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ドラゴントーカー  作者: バラ発疹
第一話「ドラゴントーカー」
3/38

3、

          3、



「あたしに、あなたみたいな弟はいませんけど」

 獄中のベッドの上で、女性は突然現れたキヅキをしばらく驚いた表情で眺めたあと、冷たくそう告げた。

「えっと、ああ、ごめんなさい突然。あなたは本当に僕のお姉さんじゃない?」

「ええ、あたしはあなたの姉じゃないわ。顔だってあなたとぜんぜん似てないじゃない」

 そう言われてキヅキは自分の顔を両手で触ってみるが、似てるかどうかは確認できない。

 女性を見てみると、少々やつれてはいるもののすらっとした輪郭に切れ長の目、少し不機嫌そうに見えるへの字に曲がった口、肩まで伸びた軽い癖っ毛など、キヅキの知る姉と同じ人に見えた。

「でもあなたは僕の姉さんに瓜二つなんですが」

 女性はため息をつく。

「いい? 世の中には似た人間が3人はいるっていわれてるの。それなのに他人のあたしを姉だと疑わないなんて、あなたは足りない人なの?」

 言い聞かせるように話す仕草も似ていると思う。

「わかりました。あなたは僕の姉さんじゃないんですね」

「そうよ、あたしはあなたの姉じゃない。あなたはお姉さんを探しているの?」

「はい、僕は姉さんを探しています」

 キヅキはぼんやりと女性を眺めながら答えた。それを見て女性は怪訝そうな顔になる。

「じゃあ、あなたは今すぐここを出て行って、お姉さんを探しに行かなければいけないわね」

「えっ、なぜですか? もうその必要性は感じられないですけど」

「……あなた、やっぱりあたしを姉だと疑ってないでしょ!」

「ああ、怒らないでください。ちゃんとわかってますよ。姉さんに会えたうれしさで、ぼおっとしていただけです」

「いや、もうまったく聞いてないし」

 そんなキヅキに、女性はふてくされて布団をかぶって横になってしまった。

「ごめんなさい、今のは冗談です。それはそうと、あなたは何でこんな所に閉じ込められているんですか? 何か犯罪でも犯したのでしょうか」

 そう尋ねると、女性は布団から顔を出すが、視線は合わせずに答える。

「あたしは病気なの。治らない病気。不治の病ってやつね」

「何で病気の人が、こんな牢獄に放り込まれてるんですか。意味がわからない」

「それはあたしの病気が、はやり病だからよ。でも安心して、この病気は血液からしか感染しないから、このまま話すだけならあなたには伝染しないわ」

「だったらなおさらこんな所に投獄させておくなんておかしいよ。みんなに抗議してくる」

 憤りながら出口の方へ向かって行こうとするキヅキを、待って、と女性は制止する。

「ここに入ってるのはあたしの意志なの。みんなは一緒に生活すればいいって言ってくれたんだけど、あたしが嫌がったのよ」

「なんでそんな……」

「いままでいろんな人に迷惑をかけてきたから、あまりみんなの邪魔はしたくないの」

 みんなの邪魔とはなんだろう。感染経路の狭い伝染病なら、そう邪魔にはならないはずだ。

 キヅキは、何もできない自分の手を見た。マメができていた。大工仕事ですらまともにできない手のひらを、握って隠した。

「あなたは優しい人なんだね」

 ありがとう、と女性は涙声で言った。

「ほんと、ここのみんなも優しい人ばかりで困っちゃう」

 キヅキは立ちつくしながら、牢獄に響くすすり泣きをしばらく聞いた。他人の事情も痛みもわからない以上、それしかできることがなかった。

 そして静寂が訪れたころ、もうそろそろ行きます、と伝えると再び、待って、と止められる。

「ねぇ、あなたの名前を教えて? あたしの名前はエリナ」

「僕の名前はキヅキです」

「キヅキ、迷惑じゃなかったらまた来てくれる?」

「はいエリナ。迷惑じゃないので、また来ます」

「じゃあまたね、キヅキ」

「うん、エリナまたね」

 二人は手を振りあって別れた。

 その後、いろいろと考えながら手ぶらで広場に戻ったキヅキが、棟梁にどやされたのはいうまでもない。



          ◇ ◇ ◇



