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「キヅキってさ、意外といい男だよね」
初めて会ってから一週間。毎日午後に牢獄まで足を運び、ベッドの横に用意された専用の椅子に座るキヅキに、エリナは科を作りながら言った。
「意外とってなんだよ。でも、同じ事を、同じように姉さんに言われたような気がする」
エリナはたびたび既視感を抱くような発言をした。
「なにそれ、キヅキってお姉さんとそういう関係だったの?」エリナはいたずらっぽく笑う。
「なっ、僕はそんな……って、あれ? でも、そんなこと言われたなら、そんな関係だったのかな」
エリナは、ぷっ、と吹き出した。
「あははは、キヅキってほんと面白い人だね。自分の事もわかんないんだ」
「うーん、どうなんだろ。エリナと話してると、わからなくなってくるんだ」
今と同じように、毎日会って、話して、笑いあっていた気がする。それは仲の良い姉弟の関係を超えていると思う。
「そっか。ってことは、あたしは見た目がお姉さんと同じでも、恋愛対象として見れるってことかな」
「うん、そういう事になるかな」即答するキヅキ。
「キヅキって即答すること多いけど、あまり考えないで答えてるでしょ」
「そうかな。でもミスズにもそう言われたことがあるから、そうなのかも」
「ミスズってお姉さんの名前?」
そう言われてキヅキは考え込む。
「ミスズってだれだっけ? 姉さんの名前? いや、恋人の名前だったかも……」
「キヅキ、恋人がいたんだ……。でもはっきりわかんないって事は、やっぱりキヅキは記憶が曖昧なんだね」
「やっぱりだって? 僕の言ってる事でおかしいとこあったかな」
「うん。だってこのあいだ、剣道でインターハイがどうとかって話をしてくれたじゃない」
確かにキヅキは数日前に、自分が高校時代に剣道をやっていたという話をした事を思い出す。
「キヅキってどう見たって、剣を振り回すような体力がありそうにないもの」
キヅキは腕を広げて自分の細長い体を見まわした。確かに一週間前の土木作業での筋肉痛具合を見る限り、とても自分がスポーツマンだとは思えない。
「いや、竹刀は軽いし。たぶんほら、大学とか行くと、あまり運動しなくなるから……」
「ふふっ、いいわけする男は格好悪いぞ」
エリナのくすくすという笑い声が洞窟に響いた。
それからさらに二週間ほどが経った。
「まだ姉ちゃんを探しに行かなくていいのか、キヅキ」
畑仕事を手伝うキヅキに、ザイルが声をかけた。
「うん、行くよ。でもほら見てよ、この畑のうね完ぺきだよね」自慢げに鍬で地面を指す。
「はぁ、トーカー様はお気楽なもんだな。聞いてたトーカーって、どこか影があって、目的がはっきりしてるイメージがあったんだけどな」
「待ってよザイル。僕はちゃんと、この畑を仕上げるって明確な目的をもって行動してますよ。それに影だってほら、足元にこんなにくっきりと」
指差した先には影が伸びている。
「そういう事じゃなくてだな。まぁお前がいてくれた方が、俺達にとっては喜ばしい事なんだがな」
キヅキはそこで真面目な顔をして尋ねる。
「それなんだけど、トーカーって、叶えたい願いってのは自分の世界でのものなのかな」
「どういうことだ?」
「たとえばさ、僕がエリナの病気を、ドラゴンの力で治したいと思ったとする。だけどそれって、召喚された後にできた、この世界の人に対する願いであって、本当の僕が望む願いとは違うんじゃないのか」
それを聞いて、ザイルは苦い顔をしてうつむいた。と思ったら、すぐに満面の笑顔になり。
「違わねぇよ。それだよ、それ。トーカーの願いってやつは、そいつがその時に一番叶えたいものなんだよ。だからキヅキがエリナの病気を治したいと思ってるのなら、それはトーカーの願いとして正しいものなんだよ」
あからさまにいいこと思いついた感丸出しのその説に、疑いの目を向ける。
「本当にそう? なんか僕をドラゴンに乗せる口実のような気がするんだけど」
「うっ、そんなことねぇよ。願いってものの本質は、そう思ってる時だからこそ叶える価値があるんだろ」
図星を突かれながら正論を言われても困る。
それに、と言って、ザイルはキヅキから鍬を取り上げる。そしてあっという間に、キヅキの作ったものよりも綺麗なうねを作り上げた。
「お前がこの畑を置いて行くには、まだレベルが足りないな。それにおまえは、心残りがあるまま出ていけるのか」
ぐぅの音も出なかった。
キヅキは鍬を受け取り、それを見つめながら、なぜ自分がこの世界に呼ばれたのか疑問に思う。
今までの状況やここでの生活は、すべて中途半端なのだ。
まだ自分と同じトラベラーと出会ってないのでわからないが、おそらくトラベラーは、叶えるべき明確な願いのためにドラゴンに自ら乗り、そして戦うものなのだと思う。
だけど自分は、姉を探すという、命をかけるまでもない願いしかなく、ドラゴンに乗る必要性がない。かといって戦わずにこの世界で生きていくのも理由がなさすぎる。
そんなことを考えつつも、また数日が過ぎ去っていった。