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短編集

風になりたい

作者: 緒方薪

この作品は人物や設定の説明を省いております。故に、読んだとしても気になる点がかなり残ってしまわれると思います。

それと、タイトルや作品の一部にある「風になりたい」はTHE BOOM様の曲(作詞・作曲宮沢和史様)の曲から使わせて頂いております。直接的な歌詞は「風になりたい」だけですが歌詞に似ている文も幾らか文章中にあります。これは「風になりたい」を聞いて着想を得ているからです。故に、もしかしたら削除対象になるかもしれません。

また、投稿掲示板~暁~にて同名のタイトルで投稿を過去させて頂きました。こちらは二次創作禁止ということで一部の添削及び改変をしたものになります。

 誰かが、私のことを呼んだ気がする。


                ◇


 この病院で過ごすようになってもう一年が経つ。そんなことを不図考えた。いつも通りの、建設的では全くない思考の一環。どうせ病院からでることも滅多に無いのだ。非生産的であってもバチは当たるまい。病院内っていうものは、まぁ、周知のことだろうけど、暇。だからちょっとでもそれが潰せそうなことを思いついたら、それを真剣に考え出してしまう癖がついてしまっていた。

 私がこのベッドで過ごすようになって、一年。まだ成人を迎えていない私にとって、一年は非常に長い。そう考えればこのベッドも、この天井も慣れ親しんだものだった。床も、そして、この窓から覗く港にも。窓の外を眺める。あの日以降、壊れてしまった港は日々着実に修復されていっている。ここから望む、ある意味退屈と言っても過言でないその風景に戻っていく様は、何故か心の中が落ち着いた。

 もうふた月も切っていない髪の毛を、左手で一房、くるりと巻いた。そろそろ切らないといけない。一応、私だって女なのだ。綺麗な髪でいたいのは、おかしいことじゃない。

「はぁ……」

 ため息を吐いて、ベッドに腰掛けた。もう、彼とは何日も会っていない。病院から一歩も出なくなってから、もう随分と経つのか、なんて、一寸思い返した。

 窓から覗く風景は、蒼い空を映し出していた。近くに見える入道雲、そうして、白い点に今は見える海猫。外に出ればつくつく法師の声も聞こえるだろう。もう、夏も終わる。激動の初夏を終え、夏に入り、そうして次の季節へ。

 いや、違う。夏は過ぎ去るのだ。人は前に進む。もう夏は過ぎる。進む先には秋がある。

 そこでまた不図思う。夏は、何かに似ている。ちょっと考えて、それをすぐに理解した。

「嗚呼、そうか」

 私だ。いつだって蚊帳の外の私。置いてけぼりの私。そうして、時間に置いていかれる夏。そう思うと、夏という季節に親近感が湧いた。

 暫し、無言の時間を過ごす。耳に入る音は、空調の僅かなモーター音だけだった。



 そのまま、半刻程が経っただろうか。思考は未だに、非生産的で無意味なことを考えていた。例えばそう、一体この暮らしはいつまで続くのかとか、彼に私は負担にしかなっていないんじゃないかとか、ここから望む、“俯瞰の先の、遠い彼と彼女”に、私の手は届くことはあるのかと。

「あ」

 “魅入られた"

 頭の隅っこで理解する。発想がころりと変わる瞬間。ある節目を、超えては行けないラインを跨いでしまった感覚。恐らくは人生に一度、あるかないかの体験。

 生物としての最大の禁忌、それを今私は、現状からの逃亡ではなく、前向きな選択肢として受け入れていた。これを、他の人達は“魅入られた”と言うのだろう。

 胸が高鳴った。先ほどまでの陰鬱な気持ちは、もう微塵足りとも残っていなかった。やりたいことが、見つかったのだ。この無風の病院で、やりたいことを。スリッパを履きなおして立ち上がる。窓際に歩いて行って、外をもう一度眺めた。蒼海、蒼穹、入道雲、海猫、強い太陽。なんてお誂え向き!

「~~♪」

 自然と鼻歌が出てきた。何年も前のヒット曲で、私はこの曲のサビが好きだったのだ。

 数少ない私物から、ヘヤピンと手鏡を取り出した。長くなって少しばかり鬱陶しい前髪を、ヘアピンを使い右で抑える。そうして小さな手鏡できちんと整える。肌は、夏だというのに日に焼けていないからいいけど、もうちょっと唇に紅が欲しい。だが、生憎口紅は手持ちになかったので諦めた。手鏡で自分の姿を確認すると、黒く長い髪の毛と、病的に白い肌が際立った、モノクロの人になってしまっていた。これはいけないと思い、窓際に置かれていた花瓶から枯れかけた花を一輪失敬しヘアピンと一緒につけた。もう一度手鏡で確認。うん、中々いい。

