064 「ティル・オイレン」
「おまえは、一度敗れているのだ。なぜ、次は勝てると断言する」
王の言葉に、シロウは冷たい眼差しを向ける。
「おれたちには、ポーンがいる。あと三体。重火器もある。やつらにあるのは、大アルカナ二枚だけだ」
王は、失笑する。
「おまえの敗れたのは、その大アルカナだろう。大アルカナの前に、ポーンなどいくらあっても無意味だ」
シロウの眼差しが、冷たさを増す。
蒼白い焔が揺らめき、立ち上ってゆくかのようである。
「なあ、ローゼンベルク。忘れたわけではあるまい」
シロウは美少年のままではあったが、その美しい顔に浮かぶ獰猛な笑みは、狼のそれであった。
「ここの民は、おれが天草からつれてきた民だ。彼らはおれに従う。おまえではなく。おまえが王であるのは、おれがおまえに跪いているからだが」
王の顔が、怒りの色に染まってゆく。
そこに熱さはなく、刃物のように鋭い怒りであった。
「なんなら、おまえが何者か思い出させてやろうか? 滅びた国の魔道士よ」
シロウが吐いた、その言葉に反応し立ち上がったのは王ではなく、王の隣に座っていた若い、美貌を持ったおとこである。
「しくじったせいか、よくしゃべるな、アイチシロウ」
そういい放った美貌のおとこは、とても楽しそうでかつ、凶悪な光を宿した瞳でシロウを見据えた。
その手は、腰に帯びた刀の柄にかけられている。
部屋を支配した氷のような緊張感は、笑い声によって破られた。
高らかな笑い声とともに、その部屋へ入ってきたのは。
道化である。
白と黒の市松模様の服を纏っており、そればかりではなく。
その顔にも、白と黒の市松模様のペイントがなされていた。
歩く度に帽子と手足に付けられた鈴が、チリリチリリと音を立てる。
シロウの後ろに控えていた、フェリシアンが呆然と呟いた。
「ティル・オイレン様」
道化はその言葉に、満面の笑みを持って答える。
「やあみんな、元気そうじゃあないか。元気よく殺しあいでもはじめる気かな?」
その場にいるものたちは、うんざりしたように、道化を見る。
彼は道化であったが、あきらかにこの場を支配していた。
「ティル・オイレン、今はわたしが王だ。あんたではなく」
道化は、びっくりしたように笑う。
「もちろんさ、王は君だ。ローゼンベルク」
「今は作戦会議中だ。道化を必要とはしていない」
道化は、くくっと笑う。
その笑みには、邪悪な響きがある。
「そうとも、そうとも。でも僕は知ってるよ」
「何をだ」
シロウが、苛立った声をあげる。
道化は、朗らかにそれに応える。
「フォン・ヴェックに勝つ方法をね」