 次の日、家の完成を祝う打ち上げの時、医者のカジルという恰幅の良い男性が声をかけてきた。

「キヅキ、君はエリナと会ったんだね」

 キヅキは勝手に洞窟に入った事を詫びた。

「いや別に君を責めているわけじゃないんだ。ただこれから彼女に会いに行くのは午後からにしてくれないか」

「僕が行ったりしてもいいんですか?」

「まったくかまわないよ。彼女もあんなところで退屈だろうからね」と言い、くれぐれもよろしくと告げて去っていった。

 エリナの洞窟へと向かうカジル医師を見送っていると、突然後ろからヘッドロックをかけられる。

「おいキヅキ、さっそく女に手を出すとはトーカー様も隅に置けねえな」

「ザイルか。別にそんなんじゃないよ。エリナは僕が探してる姉さんに似てるんだ」

 そう言うとザイルは遠い目をする。

「姉ちゃんか。俺の姉ちゃんも長い間会ってねえな。ちゃんと生きてるかな」

「元気にやってるかな、じゃないんだね」

「ああ、戦争中だからな。それに俺は4年前からここでドラゴンに掛かりっきりだから、1年前の王都での地震の惨状も知らねぇからさ」

 心配じゃないのか、と訊ねてみる。

「そりゃあ心配だよ。それでも、俺はドラゴンから離れるわけにはいかねぇんだ。あれは俺達の希望なんだから」

「希望って……あれは戦争の兵器なんだろ?」人殺しの道具に希望なんて似つかわしくない。

 ザイルはあきれたようにキヅキを見た。

「キヅキはトーカーのくせに何も知らないんだな。ドラゴンが300年周期で、7つの国に一体づつ現れるってのは聞いたな」

 キヅキはうなずく。

「ドラゴンは実際たくさんいるんだが、やつらは雄同士で共食いをする。それが300年続いたあと、それぞれの国には一体だけ王となるドラゴンが残る。そしてその王が雌と繁殖した後、5年をかけて7つの国にいる王達と殺しあい、この世界の王を決めるんだ」

「5年って決まってるの?」

「ああ、5年を超える事はない。奴らは規則正しく行動する。300年かけて王を決め、繁殖した後、1年間活動を停止して、5年をかけて殺しあいをする。もうすでに3年が過ぎてるけどな」

「1年間の活動停止って」

「冬眠みたいなもんだ。そのあいだに俺達人間は、ドラゴンを見つけ出して改造する。改造しなければ、奴らは勝手に殺しあいを始めるからな」

 そして、とザイルはキヅキを指差す。

「お前達トーカーは、自分の願いを叶えるために、そのドラゴンを操り戦う。だから、ドラゴンとトーカーそれぞれに自分勝手な理由で戦うから、戦争の道具とはちょっと違う」

 そこで疑問を抱く。

「じゃあなんでこの世界の人は、ドラゴンを改造したりするんだよ。メリットがないじゃん」

「それは、願いが叶うって気づいた昔の人は、自分の願いを叶えようとドラゴンを操れるように改造したのさ。だけど、改造されて怒ったドラゴンの呪いで、自分が連れてきた他の世界の人間の願いしか叶えられないようにしたんだ。でもその事とは別で、この世界の王になったドラゴンの国には、他国は攻め入る事ができなくなる」

 攻め込んだ国に災いが起こる、と。300年の平和が保障されると言った。

 だから『希望』なのだ。

「でもそんなこと言うってことは、キヅキのいた世界って戦争がないのか?」

「ううん、戦争がないってことはないけど、僕の住んでる国は少なくとも70年近くは戦争はしていない」

「ってことは、この世界みたいに、戦いに勝って平和を勝ち取ったってことか」

 負けて平和になったんだよ、と言うと、ザイルは意味がわからないようで、上を見上げて考え込んでいる。

「戦争に負けたのに占領されずにか? その世界にもドラゴンがいるとか」

「いないよそんなもん。でも、少なくとも僕は、戦争を経験したことがない」

 そう告げるとザイルは、日本に行ってみたいと言った。

「そうだね、連れて行けるものなら連れて行ってやりたいよ」

 そう言ってため息をついたキヅキの頭に、ザイルはポンと手を乗せる。

「ま、キヅキは何も悩まず、自分の事だけ考えとけばいいさ」

 そう言い残して、ザイルは祝いの輪の中に再び入っていった。

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