 お気に入りの服とか色々考えたけど、やめた。やっぱりこういうのは、下手に飾りすぎないのがいいと思うのだ。あくまで自然に。そうして、髪につけた一輪の花がアクセントになればいい。

 病室のドアを開け放った、いつもはこの白い廊下に嫌気が指すけれど、今はこの何者にも染められない白が心地良く感じた。一年を過ごした病院、構造はわかっていたから、階段を直ぐ様見つけて登りはじめた。だが、そこでちょっとした誤算。屋上に続くドアが閉まっていたのだ。まぁ、考えてみれば当然か。

 だがしかし、この程度で諦められるほど、胸の高鳴りは小さくはなかった。登ってきた階段を降りて、一階へ。

 受付の女性に軽く挨拶をして、玄関から外に出た。受付の彼女は、私が散歩に行くと思っているらしい。けど、違うのだ。



 ―――風に、風になりたい



 玄関を出て裏手に回り、フェンスを乗り越えて外付けの非常階段に入り込んだ。病院内からでも入れるけれど、人目が多いので、見られたりしたら大変だ。

 早速非常階段を登り始める。先ほどの階段の昇り降りから連続してなので、鈍りに鈍った私の体はすぐにへこたれる。それに、院内と違って蒸し暑く、そうして予想していたとおりにつくつく法師の声がした。

―――嗚呼、なんて素晴らしい!

 夏が、私を祝福してくれるようだ。置いてけぼりにされるモノ同士、仲良くしよう。

 なんとか非常階段を登り切って、またフェンスを超える。ここは、病院の屋上。そうして、私の目的地だった。

 白い洗濯物が沢山干されていた。その中に歩み入る。その瞬間、一陣の風が、私を包み、駆け抜けて、洗濯物を揺らした。髪を、荒れぬように抑える。最高に、この風が気持ちいい。

 フェンスまで駆け寄って、それにより抱るように空を仰ぎ見た。フェンスを掴もうと思ったが、ペンキの剥がれたフェンスは、太陽光で暖められていて熱く、直ぐ様離した。

 西に見える積乱雲は、風があるし、一時間もせぬ内にこの地で雨を降り注ぐだろう。



 フェンスを越えるのには中々難儀し、階段がある場所の裏手の日に当たらないところから、なんとか超えることができた。フェンスの外側の、一尺程せり上がった縁に登って立つ。両手を広げて、バランスを崩さぬように縁を歩き始めた。

 時折吹く、強めの風が体を大きく揺らし、それは直ぐ様諦めることになってしまった。空を見ると、思ったよりも積乱雲の足が速いらしく、もう少しで太陽が隠れそうになっていた。


 北側のフェンスの外に移動した。ここまで履いてきた靴を脱ぎ、裸足になる。あんまり形式張ったことは好きではないつもりだけど、靴を履いたままで格好がつかない気がする。

「~~~♪」

 お気に入りの曲を、最後に口ずさむ。

 縁に乗り上げる。真正面には、太陽。

 歌を、歌う。あの人に会えて幸せだったと。そうして歌は、いつか呟きに。頭に浮かぶは一人の人。私の、好きな人。

「風に」

 その瞬間、先ほどまで吹いていた風は、ピタリと止んだ。次に吹くのは他の何かの風じゃない。今度は、私が。

「風に、なりたい」

 太陽に向かって、駈け出した。無風の中、ただ一つの風になって。

 ただ、風に。風に。風に風に風に!

 終わりはすぐにやってくる。如何に私の足だろうが、病院の一辺の長さなんてたかが知れてる。


 駈け出した刹那、誰かが、私のことを呼んだ気がする。だが、それを置いてけぼりにして、足を緩めずただ前へ一歩目を踏み出す。


―――二歩目、三歩目、駆けろ、駆けろ、駆け抜けろ!

 そうして、残り一歩。落下を恐れない、ただ前を見る。そう、この瞬間、私は、風に、風に!


 最期の一歩を踏み切った。

 浮遊感。私の体と地面は、二丈以上ある。この浮遊感が続くのは、一瞬。その一瞬に、人生全てを賭けた。目指すは太陽、その身を風に。落ちるは地面、血の吹雪と失せるまで。

 嗚呼、でも、貴方の温もりを最期に感じていたかったな。

本文中には出てこなかったこの短編の設定です。

少女は体が弱く病院に1年間入院しています。俯瞰の先に遠い彼と彼女とありますが、これは入院より前から知り合いだった人物を指しています。この内彼とは、少女が好いている男性です。

少女は最近その彼が見舞いに来てくれないことで最初塞いでいます。それが飛び降りの原因の一部となりますが、最後、飛び降りる直前に聞こえた声は、見舞いに来たものの少女が病室におらず、探しまわっていたその彼が少女を探す声でした。

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