060 「ドクターは少し驚くべきことを言う」
ドクターは、わたしがあくびを噛み殺したの見て、器用に片方の眉だけをあげて見せた。
うーん、だってしょうがないじゃん。
大体は、エリカから聞いた話と被ってるし。
ドクターは、軽く咳払いをする。
「退屈なら、もう少し気晴らしになりそうな話をしようか」
「いえいえいえ」
わたしは、勢いよく首を振った。
「そこからじゃん、わたしが聞きたいのは」
ドクターは、軽くため息をつくと、はなしを続けた。
ジパングと呼ばれる島国で、わたしたちを迎え入れたのはアイチシロウと名乗る若者だった。
彼は、今では狼の姿を手に入れたのだがね。
そう、お嬢ちゃんの知る、あのシロウだよ。
彼は彼なりに魔法を理解していたし、我々の持つ土曜日の本の力を感じることができた。
シロウは当時のジパングの支配者から追われる身であり、彼には五千人程度の信者もいた。
われわれは、協力しあうことにしたのだ。
シロウは彼らの隠れ家であった島を、われわれに提供する。
その代わりに、ウルリッヒとわたしはその島を本の中に取り込むことにした。
ジパングの支配者と、バチカンの刺客から身を隠すために。
「はい、先生。ちょっと、そこが判んないんだけど」
ドクターは、手をあげて話をぶった切ったわたしを、おちついた瞳で見つめる。
「どこだね」
「本に取り込む、ってところ」
「今われわれのいるここが、その本の中だ。そこは、判っているのだろう」
「ああ、まあね。説明聞くより、現実受け入れろって?」
「いや、まあ簡単に言えばだ」
ドクターは少し驚くべきことを言う。
「まあ、ここは夢の中みたいなものだ。本の見る夢」