074 「彼女の名前は、沙羅」
彼女の名前は、沙羅という。
職業は、学者、研究者。
そして、ふたりの娘を育てていた。
彼女には、夫がいる。
そう、夫がいるはずなのだが。
今は、行方しれずとなっている。
彼女は夫のことを考えるとき、いつも悪魔のようなおとこだと思う。
悪魔。
この言葉には、少し説明がいるだろう。
彼女の考える悪魔とは、このようなものだ。
西欧の中世で語られていたのだろうと思われる、昔話に登場する悪魔。
それは、取引を持ちかけ、願いを叶えるかわりに、対価として魂を求める存在。
では、彼女の夫は彼女の願いを叶え、魂を持ち去ったのかといえば。
そうなのだろうか、とも思う。
彼女の夫は、名を別宮梟鏡といった。
だから、彼女の姓は別宮だ。
別宮梟鏡は、名前から想像される容姿と、少々ことなる外見をしていた。
西欧の王侯貴族であれば、このような容姿であろうという。
彫りが深く、背の高いおとこだ。
ハーフであると言っていたが、まあ、多分そうなのだろうと思う。
梟鏡は、ある日ふらりと彼女の研究室を、訪れた。
学会誌に載せられた、論文を読んだのだと言う。
そして、彼は取引を持ちかけた。
そう、おとぎ話に登場する、悪魔のように。