092 「あなたは、走る」
あなたは。
走っていた。
青い空が、頭上を流れて行く。
緑の木々が、左右を飛び去っていった。
風が、あなたの身体を包んでゆくのが、判る。
もう、あなたには迷いは無くなっている。
パーミット・オブ・グレイの見せる世界は、ある意味情報化された世界であった。
それは、むき出しの状態で世界を見るよりも、あなたを安心させる。
言ってみれば、色々なハイパーリンクの付けられたウェブの画像を見ているのと、似ているような所があった。
あなたは、音と色彩が混沌とした迷宮を作り出しているような世界から解き放たれ、整然とした情報空間へと入り込む。
急がなくては、いけない。
あなたは、そう思っている。
わたしの乗る船が(それが畝傍とよばれることを、あなたは知っている)、もうすぐ海岸へつくことが判っている。
それを、待ち受けているCIAとローゼンベルクの混合部隊が、とても危険な存在であることも判った。
でも多分。
あなたが一番、怖れていたのは、赤く染まったわたしのこころ。
血に飢えたわたしのこころは、多分あなたを傷つけた。
もしかすると、それがわたしのこころを傷つけていた以上に。
あなたは、わたしのこころが本当に赤へと飲み込まれ、戻れなくなることを、怖れていた。
あなたは、走る。
島の丘を越え、森を抜けて。
クロスカントリーの走者みたいに、マシニックなリズムを作り出して。
おそらく、肉体のぎりぎりのポイントを正確に割り出して。
その持てる力を、限界まで引き出してゆき。
走る。走る。
わたしの元へ向かって、走って行く。