084 「この本が何か判ったわ」
そうして、彼女たちは研究室へと入った。
時間外に、無届けのひとを研究室へと連れ込むことについては、警備員と一悶着あったのだが、たまたま彼女の顔見知りの警備員が当直であったため融通をきかせてくれた。
雑然と、資料や書籍、それに様々な得体の知れぬ電子機器が置かれているその研究室で待っていたアリスの前に、彼女は少し興奮した面持ちで現れる。
彼女は、アリスにその表紙に「book of saturday」と書かれた本をつきつけると、半ば叫ぶように言った。
「この本が何か判ったわ」
アリスは、興奮している彼女を落ち着いた瞳で見て、頷く。
彼女は、そんなアリスを少し苛立った表情で睨むと、アリスの前の作業机にどんと置いた。
「口で説明するより、まずは見てもらったほうがいいわね」
彼女は、本を開く。
白紙が、開かれる。
彼女は、ナイフを取り出した。
アリスは少し驚いたように、片方の眉を上げたけれど、彼女はおかまいなくそのナイフで白いページの端に傷を入れる。
3センチほど傷がついたが、その後に驚くべきことがおこった。
切り裂かれた傷口から、白い微細な糸のようなものが現れる。
それは、胞子のようにふわふわと、白いページの傷口を覆ってゆき、やがて切り裂かれた傷口は塞がり胞子のような糸も消えていった。
ようやくアリスの目に、驚きの色が浮かぶ。
彼女は、満足げに頷いた。
「この本はね、生きているのよ」