078 「酷く、胸騒ぎがする」
その夜。
彼女はそんなふうに、ぼんやりと自分の少しばかり奇妙な人生を、振り返っていた。
目の前のパソコンには、書きかけの論文があり、デスクには資料が散乱していたのだが。
彼女の思考は、少しも集中できず、過去へと漂っていってしまう。
そして。
彼女の生きること自体が酷く困難な、娘のことへと思いが向かった。
珍しく、彼女の娘、理沙は帰るのが遅れている。
メールがあり、学校へ戻ったらしい。
それにしても、随分帰るのが遅いような気がする。
高校生であり、色々障害があるにしても、ちゃんとした判断力をそなえた子だ。
そう、めったなことはないと思いたいが。
酷く、胸騒ぎがする。
夜の闇が、彼女の胸のなかに染み込んで、こころを押し潰そうとしているかのようだ。
思いは、理図のほうへも向かう。
永遠に失われてしまった、彼女の娘。
もしかすると、今夜再び、同じことがおころうとしているのだろうか。
彼女は、首をふる。
理性的ではない。
ここで、不安に捕らわれているよりも、するべきことがあるはずだ。
まず、為すべきことをなす。
そう考え、立ち上がったその時に。
玄関の、チャイムが鳴った。
目の前にある、パソコンの画像を切り替えて、モニターの捉えた映像を表示する。
そこにいるのは、金髪碧眼の女性。
見覚えがあった。
確か、理沙の通っている、ジムのインストラクターである。