009 「深海のような闇の底で目覚めた」
わたしは、深海のような闇の底で目覚めた。
昏い水の底。わたしは、自分が水槽のなかにいることに気付く。
闇の中からもがきでる。
わたしは、水槽のなかで起き上がった。
頭のなかで赤い稲妻が光っている気がする。
空気をもとめて、喉がなった。
わたしは水槽の縁を手でもって体をささえる。死からの帰還。精神だけのの存在から肉の中へ戻るのは天空から井戸の底へと沈むのに似ている。
わたしは、ぎこちなく身体を動かす。
わたしは生まれたばかりの小鹿みたいによろめきながら、水槽の中へ立ち上がった。
「お帰りなさいませ、エリカ様」
声のしたほうを見る。
白い軍服姿の青年が、傍らに軍刀を置き膝まずいていた。
「日出男か?」
わたしの言葉に頷くと、黒い長衣をさしだす。
黒はわたしの色だ。
わたしはよろめきながら水槽から歩だし、黒衣を受け取る。
服を手早く身につけると、ようやくあたりを見回す余裕ができた。
そこは薄暗い石でできた巨大なドームの中。
西の大聖堂と呼ばれる場所。
凛々しい顔をした白衣の青年が、刀を手にわたしの前に立つ。
濱島日出男、わたしの護衛官だ。
わたしは、手を差し出す。
日出男はわたしの手をとって支えてくれる。
「この幻体はあなたが用意してくれたの? 日出男」
日出男は頷く。
「エリカ様の送って下さった髪の毛から造りました。随分時間がかかってしまいました」
「わたしはどのくらい死んでいたの?」
「一月ほど」
わたしは、溜息をつく。
「王宮はどうなの?」
日出男は黙って首を振った。言うまでもないということだろう。
「ふん、わたしが戻ったからには取り戻すわよ。フォン・ヴェックがこの世界の支配者であることを知らしめてあげる」
「さて、それはどうかな」
闇の中から影が歩み出る。
大きな黒い狼。
仔牛ほどの大きさがあるその狼は、赤い口を笑うように開いた。
「まずは、ここから生き延びるすべを考えることだな、ウルリッヒの末裔である姫よ」




