089 「彼女は、頷くと本を開いた」
アルチュセールは、来たときと同じように陽気な笑みを見せて、帰っていった。
漆黒のトラックが、夜の闇へと溶け込んでゆくのを見届けた彼女たちは、再びアリスの車へと乗り込む。
アリスはてきぱきと、コンバットスーツやボディアーマーを装備し、銃機や予備彈倉を身に付ける。
彼女は、土曜日の本を手にすると静かにため息をつく。
そして、アリスを真っ直ぐ見つめて言った。
「ねえ、説明がいるとは思わないの?」
アリスは、冷淡な顔を彼女へと向ける。
「何を、説明してほしいんだ?」
「軍隊だって、作戦前にはブリーフィングをするのでしょう? まあ、どうやら戦争にいくことになるらしいことは、ようやくさっき知ったのだけれど」
アリスは、少し苦笑した。
彼女はそれを無視し、アリスを見つめたまま質問する。
「本の中では、何が起こっているの?」
「それは、わたしにも判らない。ただ」
アリスは、淡々と言葉を重ねてゆく。
「CIAの荒事専門の部隊が、動いているのは確認した。おそらくスペシャルフォース一個小隊分くらい」
彼女は、首を振る。
「なぜ、その部隊が本の中にいることが判るの」
「半分は勘。もう半分は、消去法だ」
「消去法?」
アリスは、冷たい眼差しを彼女に向けて、語る。
「この島国では、マフィアですら殺し合いよりビジネスを好む。その本の中以外、どこで戦闘専門のスペシャルフォースが必要とされるんだね?」
彼女は、ため息をつく。
「なぜ本の中では、必要とされるの?」
「おそらく、本の中ではヨハネスブルグ程度にしか、法律が効力を発揮しないと思うな。何しろ」
アリスは、少し厳しい光を瞳に宿す。
「本の中だぞ。そんなところで、誰が法律を守ろうなんて考える? もっといえば、そもそも法律を制定する国家すらないかもしれない。メキシコの麻薬マフィアのボスですら、まともな君主に思えるタフガイが支配してるかもしれない」
ようするに、アリスはくだらない質問は切り上げて、さっさと本の中へ行こうといいたいようだ。
彼女は、頷くと本を開いた。
そして、ペンを取りだし書き込んだ。
「梟鏡、お願いがある」
彼女が捲ったページには、少しうんざりした調子の文章が書かれている。
「サラ。君は一体いつからそんな、面倒くさいおんなになった。君の美点は、ものごとをあまり深く考えず、とりあえず行動をおこすところにあったと思っていたんだが。まあいい。なんでも言いたまえ」
彼女は、多少小馬鹿にしたかのようなその言葉に、少しむっとなったのだけれど、ページを捲って書き込んだ。
「わたしと、わたしの友人、アリス・クォータームーンも召喚してちょうだい。それと、彼女の車も一緒にね」
その要求への答えは、シンプルだった。
「別宮沙羅、アリス・クォータームーン、おまえたちは、フォン・ヴェックの名に基づく我が召喚に応じるか?」
彼女は、ようやくその答えを書き込んだ。
「はい」