081 「招かれているようだな、わたしたちは」
彼女は驚く。
その学校には、森がある。
娘が通う学校なので、幾度か校内に入ったことはあったけれど、敷地の奥にこんな森があることに気がつくことは無かった。
けれど、今。
彼女は、突然出現した異空間のような、その森奥深くへ踏み込みつつある。
アリスは、この場所のことをよく把握しているようだ。
夜の闇より尚暗いこの森を、月明かりだけを頼りに歩いて行く。
彼女は、アリスの後を歩くだけで精一杯であるが、アリスは確信を持って歩いているようだ。
突然、その建物が姿を現す。
何か、森の奥深くに隠遁した老賢者がごとき佇まいを持つその建物は、皓々と輝く月明かりの下で夢の中の景色のように闇から浮かび上がっている。
彼女は訊ねる。
「これが図書館なの?」
「そうだ」
アリスはそう答えると、正面玄関に立つ。
その古く重々しい木の扉を、アリスはそっと押した。
あたかも万人を拒絶しているかのように見えたその扉は、あっさりと開く。
彼女は、息をのんだ。
これでは、まるで。
「招かれているようだな、わたしたちは」
アリスは、彼女が思ったことをそのまま口にした。
皮肉っぽい笑みを彼女に投げかけるのに、頷いて返す。
扉の奥は、闇である。
森の中よりさらに深い、液体化して流れ出しそうな、濃厚な闇。
アリスと彼女は、その闇の中へと踏み込んだ。