085 「ひとにこれを造るのは無理」
アリスの目の色に、疑いはないように見える。
しかし、信じているようにも見えない。
彼女は、そのアリスの表情に気を止めることもなく、言葉を重ねてゆく。
「この本は紙でできているようで、そうではないの。表面の素材は有機LSIと同じものだわ」
「それは、つまり」
彼女は、頷く。
「この本は、有機素材から作られた、コンピューターであると言ってもいい」
彼女は、ページをぱらぱらと捲ってゆく。
「この本くらいのページ数があれば、かなり大規模なコンピューターであると思う」
「それは」
アリスは、彼女の興奮と対称的に落ち着いた口調で、問うた。
「一体、どのくらいの規模なのだろうか」
「多分」
彼女は、少し途方にくれたような笑みを見せる。
「現在地球上に存在するどのコンピューターより、大きいものだと思う」
アリスは、肩を竦めた。
理解をこえていると、暗に言っているようだ。
「ひとつ聞きたいのだが」
アリスの言葉は、相変わらず冷静である。
「これは、ひとが造ったものではない。そういうことなのか?」
「ええ。ひとにこれを造るのは無理だわ」
「では、これを造ったのは、何者だ。そして、なんの為に造ったんだ」
彼女は、少しひきつった笑みをみせる。
「これを造れる者がいたとしたら、わたしはそのひとを神と呼ぶことに躊躇いを感じないでしょうね。でも、この本がひ
とと同じように、なんらかの進化のプロセスの結果だと言われても、否定はできないと思うわ」
彼女は、途方にくれたように、肩を竦める。
「でもこの本がもし造られたものであったとして、そうならば目的は、はっきりしてる」
「ほう」
アリスの目に、驚きの色が浮かぶ。
彼女は、確信をもった口調で言った。
「この本は、記録するために造られたものね。それこそ通常の本と、同じように」