し、母は然程心配することなく適当な返事を返した。
然し、その時から私は、防犯用として携帯電話を所持することになった。
小学校に入学した時、携帯を持っていたのは私だけだった。




