061 「わたしたちは、記憶となって本に入る」
うーん、まあなんとなくそうかな、とは思っていたんだけど。
「じゃあさ、わたしの身体は、本の外で寝てるの?」
「いいや、本の中にある」
わたしは、むう、と唸る。
「判んないよ」
「お嬢ちゃんの身体は、まあ素粒子に分解されて本の中に溶け込んでると思えばいい。本から出る時に、素粒子から物質に還元される。意識だけが、本の紡ぐ夢に取り込まれているんだよ」
いやいやいや。
「本のページにわたしの身体や、この船や、この島とかも溶けてるの? まさか。本がむちゃくちゃ重くなるじゃん」
「素粒子まで還元されると、それは場の性質でしかない。つまりそれは、例えばお嬢ちゃんの身体があったという記憶なんだよ。記憶には質量がない」
むふう。
わたしの脳は、溶けそうになった。
「わたしたちは、記憶となって本に入る。その記憶が思い出されると、本の外へ出ることになる」
なんか受け入れがたいというか、無茶苦茶なことを言われてる気もするけど。
でも、現にそうなんだからそうだと言われれば、反論しようがない。
「じゃあさ、本の中で死ぬのはどうなるってこと」
「物質の記憶が、破壊される。本の外には出られなくなる。このわたしのように。そして、エリカ・フォン・ヴェックもまたそうであるようにね」
わたしは、あたまの中でぐるぐる回る思いをとりあえずおいといて、話の続きを聞くことにした。
「結局この本の中に居るのは、そのアイチシロウと一緒にやってきたジパングのひとたちなの? ローゼンベルグってひとたちが、今はこの世界を支配してるのよね」
ドクターは、頷いてみせる。
「そのとおりだ。ウルリッヒからつらなるフォン・ヴェックの一族は、土曜日の本をバチカンから守るため、外の世界で様々な活動を行ってきた。ナチス・ドイツはバチカンとは対立していたがゆえに、フォン・ヴェックは彼らに近づいた。結局は、われわれはナチスの魔法使いであるアルフレート・ローゼンベルグに王宮を奪われることになるのだがね」
ふん、まあなんとなく、状況を把握できたような。
「んで、わたしたちはそのローゼンベルクを、やっつけにいくわけね」
ドクター・ディーは、苦笑めいた笑みを浮かべる。
「まあ、そんなところだ」