066 「氷のように冷たい手」
あなた。
土曜日の本を読んでいる、あなたは。
なぜかそこまで読んで、ぞくりとした。
氷のように冷たい手が、あなたの心臓にそっと手を触れたというかのようだ。
それは、ただの書かれた物語であるはずなのに。
けれど、それは決定的に、あなたに手を伸ばしつつある。
そう感じた。
なぜか、なんてあなたには説明できないのだけれど。
とにかくあなたは、そう感じる。
あなたは、そこで本を置いて、立ち去るべきだったのだけれど。
あなたは、ページを繰ってさらに読み進めてしまう。
「ラインハルト・ハイドリッヒ、あんたは黒十字の国の独裁者ですら恐れる生粋の殺し屋だ」
道化が、歌うようにいった。
ラインハルトは、鼻で笑ってその言葉を受け流す。
道化は、楽しそうに言葉を被せる。
「そのあんたに、パーミット・オブ・グレイのような戦闘力が低いカードを託すのは申し訳ないのだが」
道化は、ちっとも申し訳なさそうな感じのない声で続ける。
「まあ、クイーン・オブ・レッドに比べれば、どのカードも戦闘力では劣るのだから、大目にみてくれ」
ラインハルトは、美貌に獣の笑みを浮かべる。
「どうでもいい、大アルカナが本当に使えるようになるというのであれば」
「なるさ」
ラインハルトは道化を、獲物を狙う獣の瞳で見つめる。
「どうすればいい?」
「どうすればいいって? 悩んだときは、礼拝堂に行きなよ。そして祈るんだね」
道化は、白黒の市松模様で塗られた顔を、邪悪な笑みで満たしてみせる。
ラインハルトは、薄い笑いを浮かべて立ち上がり、扉へ向けて歩きだした。
その背に道化は、声をかける。
「判ってるだろうけど、殺しちゃあだめだよ。死体をつれてきても、契約させられないから」
ラインハルトは、凶悪な笑いでそれに答える。
「手足を斬り落とすくらいなら、かまわんだろう?」
道化はそれに答えず、肩を竦めただけであった。