086 「そこに、いるんでしょう?」
意外にもというべきなのか、アリスはその言葉をあっさりと認めたようだ。
「何を、記録しているのだろう」
彼女は、少し肩を竦める。
「想像でしかないのだけれど、この本の表面に生じる微細な電位差を解析すると、そこで動作しているアルゴリスムの一端を知ることができるわ。わたしが思うに、多分」
彼女は、自分の推測を口にするのを躊躇う。
アリスは無言のまま、眼差しで彼女を促す。
「この本は量子的スピンの記録と、再生をしてると思うの」
アリスの眉が、片方だけあがる。
「素人にも判るように、言ってくれないか」
「つまりね、物質を情報に変換して、記録している。そして多分、情報を物質に戻すことができる」
アリスは、少し沈黙しため息をつく。
「それができるなら、ファンタジーの世界だな」
彼女は、苦笑して答える。
「あなたにコペンハーゲン解釈や、シュレディンガーの猫のパラドックスを説明する気はないけれど、科学のいきつく先は、ファンタジーの世界とそっくりなのよ」
アリスは、少し笑ったように見えた。
「仮説はもういい。そろそろ実証にはいろうじゃないか」
彼女は頷く。
「凡そコンピューターというものは、プログラムという形で命令を与えることができるわ。それは、この本も同じ」
「どうするんだ?」
「書けばいいのよ、文字をね」
彼女はそういうと、ボールペンを取りだし、本を開くと無造作に書き込んだ。
「そこに、いるんでしょう?」
そして、彼女はページを捲る。
そこには、こう書かれていた。
「待ちわびたよ、サラ」