090 「あなたの呼び声」
どこまでも続くかに見えた、海の向こう。
そこに、小さな島影のようなものが、ぽつりと見えはじめる。
わたしは、再び畝傍の甲板に出ていた。
呼ぶ声が、したように思ったからだ。
あなたの声。
あなたの呼び声。
その時、わたしはあなたに見いだされていたのだけれど。
そのことを知るのは、もう少し後のことになる。
その時わたしは、何も知らずに青い空と海を見ていたの。
潮風が、わたしの髪を掻き乱していった。
そして、遅ればせながら、景色が動いていないことに気がつく。
畝傍は、いつの間にか止まっていた。
わたしは振り反って、三本のマストを見る。
帆が折り畳まれつつあった。
えっと、これはどういうことなのかな?
目的地は、もうすぐなのに。
「エンジン走行に、切り替えるのよ」
わたしは、声のしたほうを見る。
いつの間にか、エリカが近くに立っていた。
「エンジンついてるんだ」
「畝傍は、19世紀に帝国海軍がフランスに発注したものを、フォン・ヴェックが譲り受けたの。18ノットは出せる二気筒レシプロエンジンを装備してるわ」
「どうしてエンジンついてるのに、使ってなかったの」
エリカは少し笑う。
む、ちょっと馬鹿にした笑い方だ。
でも、わたしはなんだか穏やかな気持ちだったので、それを無視した。
「この本の中みたいな小さな世界で、内燃機関を使うのはよいことではないの。酸素を消費し、大量に二酸化炭素が放出されると、色々バランスが崩れる。でもね」
エリカの目は、強く光る。
「戦闘時は、そうもいってられない」
ああ、そうか。
もうすぐ、なんだ。
もうすぐ、わたしたちは、ローゼンベルクと戦うんだ。
エリカは、頷くとわたしを見つめる。
「ねえ、リズ。大丈夫なの?今度は、戦争なんだよ」
どうも、わたしが少し呆けていたのを、見抜かれたらしい。
でも。
その時、わたしはあなたの気配を感じており、もうすぐ会える予感があったから。
自信たっぷりの、笑みを返した。
「もちの、ろんよ」